14.その後のバンケットにて【2016年スケートアメリカ⑦】②
それからしばらく、ジャッジの方と話したり海外の選手と親交を深めた。チャン・ロンと握手を交わし、スケート連盟の市川監督は四回転ループの成功をよくやったと言ってくれた。四回転ループの成功は、ジャパンオープンでの出雲さんに続いてだから、監督としても日本勢が幸先よく新しい四回転を着氷させているのは、喜ばしいのかもしれない。
その間も何となく、アーサーの最後の言葉が背中に張り付いていた。
そうしてシャンパンを片手に持った堤先生がやってくる。
「テツ。お疲れ」
少し顔が赤い。手に持ったシャンパンは何杯目なのだろうか。
「……どんだけ飲んでるんですか?」
「タダでうまい酒が飲めるんだから、たらふく飲むさ。それより、今回はいい感じの結果になったね。四回転ループも決まったし、シーズン序盤にしてはいい出来だったし、ファイナルまで一歩前進ってね」
何杯目かわからないシャンパンを先生は煽る。そして、カウンターから新しいものをとる。今度は赤ワイン。中国杯なら紹興酒が出るんだけどなぁと文句を垂れる。
「ロシア杯は優勝がいいなあーなんて俺は思ったりするわけよ。厳しいけど」
「……出来る限り狙いますけど」
ロシア杯ではアンドレイ・ヴォルコフとぶち当たる。宇宙人のような桁外れな実力を持っているが、いつまでも彼の背中を眺めるだけでいたくない。
「そうこなくっちゃね。ああ、そうそう」
改めて先生は俺を向いた。酔っ払いの会話はくるくると内容が変わる。
「俺、今日終わったらリチャードとデトロイトに行くわ。そうだね、三日間ぐらい。帰りは五日後ぐらいになるかな。その間は涼子先生に頼んどくから練習見てもらってて」
「なんですか、いきなり」
ジョアンナ、と明確に答えた。
「フリーの前にちょっとアドバイス出来たから今回まとまってたけど、もっと良くして行かないといけないからね。変な癖とかついてたし、矯正しないと」
今回の演技で、あれがダメ、これがダメと痛烈なダメ出しが先生から飛び出る。酒飲んでるから素面ではないのだけど、目が笑っていない。
「そんなに悪かったですか?」
ジョアンナのフリーは135点越えで二位。本人は納得していたようだし、俺の目から見て、別にそこまで悪かったように思えない。ステップ以外。
「悪くはなかったけど。ジャンプをちゃんと決められていただけでしょ。音と合っていなくても、技術点はそれなりに出るからね。加点もたくさんもらってるし。でも演技構成点は違う。ホラ」
先生はiPhoneでジャッジングスコアを見せてきた。ステップ以外のほとんどの要素に、2点以上の加点つく。ルッツもちゃんと正規のエッジだと判定されたようだ。
PCSも8点台が並ぶ中、あれって思うのは、振り付けと音楽の解釈。
7点台だ。
「スケーターが100パーセント、振付師の理想を滑ることなんてないけど。俺が作品を作った以上、その選手なりの理想に近づける努力はしてもらわないとね。そんなわけで、明日リチャードは11時のフライトでデトロイトに戻るらしいから、それに便乗するわ。星崎先生にも言っといたからよろしくね」
「わかりました」
変態だ何だと言っても先生は仕事人だ。ジョアンナの振り付けも最初はあまり気が乗らなかったらしいが、それでも一級の作品を作り、かつアフターケアもきちんとするのだから。
「何。離れるのが寂しいの?」
「違います」
「大樹のノービスがあるから、来週の金曜日には帰ってくるよ」
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