第2-2話 回想2

自分から聞いておいてこの反応は何なのだろうか。

まるで興味のなさそうな男君の返答に、葵は話を変えた。


「ちなみにあなたは何故夕顔の君がお好きなの?」


「そりゃあ美人で男を立ててくれて、他の女君の所に通っても何も言わないんですよ。最高じゃないですか」


男の理想ですよね。

聞いた自分が馬鹿だった。瞬時にそう思う程、男君の回答は身も蓋も何もないものだった。はあと思わず大きなため息が漏れる。


「ねえあなた絶対恋人とかいないでしょう」


「え、何でわかるんです?」


「あなた多分そういうの向いてないわ」


酷い、と両手で顔を覆う。

それを横目で眺めると、葵は起き上がり再び絵巻物に視線を戻した。

無言で絵巻物を巻き直す様を指の隙間からじっと見つめ、葵が反応しないとわかると、男君はぱっと手を外した。

やはり泣き真似だったか。


「そういえば僕も朝顔好きなんです。あ、花の方なんですけど」


「え」


「え、何ですかその顔」


「ごめんなさい。あなたに花を愛でるという思考があったことに驚いてしまって」


大層驚いたように目を丸くする。

この身も蓋もない男にも、花を愛でるという情緒のある考えがあったのか。


「失礼な。これでも教養深い一貴族なんですよ」


男君は全く、と少し不機嫌そうに拗ねる。


「実は香に朝顔を使っているんです」


「珍しい調合方法ね」


「これが入れると入れないとでは違うんですよ」


確かに、この男は甘いような、爽やかなような、そんな香を焚き染めている。

芳しい香の中に一瞬香る、爽やかさ。それはまるで夏の朝露のように涼しげで、独特の情緒を思わせる。


「姫君も使ってみます?」


「遠慮します。あなたと同じ香りになるのはごめんだわ」


「ええ…酷い…」


ばっさりと真顔で切り捨てられ、今度は本当に衝撃を受けたのか、男君はがっくりと項垂れた。


「泣き真似は通用しなくてよ」


項垂れる男君をよそに、再び絵巻物に視線を戻し、丁寧に巻き直していく。

いつまでそうしていただろう。全ての絵巻物を巻き直し、仕舞うために立ち上がろうとしたその時、男君はふと顔を上げた。


「では姫君にこれを」


気づいた時には男君はすぐ側にいた。

驚く間も無く、視線が交わり、その手が葵に伸びる。

その突然の行動に、心臓が大きく跳ねた。

ぶわっと一気に体が内から熱くなり、思わず目を瞑る。


「なっなに?」


じっとして。

そう言うと、真っ赤になって固まる葵の耳元で何やらごそごそと手を動かす。

その間、ぎゅっと瞑られた視界を開く勇気は持てず、それでも意識は男君の動きに集中してしまい、触れられている部分はまるで夏の太陽のように熱かった。


ようやく手が離れ、その気配も遠のく。

怯えたように震える瞼をゆっくりと開くと、男君の視線と交じり合った。

いつもとは違う、真剣な眼差しに葵は思わず目を背ける。


(もう、何なのよ!)


「よくお似合いですよ。可愛い」


可愛い。

優しく放たれたその言葉に、ぞわぞわとした何かが体を這った。

空気が足りない。目の前が陽炎のようにくらくらと揺らぎ、頬が火照る。おかしい。体調はもう良くなったはずなのに。


「じゃあ僕はこれで失礼します」


そう言うと、真っ赤になって固まっている葵を置いて、男君は嬉しそうに手を振った。


「何だったの一体…」


男君が見えなくなった後、何とか必死に鏡まで辿り着き、それを覗き込む。

先ほどまで男君が触れていた場所には、小ぶりで美しい、一輪の朝顔が添えられていた。

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