第13話

 この世界でも子供は思いの外忙しい。

 貴族の子は主に礼儀作法や歴史のお勉強があり、それに加えて男の子は乗馬に武芸。女の子は花嫁修業などを家庭教師が付いて教える。

 平民の子は子で、家の仕事の貴重な働き手だ。

 

 ここ、グリーウォルフ家では読み書きや王国の歴史、世界の成り立ち、領地経営などの座学の他にアシルのマナーレッスンや乗馬の時間。ダンテ教官のトレーニングがある。


 前世の学校教育に比べれば時間も少なく楽ではあるが、勉強の他にもお茶会やどこぞのお貴族様の誕生日会だのなんだのが入ってくると案外暇が少ない。


 そして、今日はテール王国第二王子の生誕祝いガーデンパーティーの日。

 私とセバスチャンはいつもとは違うビシッとしたいかにも貴族のご子息様と見える格好をし、馬車に揺られていた。

 セバスチャンは首に巻かれたシルクの白いスカーフを弄ったり、ジャケットの裾の刺繍を爪で引っ掻いたりと、落ち着きがない。

 

「セバスチャン。そんなにしたら形が歪んでしまうよ」

「だって、なんか首のまわりがモソモソして気になるんだもん」

「ほらほら。分かったからガマンガマン」


 セバスチャンの両手を掴み、ぷらぷらと腕を揺らしてやる。


「セバスチャンは初めての社交だし、今日は王子と年の近い者だけが招待されているパーティーだから、ある程度挨拶したら帰ろうか」

「えっ、いいの?」


 目を大きくするセバスチャンに、口の前に指を立て、私はニッと笑う。


「病弱なフェリックスが体調悪くなったから帰るのに問題はないだろう?」

「あー兄さん、いっけないんだー」


 クスクス笑うセバスチャンに、私も笑う。どうやら少しは緊張が解れたみたいだ。

 

 ガーデンパーティーの会場は広い王宮の敷地の一角にある薔薇の庭園。会場に着くと、すでに沢山の貴族の子供たちが集まっている。


 見知らぬ場所と、沢山の見知らぬ子供たちにセバスチャンの足が怯み緊張で強ばっているのが見てとれ、私はセバスチャンの左手を握った。

 こちらを見上げるセバスチャンに、にっこりと微笑み、私は会場の中のテーブルが並んでいるところを指差した。


「セバスチャン。あっちに美味しいケーキがたくさんあると思うよ。行こう」

「うん!」


 可愛い笑顔でギュッ、と手を握り返して頷くセバスチャンに、私は更に目を細め歩き出した。


 会場のあちらこちらでは、小さな未来の貴族様たちが緊張しながらも必死で大人の真似事をしているように見えた。だが、その中でも何人かは立ち居振舞いが他の子たちとは明らかに違う子がいる。

 自然体で落ち着いていて堂々としていて。もう立派な小さい貴族だ。

 

 それとなく会場内を観察しつつ、子供たちの間を掻き分け、私たちはテーブルの一つにたどり着いた。

 テーブルの上には様々なケーキに焼き菓子、それと果物が並ぶ。


「うわぁ!」


 セバスチャンの緊張を紛らわす為に来たのに、私の方が思わず声漏らす。

 そんな私を見ながらセバスチャンは笑った。


「兄さんって、お菓子好きだよね」

「うっ! うん…………」


 甘いもの好き、お菓子好きは自覚しているけど、まだ小さい子に改めて指摘されるとなんか、恥ずかしい。

(今まで、あまり顔と態度に出さないようにしてたんだけどなぁ。ほら、厳つめミソ顔の男の子が甘いもの好きとか似合わないじゃない? まぁ、私的にはギャップ萌えで問題無いんだけど周りはそうもいかないと言うか…………)


 良く分からない脳内言い訳会が続きそうなところをセバスチャンが遮った。


「兄さん、兄さん! これ美味しそうだよー」


 ひょいひょい、と小さめに焼かれたスコーンを両手に1個ずつ取り、その1つをはい、と私に差し出す。


「あ、サクサクだー」


 私に差し出しながら自分の口に放り込むあたり、流石ウチの子。セバスチャンからスコーンを受け取りながらポロポロとジャケットに落ちるクズを払ってやる。


「はいはい。食べながらしゃべらない」


 と、一応は兄なのでセバスチャンの行儀を注意し、私もスコーンを一口噛る。

 程よい甘さとミルクとバターの風味。サクサクのスコーンは懐かしい味がする。


「う~ん、美味しいー!」


 流石は王子の誕生日会。これは、他のお菓子も期待大! 私たちは次々にテーブルの上のお菓子に手を伸ばす事にした。

 たくさんのお菓子の皿が並ぶテーブルにワクワクと視線を巡らせ、私は一つ取り皿に乗せた。

 陽光をキラリと反射させ、オレンジソースでコーティングされたミルフィーユ。


「あぁ、横から見ても美しい………」


 お皿にのせたミルフィーユを掲げ、うっとりと呟いた後、私はゆっくりとミルフィーユを頬張った。サクっとしたパイ生地と程よい甘さのクリームが織り成すハーモニーは軽やかで、クリームの甘さとオレンジの酸味が見事に調和し口の中に広がる一品。


「はあぁぁぁ〜幸せ〜〜〜」


 喜びの溜息と共に幸福感に浸っている私をマドレーヌを頬張りながらセバスチャンは不思議そうに見ていた。


「へんなのー」


 セバスチャンの呟きを聞こえなかったことにしつつ、ゆっくりと一口一口を堪能していると、にわかにテラスの方が騒がしくなる。


 そちらへ顔を向けると、テラスに金色の豊かな髪を持つ聡明そうな美しい少年が立っていた。

 テール王国第二王子、アウルム殿下だ。

 何か話しているが、少し離れていることと、アウルム殿下の前にたくさんの子供たちがいることで、途切れ途切れにしか聞こえないがどうやら挨拶をしているようだ。


 たしかセバスチャンと同じ歳。

 それなのにこんな大勢の前で堂々と挨拶できるなんてエライわぁ。と目線は完全な近所のオバちゃんだ。


 内心、温かい気持ちで挨拶が終わるのを見守り、私は周りを見渡した。少し座りたくなったので座れる場所を探すとちょうど木陰になっているベンチを見つけた。


「セバスチャン。あそこに座りに行ってもいいかな?」


 私が指差した先を見て、セバスチャンは頷き歩き出しながら顔を覗きこんだ。


「兄さん、疲れた? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。ちょっと座りたくなっただけだから」


 安心させるように微笑むが、セバスチャンは少しの変化も見逃すまいとするような視線を崩さない。


「本当に大丈夫だよ」

「本当? ならいいけど……あ、僕がのみもの取ってきてあげるよ」


 そう言って、パッとセバスチャンは飲み物を取りに駆け出して行った。

 やんちゃで甘えん坊だけど優しい心根の弟の背を見ながら、私はベンチに腰掛けた。


(あぁ、ほんと可愛いなぁ。いつまでも愛でていたい…………ん?)


 縁側で孫を愛でるおばあちゃんの気分でセバスチャンの姿を目で追っていた私だが、ピタリと表情が固まる。


 セバスチャンが、誰かと、話している。

 んん? 女の子?

 黒く長い髪と、白いフリルで縁取られた淡いミントグリーンのドレスを来た女の子と言葉を交わすセバスチャンの姿。

 も、もしや、ナンパ!? それとも逆ナン!? ウチの子が天使のように可愛くて放っとけないのは痛いほどわかるけど、でもまだ7歳だし! それに、初社交場だしっ! 何事!?


 はわはわ、と中腰になりどう動くべきか迷っている間に、セバスチャンはその女の子を連れて小走りで戻ってくる。

 二人が近づいてくるにつれ、女の子がとんでもなく可愛いのが分かった。長く艶やかな黒髪ストレートのまるでお人形さんのような可愛い少女。セバスチャンと二人並んでいると、お似合いのお人形さんカップルだ。


(…………ん? あれ、なんかこんな感じのシーンを見た事あるような)


 首を傾げ、思い出そうとしている私のところに少女より一足早く駆け戻ってきたセバスチャンが少し頬を紅潮させつつ、袖を引っ張った。


「兄さん、兄さん!」


 私の袖を引っ張りながら少女へ顔を向けるセバスチャンにつられて、私も少女を見ると、少女は可愛らしい小さな顔を少し緊張させつつ、淑女の礼をした。


「初めまして。私はサーラ・マリベデスと申します。お会いできて嬉しく思います」

「セバスチャンの兄、フェリックス・グリーウォルフと申します。私の方こそお会いできて光栄です。マリベデス嬢」


 礼に対し、私も礼でもって応える。アシルのレッスンのお陰でちゃんと出来た、はずだ。


「あのね、サーラね、パーティーに参加するのは初めてで、だーれも知り合いいなくてどうしようってなってたんだって。でも、さっき兄さんがすんごい美味しそうにケーキ食べてるのを見て、話しかけてくれたんだよ」

「へ?」


 セバスチャンの言葉に思わず素っ頓狂な声が出た。


「あの、その……とても、美味しそうに召し上がっておりましたので……なんだか、そのお姿が素敵だなって。それで、その…………」


 恥ずかしそうに言うサーラだが、恥ずかしいのはこっちだ。

 パーティーでお菓子やケーキを食べるのに没頭してるのを見られていたなんて! 貴族の振る舞いとしてはアシルのカミナリが落ちても文句言えない振る舞いじゃないだろうか?!

 しかも、女子ならまだしも男子である。なかなか目立つだろうことは今なら分かる。

 

 顔が赤くなるのを自覚しつつ、あー、と言葉にならない声を上げながら私は頬を掻き、俯いた。


「お恥ずかしい限りです」

「いえ、そんなっ! 恥ずかしいことなんかありませんわ! 本当に幸せそうにお召し上がりになられるフェリックス様が輝いて見えましたもの!」


 グッと胸の前で両手を握り、サーラはキラキラと瞳を輝かせる。


「私もフェリックス様のように、いえ、フェリックス様とお菓子を食したいと思いましたもの!」


 …………ん? なんだろうか、この尊敬の眼差しは。

 横ではセバスチャンがおおーと驚いたような声を出している。


「えっと………」

「はい!」

「じゃあ、一緒にこちらでいただきますか?」

「はい!!」


 何となく提案してみた私の言葉にサーラは食い気味に熱く返事をし、私とセバスチャン、サーラはベンチでプチお茶会をすることにしたのだった。

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