第10話


 セバスチャン・グリーウォルフ。

 フィースプリトー学園1年生。15歳。

 主人公の同級生で、艶やかな黒髪に黒曜石のような瞳を持つ美少年で、何事も斜に構えてひねくれているツンデレ系。


 セバスチャンには病弱の為、家で療養中の兄がおり、両親は兄にばかり構いセバスチャンは蔑ろにされていると感じていた為ひねくれた性格になってしまったのだが、主人公と出会い交流することにより、次第に本来の優しさを取り戻し家族に愛されている事に気付く。

 


 …………それが、セバスチャンの設定。

 前世で友人のめんちゃんから借りた彼女の大のお気に入りの乙女ゲーム『精霊学園~キミとつなぐ絆~』。セバスチャンはその乙女ゲームに出てくる主人公の攻略対象キャラクターの1人なのだ!


 なんでそんな大事なこと今の今まで忘れていたかって? それは、借りてたゲームの時のセバスチャンの年齢が15歳だから! 更に付け加えると、取り立ててゲーム好きな訳でもない私は、押し付けられるように借りたゲームを律儀にプレイはしたが、本当にただただやりました程度のもの。 

 まずゲームに付いている説明書を最初に読み、その中に書いてある何人かの攻略対象キャラクターで気に入った設定のキャラクターを決める。あとはそのキャラクター攻略へ向けて一回プレイして終わり。攻略に成功しようが失敗しようが、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうが関係無く、一回のプレイでめんちゃんに返していた。


 いつもめんちゃんからは、乙女ゲームの醍醐味は何人もの攻略対象キャラクターとのすったもんだの恋の駆け引きなのよ! それを全部プレイしないなんて信じられない! とかなんとか言われてたっけ。


 『精霊学園~キミとつなぐ絆~』も例に漏れず、一回のプレイだけで返したのだが、その時は珍しく食い下がられた。

 なんでも、このゲームの最大の売りであり人気はその選択肢の幅の広さだと言う。

 ゲームの期間は主人公がフィースプリトー学園に入学し卒業するまでの3年間。その間、攻略対象者との新密度や主人公の各パラメーターの数値や様々なイベントの成否によって多岐に渡るエンディングが用意されている、らしいのだ。


 めんちゃんの受け売りだが、攻略対象者とのハッピーエンディングは勿論だとして、面白いのは恋愛以外のエンディングだ。学園生活中に精霊技術のパラメーター値に集中して上げると高位精霊士として王城に就職する。とか、剣術や体術に特化すると女性騎士として活躍する。とか、精霊と冒険の旅に出るエンディングなんかもあったりする。まさにやり込み型乙女ゲーム。


 そんな大好きなやり込み型に嵌まって欲しい一心で食い下がってきた友人は、まず私に少しでも興味を持ってもらうべく、ゲームから派生したマンガや小説、アニメまで貸してきた。

 私がこの世界が乙女ゲームの世界だと気付くきっかけになったセバスチャンの表情は、アニメで見たものだった。


ちなみに、ゲーム以外では主人公の同級生であるテール王国第二王子が主人公のお相手としてストーリーが進む。

 テール王国第二王子は乙女ゲームでも一番メインのキャラクターである。


「つまり、私より2歳年下の子達がメイン…………」


 ポツリと私は呟いた。

 そう。主人公も主人公のメイン攻略対象者である第二王子も、主要攻略対象の1人であるセバスチャンも2歳下。そして、ゲームの進行期間も彼らの在学期間である為、私が学園に入学したとして被る期間は一年間だけ。


 ……………そもそも、ゲームで私ことフェリックスって出てきたかな?

 フェリックスの名前って、片手で足りるくらいしか出てきてないような………おまけに、姿なんてシルエットで一回出たかどうか。そこも記憶が曖昧だ。


 病弱引きこもり設定だから、もしかしたら学園には通えていない設定なのかもしれない。それなら、主人公と接点は一切無く、セバスチャンからの話として間接的に名前が出てくる程度だろう。


(あれ? 待てよ。そんな病弱引きこもり設定の私が少しずつ健康に向かいつつあるけど大丈夫なの?? おまけに、兄弟仲はすこぶる良いけど……どうしよ。本当はダメだったりするのかな?)


 急に取り返しのつかない失敗をしてしまったのでは無いかという謎の強迫観念のようなものでドキドキしてきた胸に私は手を当てる。

 うんうんと唸っていると図書室に軽やかなノック音が響く。

 

「お坊ちゃま、晩餐のお時間でございます」


 ジーナの声から一呼吸置いて扉が開いた。私は図書室の一番奥に備え付けられた本棚の一つ。その下段の本が入っていないスペースから這い出るとズボンの埃を払った。


「またそんな所に」

「だって、落ち着くから」


 本棚に潜り込むのをあまり良く思わないジーナに小さく肩を竦めると、ジーナは服の裾を直してくれた。


(今はまだゲームが始まるよりずいぶん前だけど、今ならまだ間に合うだろうか? でも、間に合うって、何が? ゲームの設定を変えないようになるべく引き籠る?)


 ジーナと共に図書室から晩餐室へ向かう間も考えていたが、答えは出ない。だって、そもそもゲームの事で知っているのは一回プレイしたゲームの進み方と、主要な攻略対象者の簡単な設定内容。それと、小説とアニメの内容にめんちゃんからの熱のこもった解説からの情報だけ。


 おまけにプレイした時、対象に選んだのは第二王子でもセバスチャンでも無く、しかも、好感度が足りなくてハッピーエンディングにならず、平均的な成績で無難に卒業するというなんとも面白味もないエンディング。

 そんな私だからどうしたら将来やって来るであろうゲーム設定の状態を変えずに済むのか分からない。


 そうこうしている間に着いた晩餐室では、ヴィクトー、シャルロット、セバスチャンがすでに座っていて、微笑みを浮かべてこちらを見ている。

 家族はいつもと変わらない笑みを向けてくれているはずなのに、私は今までに無い居心地の悪さが湧き上がり落ち着かないでいた。


 ソワソワする私の気持ちを余所に、テーブルの上に食事が運ばれてくる。私の前に並ぶ皿は明らかに他の皿より質素だ。

 初めて私の新メニューを見た家族は驚いていた。家族だけでなく、使用人たちもざわついていた。料理長のケヴィンは晩餐終わりに飛んできて、量は大丈夫だったか? 味は大丈夫だったか? 本当にあれで良いのか? と心配そうに何度も聞いて来たが、今は皆も慣れている。

 いつも通りの光景となった晩餐を頂いていると、シャルロットが口を開いた。


「ねぇ、フェリックス。お料理は美味しい?」


 口に含んでいた野菜の旨味たっぷりのスープを嚥下し、私は頷いた。


「はい。とても美味しいです」

「そう」


 ジッと見つめてくる母上を私はどうしたのだろうと見つめ返していたが、すぐに母上は口を開いた。


「私もフェリックスの食べている物をいただいてみたいわ」

「え?」

「スープとサラダとデザートを少量でいいわ。まだ残っているかしら?」

「はい。今、用意させます」


 シャルロットの言葉に素早く、しかし慌てることなく折り目正しく礼をしつつアシルは答え、壁に控えていた侍女たちも静かに素早く動き出す。


「あの、母上?」

「私、フェリックスが食べている物を味見してみたいと思っていたのよ」


 にっこりと花のような微笑みを浮かべるシャルロットに、はぁと私は生返事を返した。

 やがてパン皿に盛られたサラダとデザートの果物のシナモングリル。それとスープカップに入った野菜スープが運ばれてくると、母上はウキウキとスプーンを手に取った。


「あら、美味しい。薄味だけれど、優しいお味ね」


 一口スープを含んだシャルロットはその綺麗な目をぱちくりさせ、次はサラダを頬張った。


「まぁまぁ。あらあら。オリーブオイルとお塩だけで充分美味しいなんて!」


 今までずっと濃い味スパイス料理に慣れている舌が満足するのかどうか不安だったが、どうやらお気に召したようだ。


「スープはたくさんの野菜を長い時間煮込んでもらっていますので、お野菜の旨味が出ているんです。なので味付けは少しでも美味しいんです。サラダも、素材がとても美味しいですから」


 ホッとしながら、シャルロットに説明しているとセバスチャンがぽつり、と


「いいなぁ。僕も食べたいなぁ」


 と呟き、更には


「……………私も、いただこう」

 

 と、ヴィクトーまで言い出した。

 そんな息子と旦那の言葉にシャルロットは嬉しそうに手を打った。


「あら。では、皆でいただきましょう」


 程なくしてヴィクトーとセバスチャンの前にもシャルロットと同じセットが追加されると、早速二人は食べ始めた。


「おっいしー! 僕、このスープ好きー」

「……………うむ」

「このデザートも良いわねぇ」


 盛り上がる三人に、私の頬が緩む。私が考えたメニューを食べて喜んでくれている。私が調理した訳じゃないけど、でも、嬉しい。

 美味しそうに頬張る三人の様子をただただ眺めていると追加された料理はあっという間に綺麗に三人の胃の中に消えた。


「とっても美味しかったわ」

 

 口元をナプキンで拭い、シャルロットは私を見た。


「それでね、考えたのだけど。私たち家族の晩餐をフェリックスと同じメニューにしてはどうかしら?」

「えっ!」


 驚く私にシャルロットは目を細めて笑う。


「だって、フェリックスだけ違うお料理なんて…………折角、同じテーブルに座っているのに同じものを皆でいただきたいじゃない。それに、同じメニューにした方がケヴィンたちの手間も少なくて済むでしょう?」


 その言葉に私は本当にこの人はフェリックスの事を愛し、想ってくれているのだと目頭が熱くなるのを感じた。

 自分で自分専用のメニューを提案したものの、やはりテーブルに並んでみると、その視覚による落差というか、違いの大きさに私も仲間外れの様な感覚を僅かに感じていたのは確かだった。

 しかし、言い出したのは私だし、私のわがままを三人に押し付けるのは違うと思っていたので何も言わなかった。


 けれど、やはり思い出されるのは前世の食卓。テーブルに所狭しと並べられた六人分の食事。みんな同じメニューをワイワイと食べることの喜び。

 …………やっぱり、食事は皆で、一緒の物を食べるのがいい!

 

「母上ぇ…………」


「あ、でも私にはパンを付けてね」

 

 ウルウルしてくる目でシャルロットを見ると彼女はウィンクし、いたずらっ子っぽく言った。更にヴィクトーとセバスチャンが続けて言う。


「………………私には今までと同じメインも付けてくれ」

「僕もメインとパン欲しいー」


 そんな家族に私は目の端をそっと拭い、思った。

 ここが乙女ゲームの世界だろうとなんだろうと、ゲームの設定がどうだろうと今この目の前にいる人たちは生きていて、ご飯を食べ、考え、行動を選択している。

 ならば、私もフェリックスとしてフェリックスの幸せと、この人たちの幸せの為に全力を注ごう!


 なんだか目の前がスッと明るくなったような気がした。

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