13.シャンパンワルツ【2016年スケートアメリカその⑥ 】①

曲が終わりに差し掛かる。最後の要素は得意のドーナツスピン。ただ、競技の時のように高速で回るのではなく、見ている方に回転がはっきりと分かるようにゆとりを持って回る。曲が消えるように終わるのだから、その方が曲に似合っている。


 演技を終えると、それなりに大きな拍手が私を迎えてくれた。アナウンスが入る。ーー女子シングル第三位、ミヤビ・ホシザキ。

 スケートアメリカ2016のエキシビション。私は前半で演技を終えた。


「お疲れ様、よかったよー」


 バックヤードに戻ると、杏奈がハグしてくれた。嬉しいけど、杏奈も衣装シワになっちゃうよと言っても彼女は聞かない。


「このプログラムね、初めて見た時から好きなの。流石は堤先生よね」


 嬉しいことを言ってくれる。これは曲の雰囲気も大好きだし、三拍子が意外に滑りやすいということを教えてくれた。


 私の次の次、アイスダンスの四位カップルの演技を挟んで、てっちゃんの演技。キャッスル・オン・アイスで披露した「水の変態」ではなく、去年のフリーの「リバーダンス」を滑る。深緑のシャツと黒のボトム。軽快な足捌きと動きの柔らかさを活かしたプログラム。アメリカの観客は箏曲よりもアップテンポな曲の方が受けがいいと思ったからだろう。アイリッシュダンスの足の動きと、深いエッジのスケーティング。

 こういう曲も似合うんだよな、と舞台袖から見て思う。あんまり無理している感じがなくて。楽しそうに活きいきと滑っている。


「雅の今の顔、凄く幸せそう」

「そうかな? いつもと同じだよ」


 自分で変わったようにも思えない。だけど杏奈は、ゆるゆると首をふった。

「今の雅と同じ顔をね、別の場所で見たことあるわ。その人も幸せそうだった」


「え、誰?」

「そのうちわかるよ」


 ーーてっちゃんの演技が終わる。ショート、フリー共に二位。総合成績堂々二位。四回転ループを決めての表彰台入りだった。


 エキシビションのトリは中国のチャン・ロン。杏奈は最後から三番目だ。親友の演技を関係者席から眺める。今季のエキシビションナンバーは、U2の「ヴァーティゴ」。ハードロッカーの面目躍如だ。月の光をしっとりと滑っていた人間と同一人物だと思えない。


 杏奈の演技が歓声で終わる。そこでiPhoneが手の中で震えた。LINEが新しいメッセージを伝えていた。製氷の間、バックヤードでみんなと写真を撮るために楽屋から持ってきていたのだ。

 ……驚きで瞬きを数回。


「ジェイミー?」


 アメリカのジェイミー・アーランドソン。

 去年の世界ジュニアで、儀礼的にLINEのアカウントを交換しただけで、実際に連絡を取り合ったことはなかった。大会で会えば、面白く話せる。そんな関係だ。後半が始まる前に、ジェシカを含めて一緒に写真を撮らせてもらったばっかりなのに。


『ジョアンナがバンケットの前に話があるって。彼女は君のアカウントを知らないから、俺から送らせてもらったよ』


 私が固まっている間に、次の演技者が登場する。優勝したカナダのペアカップルの演技をそこそこに、送られてきた文面をまじまじと見返し、画面を指で滑らせてジェイミー越しに返信を送る。

 送った内容に少し後悔する。


 エキシビションは盛況のうちに終わった。

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