第2話 裸、通報

 樹海で首吊り自殺をしようしている少女を見つけて、男は走った。その間にもロープが絞まっていく。

「ぅぅっ…」

 死を覚悟したはずが、怖さで少女は助かろうとあがいている。足場にしていたブラウン管テレビに爪先立ちとなって喘ぐ。けれど、靴が脱げてしまい、靴下では滑る。いよいよ全体重が首のロープにかかってくる。両手で首まわりのロープを引っ張るけれど、だんだん気が遠くなり視界が赤くなってきた。

 もう死ぬ、もうダメ、そう感じて諦めかけたとき、誰かがお尻を支えてくれた。

「ボクの肩に乗って! 首からロープを外すんだ!」

「ぅっ…」

 日本語ではない、不思議な響きの言葉だったけれど、意味が伝わってきて少女は男に肩車してもらい、両手でロープの輪を拡げて首を抜き、助かった。助かると気力が尽きて崩れる。崩れる少女を男は巧く抱き留めてくれた。

「君、大丈夫?」

「ハァハァっ! ゴホっ…ハァ!」

 少女は息が整うと、今度は質問に答えることもなく号泣した。男は困ったけれど、彼女を抱いたまま待った。やっと話せるようになった少女は水俣雅美(みなまたまさみ)と名乗ってから、男の名を問うた。

「ボクは……直樹……吉野直樹(よしのなおき)だよ」

 そう感じたので直樹は、そう名乗った。

「吉野さん………吉野くん……男の人には、クンで呼ぶべきだった……えっと……」

 雅美は戸惑いつつも泣いていた顔を今度は赤く染めていく。とても恥ずかしい気持ちになってしまい、直樹を見ることができず目をそらしている。

「た…助けてくれて…あ、ありがと……お、おろして」

「うん」

 直樹は雅美を地におろした。雅美は直樹から顔をそむけ、耳まで赤くなっている。

「水俣さん、どうかしたの? どこか痛む?」

「……ふ……服を……わ、私の服を貸しますから着てください! これを腰に巻いて!」

 雅美は制服の白いブラウスを脱ぐと、直樹を見ないまま突き出した。

「えっと……腰に巻けば、いいの?」

 直樹は女子のブラウスを腰に巻いて結んだ。それで裸だった直樹の身体は一部が隠れる。

「…ハァ……ハァ……」

 雅美は息を荒げ、赤面したまま両腕でブラジャーを覆っている。

「水俣さん、大丈夫?」

「…ハァ……だ……大丈夫……今のところ…」

「そう、よかった」

「…………ハァ…」

 まだ雅美は直樹を見るのを躊躇っているけれど、それでもチラチラと直樹を観察している。女子とは違う直樹の身体を見ているだけで、雅美は心と身体が熱くなるのを感じた。直樹は一番の疑問を問う。

「どうして、自殺なんてしていたの? 危ないところだった。本当は死にたくないはずなのに」

「っ……ぅぅっ……だって、私は目を潰されたの!」

 そう答えると雅美は、また泣いた。泣くと失明した左目がズキズキと疼く。

「目を……どうして、そんな…、ひどいことを?」

「私に嫉妬した北門留美子(きたかどるみこ)がボールペンを刺してきたの! 私が今年度のイザナミ杯に選ばれて! あの人は準優勝だったから!」

「イザナミ杯?」

「日本での17歳の女子としての一番を決める行事よ! 優勝すれば公認で婚活できるの! なのに、なのに、こんな風に顔を傷つけられたら、もうお嫁にいけないわ! ぅ、ううっ! うわああん!」

 そう叫んで、また泣くので直樹はいたわりを込めて雅美の背中を撫でた。雅美はブラウスを着ていないので男の手が直に肌へ触れてきて、思わず口走る。

「私と結婚して! でないと死ぬわ!」

「………結婚…」

「お願い! じゃないと死ぬから!」

「……ボクは、まだ産まれたばかりで、どう女性を見ていいか……君には死なれたくないけれど、……結婚をする相手は、神聖に決めないと……」

「じゃあ、私と友達になって! でないと死ぬわ!」

「………」

「友達から始めて!! お願い!!」

「……。わかったよ、君と友達になろう」

「っ、ああっ、あああ! 神さま、ありがとう!」

 雅美は感極まった声を漏らしている。

「男の人と友達になれた! 100万分の1の出会い! やった、やった、やったよ、お母さん!」

「……」

「友達なんだから、直樹くんって呼んでいい?」

「え……ああ……いいよ」

「私のことは雅美と呼んで」

「わかった」

「あとスマフォの番号を……あ、そっか。産まれたばっかりだから何も持ってない……えっと、どうすれば……こういう場合……出生届は……市役所とかに行くべきなのかな……それとも110番……とにかく電波の入るところまで戻らないと……」

 雅美に誘われて直樹は樹海から出た。雅美がスマートフォンで警察に連絡すると、しばらくして山道を馬車が登ってきた。三頭立ての馬車は白と黒のツートンカラーで静岡県警と表示されている。その馬車から2名の女性警官が降りてきて名乗る。

「静岡県警新富士署の佐川月子警部です」

「同じく羽田里奈警部補です。25歳です!」

 わざわざ年齢を言った里奈を月子は冷たく睨み、直樹へは笑顔で告げる。

「お誕生、おめでとうございます。お名前をお聴きしてもよろしいですか?」

「はい、吉野直樹です。ありがとう、よろしく」

「さっそくで申し訳ないのですが、どうか、こちらの服を着てください」

「私たちは裸の男性を見るだけでも、恥ずかしくて気持ちが落ち着かないのです」

 赤面している月子と里奈が差し出してくれたシャツとズボンを着た直樹は馬車へ乗った。

 

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