第11話
「明日、新しい家庭教師が参ります」
そうアシルが言ったのは昨日のマナーレッスン終わりだった。
なんでも、父上が無理を承知で頼み込んで週一回の家庭教師を承諾してもらったとか。しかも、私の『体を強くしたい』発言の家庭教師らしい。
そして、今――
「新しい家庭教師ってどんな人だろうねー?」
「あぁ。おまけにどんなことやるんだろうなぁ?」
私とセバスチャンとライアンの三人は中庭にいる。
私は、自分の着ている服とセバスチャンたちの着ている服を交互に見ていた。簡素で動きやすそうな上衣とズボン。ズボンも裾が絞られ、七分丈のもので刺繍や装飾の類は一切ないシンプルな服。
「なんか…………体育会系の匂いしかしないんだけど」
「たい……くか、いけい?」
私の呟きにセバスチャンがキョトンとし、首を傾げた。
「あ、なんでもないよ」
そんな彼に私はにこっと笑って誤魔化す。
(危ない危ない。時々無意識で前世の言葉が出ちゃうなぁ。気を付けねば!)
そんな事を思っていると、父上のヴィクトーが彼に負けず劣らずの長身を持つ屈強な男性と一緒にやって来た。
「…………三人とも揃っているな」
ゆっくり私たち三人の顔を確かめるように見たヴィクトーは、隣に立つ男性に手を向けた。
くすんだ金髪に精悍な顔立ち。長身の体は良く鍛えられていて、二の腕は私たち子ども三人のひょろっこい腕がまとめて全部入ってしまいそうなくらい太い。
「………こちらはダンテ・ウィンカート卿…………今日からお前たちの身体トレーニングの家庭教師をしてくれる」
「「「身体、トレーニング?」」」
キレイにハモった私たち三人の声に、紹介された男性――――ダンテはニカッと真っ白い歯を覗かせ真夏の海が良く似合いそうな爽快な笑顔で、ぐっと右腕に山のような力こぶを作りながら口を開いた。
「私の名はダンテ・ウィンカート! 今日から君たちの教官である! 宜しくなっ!」
張りがあり良く通る大声でハッハッハーと豪快に笑うダンテ。
急な高いテンションの大男にポカーンとしている私たちを更に置いてけぼりにして、ダンテは続ける。
「私の本職は王宮騎士見習いや新人騎士たちの身体トレーニング及び基礎戦術の指導であーる! 此度はグリーウォルフ卿のたっての願いであり! 子を思う親心に打たれ! 特別に! 諸君たちの家庭教師を引き受けた! 引き受けたからには全身全霊を持って職務にあたるつもりでいる! 安心して私についてきたまえ! ハーッハッハー!」
いちいちそんなに腹の底から大声を張り上げなくても十分聞こえる距離なのだが、やたらと感嘆符を多用してくるダンテ教官。
「「「………………………………」」」
反応できずに固まっている私たちをよそにヴィクトーは至って普通にダンテへ宜しく頼む、と軽く頭を下げると館へと戻っていく。残ったダンテは私たちへと最っ高の笑顔で吠えた。
「さぁ!! まずは軽くランニングから始めるぞー!! 付いて来ーい!」
「「「ええぇっ~!?」」」
高笑いを上げながら走り出したダンテに、私たちは困惑の表情で顔を見合わせ、仕方なくダンテを追い走り出した。
◇ ◇ ◇
「フェリックス、大丈夫か?」
ゼーハーゼーハーと荒い呼吸を繰り返し、柔らかい草の上に両手を付く私の背をライアンが優しく撫でる。
「だ、だい……じょ、うぶ……」
息も絶え絶えとは、まさにこの事だ。荒い呼吸が全然収まらず、言葉にならない。
まさか、自分がここまで体力がないなんてっ!!
ライアンどころかセバスチャンにすら追い付けず、どんどんと引き離されていき10分も経たずにこの有り様。
ショックで肩を落とす私を励ますように、ライアンがくしゃくしゃっと私の頭を撫でた。
「ついこの間まで死にかけてたんだ、ムリないぜ。ま、ゆっくり行こーぜ」
「う、うん……」
ようやく、少し呼吸がマシになってきた私は、顎から滴る汗を手の甲で拭い、ごくりと唾を飲み込んだ。
「兄さん、大丈夫?」
軽やかな走りで先に行っていたはずのセバスチャンも戻ってきて、心配そうに問いかけてきたのを私は頷きながら立ち上がろうとするが、鉛のように足が重く立ち上がるだけなのによろけてしまいそうになる。
そんな私の様子に気づいたライアンはそっと体を支えてくれ、彼の手を掴んで足を踏ん張り背を伸ばした。
「はぁ…………二人とも早いね。すごいよ」
私は、息を吐きながらセバスチャンとライアンを見た。
「そうでもないだろ、普通だよ。フェリックスは今は仕方ないんだって。すぐに同じように走れるようになるさ!」
「そうだよ。だって、僕なんか、せい………」
「おー! どうしたどうした諸君!!」
セバスチャンが何か言おうとしたのを遮る形でダンテの声が響く。
「……あーいや、フェリックスが走れなくなったんで休ませてたんですが」
「おーそうか!」
ジト目を向けるライアンを気にする事無く大きく頷き、ダンテはビッグスマイルで三人の顔を見渡し言う。
「そういえば、君たちの名前をまだ聞いてなかったな! 自己紹介を頼めるかな?」
ハッハッハ、と笑うダンテにライアンは呆れたようなため息を小さく吐き、少しウェーブがかった赤褐色の髪をガシガシと掻きながら答えた。
「ライアン・バロー。この屋敷の庭師の息子です」
「セバスチャン・グリーウォルフ。7歳です!」
「フェリックス・グリーウォルフです。宜しくお願いします」
ライアンに続き、セバスチャンと私も名乗るとダンテはうんうんと大きく頷き、そしてビッと親指で自分自身を指差し
「私はダンテ・ウィンカート! ピッチピチの37歳だ! 私を呼ぶ時は教官と呼びたまえ! ここは重要なのでもう一度言おう! 私を呼ぶ時は教官と呼びたまえ!!」
自己紹介を二度もした上、どこが重要なのか分からない教官呼びに念を押したダンテ教官。
ライアンはげんなりとした顔で、セバスチャンはポカーンと口を開けたまま、そして私は苦笑を浮かべてこの暑苦しい新しい家庭教師を見たのだった。
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