12.ループはシュッとやれば飛べる【2016年スケートアメリカその⑤】 ②
チャン・ロンは2013年の世界ジュニアの金メダリストだ。世界ジュニアで優勝した勢いそのままにシニアに参戦。ソチ五輪にも出場し八位と健闘した。香港映画にも出ていそうなほど端正な顔立ちだが、美青年というよりハンサムという単語の方がしっくりくる。
今年19歳となる彼は「リスペクトしているアスリートは誰か」と聞かれたら、必ずこう答えていた。「イズモ・カンバラです」と。
「彼の滑った曲でプログラムを作るのが夢でした。ずっと滑りたいと言っていましたが、今回ようやくコーチからOKが出ました。願いが叶ってとても嬉しいです」
彼の今シーズンの緒戦はカナダ開催のチャンピオンズシリーズ。オータムクラシックだった。その優勝会見で、その以下にサン=サーンスのこの曲を滑りたかったかを伝えている。
じっくりと最初から演技を見ていたが……。
四回転王、という渾名の通り、豊富な種類の四回転が特徴で、一つのコンビネーションジャンプでうまくすると20点近く点を稼ぐ。今の演技だって、最初の四回転フリップ+三回転トウループに、加点が3点近くついた。回転が早く、ふわっと飛ぶジャンプが特徴だ。四回転なのに羽のように軽く、余裕がある。
四回転サルコウ、四回転トウループ、単独のトリプルアクセルと畳み掛けるようにジャンプを決める。後半に言っても勢いは衰えない。5個目の四回転フリップの三連続からは、基礎点が1.1倍される。
回転の早いジャンプが得意な反面、彼は長年、基礎スケーティングに難ありと言われてきた。「エッジが氷に辛うじて乗っているだけで滑っていない」と批判する声もあったのだ。……そんな評価がありつつも世界の表彰台に登っているのだから、彼のジャンプ能力は目を見張るものがある。
しかし。今シーズンになって、滑りの質に変化が訪れていた。
最初のジャンプに向かう途中で気がついた。姿勢が良い。滑る時に、尻が突き出ていない。そして、一歩の伸びが昨シーズンと段違いに違っていたのだ。今までよりも深く、大きく滑っている。ジャンプの前後のステップも、去年よりも工夫が施されていた。
「OKがでた」というのはこのことなのだろう。「曲にふさわしいスケートができるようになった」という意味だ。
俺と同じサン=サーンスでも、曲が違えばアプローチの仕方も違う。サン=サーンスが作曲した「序奏とロンド・カプリチオーソ」はヴァイオリンがメインの管弦楽版だ。今、チャン・ロンが滑っているのは、ジョルジュ・ビゼーが編曲したピアノ伴奏版。ヴァイオリンの緩急をエッジで滑り尽くし、ピアノの音を腕で捉える。メロディアスに。抑制をつけつつ、エモーショナルに。演技そのものはシーズンの序盤らしく、多少ミスが見受けられたが。
ミスがあろうがなかろうが、これは今の俺では勝ち目がない。
四回転王の異名は伊達ではない。
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