第3話 明治152年


 直樹は馬車の中へ招かれたけれど、雅美は招かれない。このままでは置いて行かれるし、もう会えないかもしれないと感じて雅美は焦った。

「直樹くん! これを!」

 急いで雅美は自分のスマートフォンを直樹に差し出した。

「これは?」

「男の人だって、今の時代、スマートフォンの一台くらい持っていて! でないと連絡がつかないし、せっかく友達になったんだから!」

「……ありがとう。でも、これは君の物じゃないの?」

「大丈夫、すぐ新しいのを契約するし。それは私からのプレゼント!」

「わかったよ、ありがとう」

「あと、私は新富士学園の高等部2年生なの! 直樹くんも17歳くらいに見えるから私と同じ学園になることを希望して! きっと、そう手配してもらえるはずだから!」

「新富士学園だね」

 直樹は頷いた。馬車が出発して山道を抜け、整備された街道に出ると三頭立て馬車はスピードをあげた。里奈が直樹へ言う。里奈は生まれつきの茶髪をロングに伸ばして制帽の中にまとめている小柄な女性でウサギのような可愛らしさがある。

「第一発見者の水俣さんは新富士学園か……どうりで…」

 直樹が問う。

「そこは、どういうところなんですか?」

「学校です、高校。頭よし、顔よし、心よしの三方よしがそろった三方美人ばかりの。だからプライドも高いし、水俣さんは片目を失明して、それで自殺を考えた……そういえば、そんな事件があったって話が署で……佐川警部、犯人は捕まったんですか?」

「ええ、年少者法のおかげで氏名は報道されていないけれど、同じクラスの生徒にボールペンで目をえぐられたの。頭よし、顔よしは認めるけれど、心の方はそうでもないみたいね」

 ショートカットが似合う月子は警察官らしく冷静に言った。美しく切りそろったショートカットと色白な頬のおかげで、その名の通り夜月のような印象のある女性だった。直樹は悲しそうに言う。

「……なんて可哀想なことを……するんだ……」

「「………」」

 月子と里奈が顔を見合わせ、直樹は心配そうに背後を振り返った。

「また自殺したりしないだろうか……」

「それは大丈夫ですよ」

 里奈が笑顔をつくって確信的に言う。

「だって、不幸中の幸いというか、怪我の功名というか、宝くじ以上のラッキーがあったから」

「それは?」

「男性と出会えるなんて、まして、いきなり友達になれるなんて超ラッキーです。しかも、産まれたばかりの男性で自分が友達第一号なんですよ。生きる希望が湧いてもきますよ。でも………」

「でも?」

「あんな風に顔に傷があったら、なかなか正式な嫁になるのは難しいし、吉野様が嫁に選ばないとしても、ざっくりフルと絶望して死んじゃうかもしれないから、やんわりフルか、一応は友達でいてあげるのがいいかな、と」

「友達……嫁……」

 直樹が漠然と考え込んでいるうちに、馬車は市役所に着いた。コンクリート造りの3階建て庁舎からは大勢の市職員が迎えに出てきている。老若女女の職員たちは拍手で祝福してくれる。

「「「おめでとうございます!」」」

「「「お誕生を心より祝福いたします!」」」

「「「産まれてきてくれて、ありがとうございます!」」」

「ど…どうも…こ、こちらこそ…」

 直樹は圧倒されつつも軽く会釈して市長と対面した。

「市長の木村陽子です。お誕生、おめでとうございます」

「どうも、吉野直樹です」

「さっそくですが、今日お誕生ということは出産ではなく、気がついたときには、そこにいたという形ですか?」

「あ、はい、そんな感じです」

「では、あなた様は神祖なのです。きっと、私たちの民族を導いてくださる偉大な方です」

「ど…どうかな……あんまり自信ないけど……」

 直樹が見渡す限り、女性ばかりで男性はいない。市の職員も市議も、みな女性ばかりだったけれど、一人だけ男物のスーツを着ている人がいて、直樹と目が合った。直樹が安心して言う。

「ああ、よかった。男の人もいてくれた」

「…い…いえ……自分は…」

 しどろもどろになった人がさげている名札には沼野ケンという氏名があるけれど、ケンは動揺して背中を向けると走って逃げた。市長の陽子が申し訳なさそうに答える。

「あの職員は男性ではありません。女でありながら男の姿をする不埒者です。一応は人権ということで見逃していますが、間違った存在です。最近では性的少数者をどうの、とややこしいのですが、そういったところも、あなた方、立派な男性に導いていただけると嬉しいです」

「…人権ですか……」

「どうぞ、気を取り直して。まずは戸籍をつくってください。もちろん、日本人で、できれば新富士市民でお願いしたいのです。あ、一応、あなたには外国籍を望む権利と弁護士を呼ぶ権利があります」

「は…はあ…」

「その場合、国連男性憲章に従って、あなたの国籍は保留となり、望む国の男性との対話や首相との会議を経て決めていくことになりますが、どう見ても吉野様は日本人ですよ、もう日本語を話しておられるし。日本の富士で産まれて日本男児でないことがあるものですか」

「……とりあえず、あまり、ややこしくない方法でお願いします」

「はい! 新富士市民としてお迎えします! さっさ、こちらに署名を!」

 直樹が出された書類に吉野直樹と書き込むと、陽子たちはバンザイを始めた。

「吉野直樹様ご誕生バンザイ! 新富士市、バンザイ! 天皇陛下、バンザーイ!」

「…どうも…どうも…」

 それから直樹はマイナンバーカードもつくってもらい受け取った。発行日と誕生日を見た。

「……明治152年5月31日……」

「明治天皇陛下はヤマトタケルのみこと以来の男性天皇であらせられます。イザナギのみこととお並びいただき、この三柱のあるゆえに日本は万世に栄えております」

「そうですか………このカッコで書いてある2019年というのは?」

「それは西暦というものです。ユダヤ人男性の誕生年が始まりだそうです。名前は……たしか…」

 陽子へ秘書が耳打ちして教えてくれる。

「あ、そうでした。イエス・キリスト氏です」

「いろいろあるんですね……えっと、ボクは、どうすればいいかな……あ、そうだ。ボクは17歳くらいだから、新富士学園というところで勉強したいけれど、いいですか?」

「はい、ぜひ!」

 市長は笑顔で快諾してくれた。

 

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