第20話 デスティネーションキャンペーンをしよう!
「え? なんですって?」
「デスティネーションキャンペーン」
「聞こえなかったのではなくて、意味を教えてほしいんですけど」
「そりゃそうか」
プァンピーは少しイラッとしたようで、頬を膨らませた。
デスティネーションキャンペーンなんて言葉は、普通に聞き覚えの無いものかもしれない。
ましてや、この世界にはまだ、旅行という概念すらないのだから。
移動というものは、必要に迫られてするもの。または、商売のためにするものという時代なんだよな。
まぁ、こっちからしたら商売なんだけど。
「要するにこのカッルイザ領に、遊びに来てほしいわけ。城下町から」
「わ、わざわざこんなとこに!?」
「こんなとことはなんだよ、俺の領地だぞ」
「あ、す、すいません」
さっき来たいって言ったじゃん。なんなのよ。
ま、プァンピーは遊びに来るとしたら何もないじゃん、と言いたいのだろう。
しかし2時間そこらで都会からいい感じの田舎に行けるというのは、ちょうどいい休日の過ごし方だぞ。
「最近、世の中忙しいだろ」
「あ、そうですね。みんな忙しいです」
「そうなると、たまたま仕事がないから休みってことにはならないから、休暇をとる必要がある」
「はー。休暇……」
ピンときていないようだ。休暇とったことないのかな。
「ずっと仕事ばっかりしてると、疲れて病気になるし、楽しくない」
「なるほど」
「あと楽しみがないと仕事がつらい。今は忙しくても、遊びに行くぞという希望が大事だな」
「まぁそれはわかりますよ。サーカスとか、そうですし」
「それの大きなものだな。一泊二日かけてリフレッシュするわけ」
この世界に土日の週休二日制は導入されてないが。でも一泊二日くらいがいいと思う。ゆっくり過ごして明日からの活力を得るという目的なら。
「それが旅行ですか」
「世界遺産とか見に行くタイプの旅行もあるけど。これはのんびり休むための旅行」
「休むための旅行ですか」
「城下町にいるだけでも疲れちゃうって人もいるだろうからな」
都会は便利で働きやすいが、家も狭いしな。人の目を気にするってこともあるだろうし。
「そこでこのカッルイザに来てもらって、遊んでもらって、食べてもらって、泊まってもらって、お土産を買って帰ってほしいわけ。そうするとこのカッルイザは一気に豊かになる」
「なるほど! つまりカッルイザそのものの販促! それがデスティネーションキャンペーン!」
「ま、そういうこと」
厳密に言うと、ちょっと違うのだが。単なる観光キャンペーンだけど。
観光キャンペーンとは、自治体や交通機関などが協力しあって行う観光目的のキャンペーンだ。有名なものには「そうだ京都、行こう」があるね。あれは東海道新幹線の活用を目的にしている。つまり平日は東京大阪間をビジネスマンが行き来しているから利用されているが、土日は空席が目立つからどうにかならないか、と考えたものだ。
平日に関東で働いてる人に、どうにかして土日に東海道新幹線に乗せる。そこで考え出されたのが、平日の疲れを取るために京都で癒やされませんかという提案。なぜ「そうだ」なのかというと今すぐ思いつきで新幹線に乗ってもらいたいから。宿を予約しないで日帰りで京都に行ってもらう作戦だったわけです。そうしないと席が埋まるのが土曜の午前と日曜の午後だけになっちゃうからね。
小田急の「きょう、ロマンスカーで」も同じだね。目的地が箱根ってだけ。今回のはこっちに近い。だけど、せっかくなら。
JRが主導で特定の目的地につれていく大型の観光キャンペーンのことをデスティネーションキャンペーンと呼ぶ。どうせやるなら、領主自らこの世界初のデスティネーションキャンペーンをやろうじゃないか。なんせこの世界に新しい価値観がうまれ、新しい暮らし方が始まるのだから。
「カオスアンドプァンピーは忙しくなるぞ」
「フリーペーパー掲載、テレビCMとラジオCMを作らないとですね」
「バスの中も重要だ。通勤バスの中に癒やし系ポスターを貼って、週末行きたい気持ちにさせるんだ」
「了解です!」
クリエイティブの細かいところは任せてしまおう。
要するに「カッルイザで休もう」というコンセプトで、ヴィクトリちゃんと回った場所を紹介するだけだ。釣りと羽子板にゲートボール、それにお湯遊び。ポニーでの移動もだ。カッルイザでは遊ぶときに歩かなくていい。
それを映像で見せたり、ポスターで見せたり、フリーペーパーの記事で読ませたり。ありとあらゆる方法で行きたい気持ちにさせるってこと。
広告や販促には、期待を高めるという効果もある。
ふらりと入った飯屋が美味しいというのももちろんあるが、やっぱり口コミなりテレビ番組なりで美味しそうと思っていって、食べて美味しかったという経験は満足度が高い。
雑誌広告やテレビCMだとしても「癒やされそう!」と思っていったら「いや~、癒やされたな~」というカタルシスが得られるというわけだ。
「あとは看板だな」
「看板? お店のですか」
「違う違う。道の途中」
「へ?」
「城下町から、カッルイザ領までの馬車が通る道に看板建てるんだよ。みんなこれからカッルイザに来てくれるんだろ」
「馬車から見る看板に、カッルイザのアピールを乗せるってことですか!」
「そのとおり。とりあえず来てくれることは判明しているわけだから、あとは名物や名所、お土産をアピールしたいだろ」
例えば「カッルイザに来たなら食べなきゃ損!」とか「カッルイザ土産といえばコレ!」とかだ。当初はみんな初めてカッルイザに来るわけだから、オススメを教えてほしいものだ。誰だってせっかく行くなら満喫したいからね。
何度か訪れればもっとディープな自分好みのものを見つけるだろうが、最初はどうしていいかわからない。そのために旅行雑誌や旅行代理店があるわけだけど、この世界にはまだないからね。
「カッルイザでの営業活動しないとな」
「おまかせください!」
「え、プァンピーは城下町の方の仕事があるんじゃ」
「いやいや、それはほら、後輩に任せればオッケーですよ。それよりボスと一緒にいないと、お金だってわからないし」
「それは大丈夫。ヴィクトリちゃんがいるから」
「ヴィクトリちゃん!? 誰ですかそれは!」
「メイドさんだけど……」
「な!? もう女の子に手を出してるんですか!」
「なんと人聞きの悪い! まだ10歳だから。一緒にお湯遊びしててもなんとも無いから!」
「一緒にお湯遊びって、まさか裸になったってことですか!」
「あっ」
余計なことを言ってしまった。
「駄目です、絶対ダメ。ボスが話していい女性はわたしだけです」
「な、そんな強引な」
「ちょっと目を離したらとんでもないんだから」
そこまで怒ることでもないだろう……。
「まぁ、プァンピーがいると助かるけど」
「そうでしょうそうでしょう、いないと生きていけないでしょう」
「そこまでじゃないけど。じゃ、行くか……」
「生きていけないでしょ……え、なんですかこれ?」
「へ? 馬だよ」
「ど、どうするんですか」
「またがるんだよ」
「えー」
「便利なんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「こんなのヴィクトリちゃんでも乗ってるぞ」
「ち、ちくしょー!」
俺が馬に乗って進み始めると、あわあわしたあと、えいやっとまたがった。都会っ子には珍しいものだったのか。うまくいきそうだな、このキャンペーン。
「よし、早く行こう! 俺はプァンピーがいないと生きていけないから早く!」
「うわ、わわわ、ち、ちくしょー!」
ちょっといじめすぎたか。
久しぶりに軽快なやり取りが出来て、調子に乗ってしまったな。
「乗れたー」
「よし、行こうか」
二人でカッルイザをめぐり、看板を作りまくった。全部無料だ。なんせ俺は領主だから、カッルイザが栄えればいいので。看板作る費用くらいは、領主が出しましょう。あとはプァンピーに任せればヨシ!
城下町の方はさすがにそうもいかないから、カオスアンドプァンピーに払う必要があるが、請求と支払いを上手にずらせば問題なし。増便させる馬車の費用だけでも儲かるし。新幹線のグリーン車みたいに高価格帯で居心地のいい馬車を用意するんですよ!
――半年後。
カッルイザ領は城下町からの旅行先として地位を築き、ホテルや旅館などの宿泊業、レストランなど外食産業、レジャー施設に、お土産の販売店ほかが利益を上げて、みんな余裕のある生活ができるようになった。
「ボスー、また姫様からお呼び出しですよー」
「リンセスちゃんが? またお褒美くれるのかな」
「カッルイザみたいに他の領地を栄えさせてくれるって」
「仕事じゃん! 褒美にみせかけた仕事じゃん!」
「まぁまぁ、私もついていってあげますから」
「はー。なんだよ、もう~」
「そんなこと言ってますけど、楽しそうですよ」
「えー」
別に仕事なんかしたくないよ。
ずっとヴィクトリちゃんと、お湯遊びしてたいのですが。
「さ、行きましょう、ディステニーですよ」
「
明日からも、異世界で販促のお仕事だ。
プァンピーと一緒に。
異世界で販促って、反則ですか? 暮影司(ぐれえいじ) @grayage14
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