第2話

「あぁ、よかったわ! 可愛いフェリックス」


 柔らかくふわふわと波打つ豊かな栗色の髪を持つ美人が先程から私を抱き締め、額に髪に頬にとキスの雨を降らせている。ヘーゼル色の潤んだ瞳は喜びに細められ、フェリックスこと私は胸の奥がこそばゆいような温かい感覚に頬が緩んだ。

 栗色の髪の美人――フェリックスの母であるシャルロットのその後ろには、黒髪黒目の厳つい顔の大男が更に人相を険しくさせ、口をへの字に曲げて仁王立ちしている。


「本当に良かったですわね、あなた」

「………………………」


 妻にそう声を掛けられても、無言で相変わらず恐い顔のまま立つフェリックスの父、ヴィクトー。


「あ、あの……父上?」


 恐る恐る伺うように私が呼び掛けると、シャルロットは立ち上がり、愛し子を見るような目で苦笑を浮かべながらヴィクトーの背に優しく手を添えた。

 すると、まるで弾かれたようにヴィクトーは私との距離を縮め、その大きく分厚い掌でワシャワシャと私の頭を撫でまわした。


「わっ!」


 撫でた、と表現するには勢いも力も強く、フェリックスの栗色の髪は嵐に吹かれたようにグシャグシャだ。

 茫然としているフェリックスを満足そうに見やり、ヴィクトーは聞こえるか聞こえないかの低い小さな声で良く頑張った、と言うと踵を返して部屋を出ていってしまった。

 あっという間の出来事に、まだ茫然としているとシャルロットはやれやれ、と小さくため息を吐きながら私の髪を優しく撫でながら整えていく。


「お父様ね、とってもとっても心配なさっていて夜も寝ずに祈ってらっしゃったのよ」

「えっ………」

 

 驚きで目を見開くとシャルロットは優しく微笑んだ。


「お父様はあの通り、無口で不器用で恐いお顔をされているけど、本当はとても心優しくて貴方の事を愛しているのよ。……もちろん、貴方もね」


 私にそう言いながら、シャルロットは自分の左隣に立つ少年を抱き寄せ、少年の額にキスをした。

 艶やかな黒髪に輝く黒曜石のような瞳を持ち、シャルロットに似た顔立ちの天使のような可愛らしい少年。今年、7歳になるグリーウォルフ家の次男セバスチャンだ。将来はそれはそれは見目麗しい美丈夫になるだろう。


 かたや、フェリックスの方はと言えば父親そのまま生き写しのような顔。一重のやや鋭い目に父親よりはまだほっそりとしてはいるが、面長の四角い輪郭。それでも、母親譲りの栗色の髪とヘーゼル色の瞳がまだ多少なりとも柔らかく爽やかな雰囲気を付け加えてくれていたが、厳ついハスキー犬に似てるなと私は思っている。


 自分とセバスチャンとの容姿の違いに意識は軽く遠いところへ行っていた私の足元へ、セバスチャンはぼふん、と体を投げ出し可愛いお目々で見上げてくる。


「兄さん、兄さん。早く元気になってね! でね、元気になったらお庭で遊ぼう!」


 満面の笑顔で無邪気に言うセバスチャンに自然と頬が緩み、私はうんうんと頷く。


「そうだね。早く元気になるよ」

「約束だよ!」

「うん」

「さぁさぁ、お兄様はまだ少しお体を休ませないとね。では、ゆっくりおやすみなさいね、フェリックス。愛しているわ」


 ベッドからセバスチャンを下ろし、シャルロットはもう一度優しく私の額にキスをし、セバスチャンの背を押しながら部屋を出ていった。


 後に残ったのは私と、私付きの侍女のみ。

 閉じられた扉を見つめ、私は枕に頭を預けた。

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