第14話
「お待たせいたしました、フェリックス様!」
「たっくさんだよー兄さん」
陽光に艶々と光る黒髪をなびかせ、サーラとセバスチャンは仲良くにこにこと満面の笑顔でお菓子がたくさん載った皿を持ってきた。
「ありがとう。それじゃあ……」
と、私は意識を足下へ向ける。
微かな気配と綿毛のような微細な感覚が私の左足に触れた。目が隠れるまで深く被った三角帽子と丸太のような丸い体から伸びる細く短い手足を持つ土の精霊が、私のくるぶし辺りにピッタリと寄り添っている。
土の精霊にニッコリと微笑み、伝えるイメージは円柱の大地のテーブル。
スッと土の精霊の姿が消えると私たち3人の間の直径45センチほどの地面が柔らかな芝生ごとそのまま持ち上がり、腰の高さ程で止まった。
即席テーブルいっちょあがり、だ。
「緑のテーブルですね。素敵です」
うっとりとした顔で呟くサーラへの反応をどうしたものかと掴みかねてとりあえず微笑みで誤魔化す私。無言で笑顔と決め込もうとしていたが、セバスチャンとサーラが持ってきた皿に目が止まると、黙っていられなかった。
「わぁ、すごい! もしかして、全部取ってきたの?」
私の問いに、サーラは屈託のない笑顔で頷いた。
皿の上はフィナンシェにマドレーヌ、カヌレ、タルトタタンにリ・オ・レ、クリームブリュレにエクレア、サントノーレ、マカロンと様々なお菓子たちで賑やかだ。
「はい! どれも美味しそうですし、全部食べてみたいですし……と迷っていたら」
「全部1個ずつ取って、3人で分けっこしたら良いんだよって言ったんだー」
頭の後ろで手を組みながら言ったセバスチャンに、クシャッと笑みを崩しサーラは嬉しそうに
「私、こんなにたくさんのお菓子をいただくの、夢だったんです!」
と言った。それに私は大きく頷く。
「わかるなぁ。全部の種類を食べてみたいけど、全部は食べられないもんね。かといって、一口ずつ味見して残すなんて絶対に嫌だし」
「はい! まったくもってその通りですわ!!」
「マリベデス嬢……」
「フェリックス様……」
ガッシ、と強く手を握り合う私たち。
熱く語り合える同志を得た感動に浸っているところを容赦なくぶったぎる、セバスチャンの声。
「ねぇ、早く食べようよー」
「あー、はいはい。そうだね」
私は苦笑しつつ言うが、サーラは気恥ずかしそうに俯きドレスの裾を弄る。しかし、続いて聞こえてきたセバスチャンの言葉にパッと顔を上げた。
「どれから食べようかー? たくさんあって迷うね」
「まずはカヌレ……いえ、エクレアも捨てがたいですわ」
「食感が軽いものを後に取っておくか、先に食べるか………」
うーん、と結局3人でまた悩みだす。
でも、この迷ったりあーだこーだと言い合う時間って、楽しいんだよね。ふふっ、と笑いながらセバスチャンとサーラを見ていると不意に声を掛けられた。
「何をなさっていらっしゃるの?」
声の方へ振り向けば、そこには3人の見目麗しい子たちがいた。
声を掛けてきた少女はサーラとはまた系統の違う美少女で、少しきつめの顔立ちをしている。少々つり上がり気味のアーモンドアイは輝く琥珀色で、緩く三編みにした金色の髪に飾られた色とりどりの花が良く似合う。花の妖精がいたらこの子のようなんだろうかと思う。
彼女のすぐ後ろには少年が2人。
1人は私と同じくらいの歳に見える少年で、他の2人より頭1つ分くらい背が高い。
明るいブラウン色の髪に少々つり上がり気味のアーモンドアイは少女と同じ琥珀色。少女に似た顔立ちの美しい少年だ。きっと、この2人は兄妹なんだろう。
そして、最後の1人――
ゆるく波打つ金色の髪に聡明そうな顔、そして輝く赤茶色の瞳。それは今日の主賓であるアウルム王子だった。
返事も忘れて、ぼけっとしている私たちに少女は眉を寄せ、少し口調を強め言った。
「聞いていらっしゃいますの?」
「あっ、はい! これは、失礼いたしました。私たちはここでこのパーティーの為に作られたお菓子たちを褒め称え食すところです」
我に返り、ニッコリと笑みを浮かべ、私はわざと大仰な言い方をしてアウルム王子へ一礼する。
「アウルム殿下、この度はおめでとうございます。このような素敵なガーデンパーティーにご招待くださり光栄です」
慌てて、セバスチャンとサーラも私に習い王子に一礼する。
「ありがとう。ところで、その褒め称え食す、とは一体?」
そのガーネットのような赤みを帯びたブラウンの瞳は興味津々に大地のテーブルの上に置かれた皿を捉えていた。
興味を示しているアウルム王子に私はニッコリと笑む。
「はい。まずはその造形の美しさを愛でて褒め、一口含んで味わい楽しみ、讃える。ただそれだけです」
私の言っている事が分からないらしく、キョトンとした顔をしている3人。
たしか、アウルム王子は好奇心旺盛で明るく社交的なキャラクターだったはず。なら、ノリでこの場を乗り切ろうと私は
「具体的にはこのように……」
と、マカロンを摘まんで高々と太陽に掲げた。陽光がまるで後光のようにマカロンを輝かせている。
「美しい丸いシルエット。見た目に反して羽のように軽く、生地の合わせ目がまるでレースのひだのよう。淡いピンク色がまた美しい」
そして、マカロンを口にそっと入れ、ゆっくり味わうように咀嚼する。
「サクッとした食感。軽い口当たり。程よい甘さに鼻に微かに抜けるラズベリーとバニラの香り。なんて爽やかで、まるで花の香りを運ぶそよ風のようなお菓子なのか!」
気分は宝塚スター。
言い切りやりきった私の回りがしーんとしている。あぁ、これは滑った?
言い切った笑顔のまま固まっていると、ぺちぺちと拍手が鳴る。その音をさせてる主はサーラだった。可愛らしい手を一生懸命叩き、その瞳は潤んでさえ見える。
「す、素晴らしいです、フェリックス様! もう、師匠と呼ばせてくださいませ!!」
「え、いや、師匠はちょっと…………」
「ぶふっ!」
サーラに困惑し、どうしたものか、と眉を下げていると変な声が別のところから聞こえ、その音の方を見るとアウルム王子の肩に手をつき、体をくの字に折り曲げ身を震わせているライトブラウンの髪の男の子の姿。
どうやら必死で笑いを堪えているようだが、堪えきれなかったらしい。
「お兄様、格好悪いですわよ」
じと目で言う金髪美少女に、必死に笑いを堪えようとしながら、何か言おうとしているが、喋ろうとすると吹き出してしまうらしく言葉になってない。
「すまない。こいつ、ツボに入るとなかなか抜けられないんだ」
「おまけに笑いのツボが意味不明ですわ。今のはどこが面白かったのかしら?」
苦笑し、まだ体を震わせている少年を指差すアウルム王子と呆れた様子で肩をすくめる少女。自分でやっていてなんだが、私も今の一連のどこが面白かったのか是非聞いてみたい。
「ところで、貴方たち。見ない顔ですわね」
スッと目を細め、私たちに言った少女は腰に手を当ててちょっと、どころじゃなく偉そうだ。
少女の斜め後ろに立っている王子は、そちらにも苦笑を浮かべている。
まぁ、新参者なのは確かなので、まずは挨拶から。
「はい。お初にお目にかかります。私はグリーウォルフ男爵家の第一子、フェリックス・グリーウォルフと申します。こちらは私の弟でセバスチャンと申します」
挨拶の流れでセバスチャンを紹介すると、セバスチャンも練習通りにスッと綺麗にお辞儀をした。
折角なので、そのままサーラの紹介もしておこうと思い、彼女を右手で示す。
「そして、彼女は先ほど知り合いました。サーラ・マリベデス嬢でございます」
「サーラと申します。殿下、この度はおめでとうございます」
と、サーラもドレスの裾を摘まみ優雅に一礼をした。
「私ども、実はこのようなパーティーの場に出席するのは初めてなのです」
「どおりで、見ない顔だと思いましたわ」
偉そうな態度のまま言う少女は悪役令嬢の素質十分に見受けられる。このまま成長すれば立派な悪役令嬢かな? と考えながら私は、できるだけ爽やかな笑顔を向けた。
「ところで、貴女のお名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
「まぁ! この私を知らないなんて、本当に無知とは恐ろしいものですわ」
いやいや、オチビさん。あなたのような小娘知らんがな! とは言えないのが、この貴族の端くれには辛いところ。小さくても子供でも、貴族社会の優劣がしっかり存在し油断ならないのだ。
内心少しイライラする気持ちを宥めながら、ただ黙って笑顔を作っていると、小生意気少女は腰に手を当てドヤ顔で話始め……たところを静かな、しかし良く響く声に邪魔された。
「こんなところで集まって…………一体何事だ?」
「兄上」
アウルム王子が兄上と呼ぶ相手、それはただ一人。
皆の視線を一身に集めながら、この国の第一王子、アルゲンタム殿下は無表情で私たちを見ていた。
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