第3話
私ーーフェリックスが死の淵をさ迷い、そして前世の記憶を思い出してから3日が経った。
だいぶ身体の鈍さが抜けてきたと思うが、如何せん死にそうになる前から病床に臥せっていることが多かった子供の身体は意外に回復が遅い。
(う~む…………これじゃあ、いつまでたっても可愛いセバスチャンと遊べないじゃない!)
今日も相変わらずのベッドの上で腕を組み、うーん、と唸っていると侍女のジーナが心配そうに声を掛けてくる。
「お坊ちゃま、どこかお加減でも?」
「あ、ううん。大丈夫。何でもないよ」
慌ててジーナを安心させるように笑顔で否定する。
今の私はひ弱で病弱なフェリックス坊ちゃん。悩み事をするにも唸り声ひとつで、身体がどこか痛むのでは? と心配される状況に些か息が詰まる。
前世の私は病気とは無縁だった。と、言うのも病気は貧乏の大敵だからである。質素倹約は貧乏暮らしの基本であるが、如何に風邪をひかず病気や怪我に見舞われず、健康でいるかが大切。即ち、働かざる者食うべからず! 元気な身体があってこそ働ける! おまけに治療費なんて言葉は聞くだけでも恐ろしい………っ!
そんな訳で、早いうちから医食同源の考えを元に、安くても(できるならタダで!)出来る健康的生活を実践してきた私にとって、今の状況は甚だ遺憾なのである。
(健康の基本はやっぱり日々の養生だけど。どうにかしなきゃ!)
ふんっと決意を込めて、私はまだ小さな手をグッと握り、そうと決まればとベッドから下りた。
空はすっきりと晴れ、穏やかな風が良く手入れされた芝生の上を吹き抜けていく。
大きな樫木やアーモンドなどの高木、白い花をつける低木などがバランス良く配置され、白い木造の東屋がある小さな薔薇園には膨らみかけた蕾たちが風に揺れる。
豪華さはないが落ち着いた雰囲気の庭園だ。何より、空と緑とのバランスが良いと思う。
無意識に深く息を吸い込むと、自然豊かな大地の匂いが気持ち良く肺を満たしていった。
体の締め付けが少ない肌触りの良い外着に着替え、私は庭を散歩していた。私の後ろには心配そうにこちらの様子を伺いながら歩くジーナ。
まぁ、今までを知ってるジーナにしてみたらハラハラドキドキに違いない。現に、こうやって外に出る為に説得し納得してもらうのに30分掛かったのだから。
しかし、ベッドで寝てばかりいては体力が落ちるばかりで全然良くならない。まずは短い時間でもゆっくり散歩して体を慣らしていかないと!
「日差しが暖かくて気持ち良いね、ジーナ」
「そうですね。……お坊ちゃま、あまりムリはなさらないでくださいませ」
「うん、わかっているよ」
過保護だなぁ、と苦笑するが、まぁ、自分がジーナの立場だったら同じ事を言っているかもしれない。
ゆっくりと、本当に前世での歩くスピードの半分にもならない亀のごときゆっくりとした歩調で歩きながら、じっくりと庭園を観察していった。
前世で見たことのある植物から似ている植物、見慣れない植物まで色々。わずかばかりの知識では、何となく植物たちの見分けはつくものの、ハッキリとは分からない。
(今度、庭師のサシャのところへ行ってみよう)
そう考えながら、私はジーナを振り返った。
「そろそろお屋敷に戻ろうか」
「はい」
わずかにホッとした様子を見せたジーナは私と屋敷の間に立つ形になっていた己の体を一歩横に移動させ、道をあける。判断し、行動するまで一秒足らず。侍女ってスゴイな、としみじみ思う。
私がもし職業侍女だったとしてアレが出来るだろうか? いや、無理かな。飲食サービス業を経験していたらまだしも、前職は事務員。おまけに、優雅さとか品良くとかとは無縁のがさつな、毎日が戦場のような生活だった私。
しかも、四人兄弟の一番上で、下三人が男。父親からは、お前が男だったら良かったのにな、と残念そうに言われていたくらいなのだから。うん。色々確実にやっぱり無理だな。
ある意味、父親の希望通りに今は男になった訳だ。何だかしみじみしてしまう。
この体と環境にはまだ慣れないが、何とかなる、かな。とにかく、今の最優先課題は体力回復! 健康促進! である。
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