9.桜の乱【2016年スケートアメリカ その②】①

 流れのあるコンビネーションジャンプに、三日月のようなレイバックスピン。豊かな音の世界を、極上の演技で彩っていく。

 最高の演技をした後の親友の演技は格別だ。キス&クライの特等席から見る杏奈の演技は、夢のように美しかった。……今まで見たショートの中でも、1番の出来だったかもしれない。今日一番の拍手が湧き上がる。多分、私よりも多い。何か日本語で叫んでいる人がいたようだけど、私の気のせいだろう。


「嬉しそうですね」


 父の言葉に、私は大きく頷いた。キス&クライから立ち上がって拍手を送る。演技が終わったのだから、杏奈にその席を譲らなくてはならない。


「嬉しいよ。だってこのプログラム好きだもん」

「彼女の演技は、あなたの点数を抜くでしょうね」

 それにも私は頷いた。この細かさ、この美しさは今の私には出せない。でも。


「でも背中は遠くない」

 それが何よりも嬉しい。

「……あなたも少しはアスリートらしくなりましたね」


 父は少し複雑そうに、そして少し嬉しそうに笑った。

 杏奈の得点が出て、私は3分天下の終わりを告げた。……ただ、少し驚いたことに。技術点は私の方が上だったのだ。


 ……父の言った意味とは違うけれど。

 少しは私もアスリートらしくなったみたいだ。



 その後、合流した杏奈と互いの健闘を称え合い、バックステージのカメラで最後まで演技を確認した。カテリーナ・リンツ。エカテリーナ・ヴォロノワ。ジェシカ・シンプソンと実力者の演技が続く。カテリーナはステップアウトしてもなお華やかで、ヴォロノワは先月のネーベルホルンよりもショートプログラムの完成度が上がっていた。シンプソンも地元の応援を受けてノーミスの演技を披露した。

 それでも。


「……嘘、だよね?」

「現実よ雅。受け入れないと」


 そう言った杏奈にも、確かな興奮が交じっていた。いやいやいや、ないでしょ。流石にジュニア上がりの選手が二人揃って現時点でワンツーとか。何かの間違いじゃ。


「ジャッジがみんなに点数入れ忘れたってないよね?」

「流石にないわよ。どんだけ疑ってんのよ」


 話している間に、最終滑走ジョアンナ・クローンの演技が進んでいく。苦手な選手だが、実力者には変わりない。去年の全米女王、世界選手権七位の実力者は……。率直に言えば気の毒な演技だった。結果は六位。

 モニターを見返す。驚くことに、ショートプログラム二位で折り返すことになった。

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