第12話
疲労困憊でスプーンを持ち上げる腕も重たいほどクタクタな状態での晩餐を終え、私は自室のベッドに突っ伏していた。
初日の身体トレーニングはランニングの途中で走れなくなった私を見て、ダンテ教官はランニングを止めたが、トレーニングが止むことはなかった。
そもそもの基礎体力がないと分かると、すぐさま彼の頭の中でメニューが変更されたらしい。
四人で円陣を組んでストレッチをし、そこから腕立て伏せ、腹筋、背筋に謎のほふく前進。
私はヒーヒー言いながらやるものの、途中でやはりついて行けずにギブアップしてしまう。だが、それでも教官はとても良い笑顔で、己の限界に挑むのだ! とグッとポージングを決めながら励ますように言った。休んで見ていなさいとは決して言わなかったが無理やり強制することもなかった。
だから自主判断で大人しく休んでいればいいものを、そんな自分が腹立たしくて悔しくて、少しムリをした気がする。
ライアンはデリカシーが無さすぎると随分と教官に対して憤慨し、別れ際まで私の体を気遣いながら帰っていった。
(あの時は大丈夫って言ったけど…………絶対明日筋肉痛だな、これ。おまけに、ムキになっちゃってやり過ぎたから熱出なきゃ良いけど)
そんな事を考えながらゴロゴロしていると、どんどん瞼も重たくなってくる。着替えもせずにこのまま眠ってしまおうかとウトウトしかけたところに、部屋をノックする音が響いた。
「どなたでしょう?」
普段ならもうこの時間には誰も訪ねて来ないので、ジーナは首を傾げながら扉を開けた。
「兄さん起きてる?」
扉の外にいたのはセバスチャンだった。すでに寝間着に着替えて、枕を抱えている。
「セバスチャン。どうしたんだい?」
「うん。今日は兄さんと一緒に寝たいなぁ、って思って。…………ダメ?」
少し恥ずかしそうに上目使いにこちらの様子を伺いながら言う天使のように可愛いセバスチャンを拒否できるだろうか。否、出来ない! 自分でも顔がゆるんでる自覚がありつつもそれを抑える事が出来ないだらしない顔でにへら、と笑いながら
「ダメな訳ないよ。一緒に寝よう」
とセバスチャンに手を広げると、弟の顔がパッと輝く笑顔に変わる。
ほんっっっとウチの弟かわいいわぁ! と内心ニマニマしていると、セバスチャンが招き入れられたベッドへ思いっきりジャンプして飛び乗った衝撃でベッドが揺れる。
「お行儀が悪いですよ、セバスチャン様」
「はーい」
ジーナに咎められるが、セバスチャンはペロッと私だけに見えるように小さく舌を出し、愛想の良い返事をする。
クスクスと顔近づけ笑い合う私たちに、はいはい、とジーナが手を叩く。
「フェリックス様は寝間着にお着替えなさいませ」
「はーい」
と、セバスチャンの真似をして私は返事をした。
着替えている間もベッドでうつ伏せになり、こちらを見ながら足をパタパタとさせているセバスチャンの様はさながら飼い主を待つ仔犬のよう。
ふふふ、と一人笑っていると、ジーナが目線を合わせるように屈み服を整えながら私を優しい目で見た。
「お坊ちゃま、あまり夜更かしはダメですよ」
「うん。大丈夫だよ。今日はもうクタクタだからすぐ寝ちゃうよ」
「そうなさって下さいませ」
いつも私の事を一番に考えてくれるジーナは私の腕を優しく一撫ですると立ち上がり、扉へと向かった。そんな彼女に私は自然と声をかけていた。
「ジーナ、ありがとう。おやすみ」
微笑んだジーナは一礼し
「おやすみなさいませ、フェリックス様。セバスチャン様」
と言って部屋を出ていった。
「ねぇ、兄さん。体は大丈夫?」
ジーナがいなくなると、開口一番セバスチャンが聞いてくる。
私は情けなく思いながら、眉尻を下げた。
「大丈夫、と言いたいところだけど、やっぱりすごく体にきてるよ。もうクタクタ。セバスチャンは?」
「僕は平気」
さらっと言ったセバスチャンの様子はやせ我慢でも空元気でもなく、本当にその言葉通りのようだ。
はぁーと思わず溜め息が漏れる。
「すごいなぁ、セバスチャンは。足も早いし、トレーニングもちゃんとこなしたし、終わっても私と違って元気だ」
「あー……あのね」
「うん?」
言い難そうに口ごもるセバスチャンに私は微笑みを向けて、彼が話し出すのを待っていると、セバスチャンは何だか悪いことを白状するような顔で口をへの字に曲げた。
「実は、あれ、精霊の力なんだ」
「精霊の? 風の?」
「うん」
居心地悪そうにセバスチャンはモゾモゾしているが、私は理解ができていなかった。
「風の精霊の力って……でもどうやったの?」
想像出来ない私に、セバスチャンはえっとね、と指を宙でくるくる回しながら言う。
「走るときに、足の裏をちょっと押してもらうようにお願いしたんだ。腹筋と背筋もね、ちょっと風の力で起きやすくしてもらってー」
私の脳裏に一つの映像が浮かぶ。靴底に太い螺旋の金属がついたもの。つまり、ジャンプシューズの要領!
地面に足が着くタイミングで風の力で押し上げてもらい、それを前へ進む推進力にすると。でも、それは、精霊との連携が上手くいかないと出来ない芸当なはず。
「だから、僕ちょっとズルしちゃってたんだ。へへっ」
決まり悪そうに笑うセバスチャンの手をガシッと私は掴む。
「スゴいじゃないかー! それ、セバスチャンが自分で考えたの?」
「う、うん」
「スゴいよ、スゴい! 考えてすぐ出来るなんてさ!」
「そ、そうかな?」
怒られるんじゃないかと思っていたセバスチャンは、逆に前のめりな私に目をぱちくりさせていたが、やがて誉められて嬉しそうに笑う。
この世界に慣れて来たとはいえ、精霊の存在を忘れがちな私。なので、自然と精霊の力を取り入れたセバスチャンにただ感心するしかなかった。
子供の柔軟な思考も多いに関わってるのかもしれないなぁ。いや、もしかしたら弟は天才なんじゃないかしら? とうつらうつらし始めながら、ぼんやりセバスチャンを見て思う。
「私も風の精霊がいたら、セバスチャンのように軽やかに走れるのかなぁ」
欠伸混じりに呟いた私は、真面目な顔で私を見るセバスチャンの表情を知る事無く、目を閉じていた。
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