俺はついている
べいっち
第1話
――あぁ、運が悪い。ついてない。
「男なのに赤色のランドセルなんて気持ちわり〜!」
「転校生なのに影薄すぎて喋ってるとこ見たことないわー」
「髪長いとか女みてぇだな!」
せっかくお盆で帰ってきたってのに、わがままな妹にお使いを頼まれコンビニに来るなんて。
その先で、いじめの現場に遭遇するなんて。
「⋯⋯」
「なんか言ってみろよ! 喋れないんですかぁ?」
三人揃って大笑い。耳元でクラクションを鳴らされたくらい耳が痛くなって、頭がガンガンする。
(ただでさえ肩こりに頭痛が酷くて動きたくないんだよ。いじめの仲介なんてできない)
悪魔の俺は見て見ぬふりをしろという。
だってな、ここで男の子を助けて、懐かれたらどうする。
せっかくの休暇が全て潰れるかもしれないし、やんちゃな年齢だろうから肩車してくれと頼まれるかもしれない。
⋯⋯まぁ、そんなに好かれるような見た目も性格もしてないが。
楽なほうへ流される俺は、悪魔の提案に乗ろうとしていた。
⋯⋯⋯⋯でも、この馬鹿にするような笑い声が、どうしても気になった。
ここはコンビニの近くで、家も近い。静かなこの町には似合わない騒音だ。近所迷惑だろう。
別に助けてあげるなんていう天使の提案を聞き入れたわけじゃない。断じて違うからな。
せっかく買ったアイスが溶ける前に、ちゃちゃっと注意して帰ろう。
「そこの四人。近所迷惑だって通報される前に帰りなさい」
わざとらしく咳払いをして注意をすると、うるさい笑い声が止まる。
四人が一斉に俺のほうを振り向いた。
一番背の低いやつは口を歪めて顔を逸らし、一番背の高いやつは肩をビクッとさせて焦る様子。
丸っこくて坊主、いかにも悪ガキ、ボス。みたいなやつは俺を睨みつけてくる。
そしていじめられていた男の子は下を向いたまま、前髪の隙間から瞳を覗かせてこちらを見ていた。
「帰ったほうがよくね⋯⋯?」
「この人が通報するかも⋯⋯」
でこぼこ二人は怖気付いたのか後ずさりしている。
ボスらしき子どもは、あくまでも「お前なんか怖くない」といったようにして――、
「い、行くぞ」
と言い、ずかずか去っていった。
それを追うようにでこぼこ二人もついていく。
この男の子はついていかないんだな。よし、これでいい。早く家に帰ってボリボリ君を食べよう。
「じゃあ」というように手を上げて、男の子に挨拶をする。
そのまま背を向けて、いいことをしたような、まだするべきがあるような気もしながら、この場を去る――、
「あ、あの」
ハハッ⋯⋯去れなかった。
――――――――――――――――――
――ついてない。
男の子に呼び止められて振り返ってしまった。
つい頭をかきそうになる。やっぱりこうなるんだ。
俺はいつも楽なほうへ流れようとして留まり、弱った人に頼られ、頼っていいと言ってしまう。
すぐ近くの堤防に腰をかけ、不審者に間違われないかビクビクしながら男の子と喋る。
「⋯⋯アイス、溶けちゃうから食べていいぞ」
「いいの? あ、ありがとう」
別に可哀想だからあげたんじゃない、溶ける前に食べたほうがいいと思っただけだ。
それに可愛げのない妹の分もあってちょうど二本あるからな。妹の分はまた後で買えばいい。
ボリボリ君はかき氷を圧縮したような食感で、噛むとボリボリ音が鳴る。
知覚過敏の歯にしみるが、どうしてもこのサイダー味が食べたかった。アイスならなんでもいいと言った妹よ、それだけは感謝する。
「その、引き止めてごめんなさい」
小さな一口でボリボリ君をかじり、細々とした声で男の子は言う。
顔が下を向いていて、隣に座っていても表情がわからない。さっき振り向いたときはマスクをしていたし⋯⋯夏なのに長ズボンって暑くないんだろうか。
「いいよいいよ。喋りたいこといっぱいあるだろ?」
通報される前に帰りなさいなんて言ったが、通報されるのは俺の方だったりしないだろうか。表情筋が引きつっている気がする。
⋯⋯無言の時間が過ぎる。男の子が喋ってくれなければ話は続かない。
いつの間にか俺はボリボリ君を食べ終わり、食べ終わった棒に文字が書いてある。
「あ、当たりだ!」
なんてついてるんだ。運だけはいいらしい。
男の子はボリボリ君の当たりに興味を示さず、俯いたまま声を漏らした。
「実はね、僕。⋯⋯ずっとお兄さんに助けてもらいたいと思ってたんだ」
「⋯⋯うん?」
えっと、あれ? 俺の聞き間違いだろうか。
『ずっとお兄さんに助けてもらいたいと思ってた』って聞こえた気がするんだが、俺とこの子は初対面だよな?
「だって、お兄さんは優しいって。『ほかの人』も言ってたから⋯⋯」
待て待て待て待て。ほかの人って誰だ。今まで人助けしてきた人のことか? 状況が把握できない。ボリボリ君のせいか、頭が揺れるように痛くなる。
「お兄さんは特別なんだって」
なにかがおかしい。この状況に既視感を覚えている俺が、気持ち悪くおかしい。
「僕みたいな人にも優しく喋りかけてくれるんだって」
男の子は段々と早口になって、細々とした声もだんだんとボリュームがあがっていく。波のざわめきもうるさくなって、強風で髪が揺れる。
「噂の人に出会えて僕はついてるよ。お兄さんに会えてよかった」
アイスを持ったまま空を仰ぐ。天を仰いでいるようにも見えた。
その
波の音が消える。風の音も聞こえない。視界と聴力が、この子だけをひいきしているみたいに――、
「だって! お兄さんは僕を『成仏』してくれるんでしょう?」
やっと表情が見える。
「――っ!?」
だがその表情は、顔は。俺が想像していたものとはかけ離れたものだった。
「お兄さん? どうしたの?」
青白い顔に血のように真っ赤な唇。薄ら笑いを浮かべながら、光が宿らない瞳で真っ直ぐこっちを見つめてくる。
「そんな化け物を見つけたみたいな顔して」
あぁ、俺はついてないんじゃない。疲れてたんじゃない。違う。違ったんだ。
――俺は、
――ん⋯⋯お兄ち⋯⋯。
なにか音が聞こえる。
――お兄ちゃ⋯⋯。
あぁ、妹の声か。すぐ左側にいるみたいだ。
「お兄ちゃん!」
慌ただしく叫ばれたので目を開ける。蛍光灯の光がとても眩しい。
「な⋯⋯んだ?」
あれ、ここは?
木の天井にポスター、作文コンクールの賞状⋯⋯なんだ、俺の部屋か。
「お兄ちゃんってば全然帰ってこなくて、迎えに行ったら堤防で倒れてたから⋯⋯二つもアイス食べてたみたいだし、なにがあったの?」
なにがあったって、そりゃ――、
「お前のアイスを買いに行って、それで⋯⋯」
あ、れ? 二つも食べてたって、なんだ?
俺は確かに二つ買ったが一つしか食べてない。
そもそもなんで堤防なんかに行ってアイスを食べるんだ? 俺はクーラーの効いた部屋でアイスを食べるのが好きなはずなのに。
「もう⋯⋯夜ご飯のカレーできてるから。大丈夫なら降りてきなよ」
妹はいつもみたいに可愛げのない言い方で降りていく。心なしか安堵したようにも聞こえたのは気の所為だろうか。
⋯⋯心なしか「人助けをしたような気がする」のは、気の所為だろうか。
「まぁいっか」
なんだかどうでもよくなった。布団から起きると肩が軽い。熟睡していたからか?
『お兄さんありがとう。ボリボリ君、美味しかったよ』
「え?」
なにか聞こえた気がする。
「お兄ちゃん? まだ寝ぼけてるの? もう、カレーよそってあげるから座って待ってて」
「あ、あぁ」
まぁいっかで済ませてはいけない気がするが⋯⋯まぁまぁ、大丈夫だろう。
寝ている間もずっと握りしめていた木の棒を見る。
ボリボリ君の当たりだ。二本とも当たりだなんて運がいい。
俺はついてるらしいからな。
俺はついている べいっち @rika_m_m
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