第19話 特別陳列をしよう!

 やっぱり釣りでしょ。

 オンラインゲームにしたってスローライフ系のゲームにしたって釣りをするでしょ。


「釣れないんだけど」

「そーでございますねー」


 ゲームと違って、魚の影も見えないし、数秒でヒットしないし、引っ張り上げるタイミングもわからない。

 ただ釣り糸を垂れるだけで、時間が過ぎていく。


「はー。次行くか」

「はいー」


 俺はヴィクトリちゃんと取り敢えず領地となった場所を見て回っていた。

 ヴィクトリちゃんは俺の身の回りの世話をするメイドだ。

 他にメイド長と、掃除担当、洗濯担当、料理担当など八名いる。すべてリンセスちゃんから俺へのご褒美として用意されているので、給金を払う必要はないらしい。

 そして領主だからといって別に仕事らしい仕事があるわけではない。

 ご褒美でリンセスちゃんが統治していたカッルイザ領を譲り受けたわけなので、前任者がいないからやらなければ回らないような業務が無い。

 なのでまぁバカンスのつもりで、まずはのんびりしようと思ったわけだが。


「しかし、田舎だなー」

「そーです。ここしか知りませんけどー」


 ヴィクトリちゃんは可愛い。

 腰まで伸びた赤毛の髪の毛に、まつげの長い二重の目。白い肌で頬が赤くなっており、めんこいの~って感じ。

 つまり、すっごく可愛いメイドさんだがまだ十歳だ。女性として可愛いと言うよりは子供として可愛い。

 彼女はこの世界の義務教育である、読み書きそろばんだけを終了している。魔法が使える人は、魔法学校に行くが、出来ない人はこの時点で就職らしい。小学校の低学年と大学しかないものだと思ってくれればいいだろう。

 戦争中は兵学校にいくことになっていたそうだ。そんなわけで戦争の終わった現在では魔法のつかえない若者は無職が多い。

 俺のメイドをするというのも、雇用の創出になってるようだ。

 なお、このカッルイザ領には義務教育学校はあるが、魔法学校はない。進学している人は別の町に行っている。


「よろしくおねがいしますー」


 ぺっこりと挨拶した幼いメイドさんに、この領地のことを軽く聞いた後、俺は「遊べるところを案内して」と頼んだ。

 そして今やってきた最初の場所が池で、釣りをしている人がいると聞いたが、あまり釣れるわけではないらしい。

 考えてみればそうなのだ。本当に釣れるなら職業にしているはずで、釣りを仕事にしている人はいない。

 やるなら本気でやらないと釣れないようだ。簡単な遊びじゃないな。

 釣りの次はなんだろうか。ヴィクトリちゃんは両手を広げて目的地の到着を表現した。


「ここが羽子板をするところですー」

「なるほど」


 ここで言っている羽子板というのは、この日本でお正月にやるアレではなく世界特有の球技だそうだ。1対1で行うもので、ゆっくり飛ぶボールを領地に落とさないで返すというゲーム。確かに羽子板のようなルールだが、見た目はテニスに近い。


「やってみよう」

「はいー」


 デカイ金魚すくいのポイのようなものでポーンと球を打つ。もこもこした羽だらけの球がふわふわ~と相手のエリアに。


「はいー」

「ほいー」


 初めてやっても出来てしまう簡単さだ。

 ラリーが余裕で続く。


「はいー」

「お」


 ぎりぎりの奥を攻めてきた。


「ほいー」

「はいっと」

「おー」


 手前に落とされて一点取られる。


「やるなー」

「えへへー」


 スポーツというよりは遊びって感じだな。

 ヴィクトリちゃんがメイド服で短い髪をいじりながら喜んでいる姿としては可愛いが、相手が男だったらやらない。そのくらいの遊び。


「次行こう」

「はいー」


 移動は馬だ。ポニーくらいの大きさの。非常に容易に乗りこなせる。結構早いのに振動は少なく、原付バイクくらいの感覚だ。

 しかも賢いから、道を踏み外したり建物にぶつかったりはしない。よって酒を飲んでいても乗ることが出来る。

 しかしいつ糞尿をするかはわからないので、街の中では乗るのは禁止。非常に便利な乗り物なのでこの領地ではみんなこれで移動しており、歩いている人はほとんどいない。

 田舎の方が歩かないという点では日本と同じかもしれない。


「これがゲートボールですー」

「スケールデカイけどな」


 ボールをゴールに潜らせるゲームという点ではゲートボールという呼び方は正しいが、規模としてはゴルフに近い。要するに平地じゃなくて、自然の中にゲートを立てて遊んでいるわけだ。

 グリーンもバンカーも無くて、ボールがデカく、ゴルフクラブが1つしかないゴルフみたいなゲームだ。

 こちらもまぁ、ヴィクトリちゃんと遊ぶには楽しい。


「次行こう」

「もー無いですー」

「え」

「無いんですー」


 マジか……。


「本当に無いの?」

「うーんとですねー。いちおーありますが、大人はやらないような遊びですよー」


 なんだろう……ミニ四駆みたいなのだったらむしろやりたい。


「一応連れてってよ」

「はいー」


 着いた先は……湯気の出る池……っていうか溫泉じゃないか、これは。


「ここでお湯遊びをするんですー」

「なにお湯遊びって……あ、水遊びのお湯版か……ってええ!?」


 ヴィクトリちゃんはなんと衣服を脱ぎ始めた。

 そりゃそうか、水遊びするっていうんだから。ええ!?


「んしょー」

「おおう」


 一糸まとわぬ姿に……しかしこのヴィクトリちゃんの年齢と体はあまりにも絶妙すぎる……もう少し子供なら気にすること無く遊べるだろう。もう少し大人なら、脱いじゃ駄目だよと止めるだろう。

 男湯に入ってもいいかどうか悩むライン……意識してしまう方が変質者になりかねないという……。


「よし、遊ぼう!」

「はいー!」


 俺は気にしないで遊ぶことにした。そもそも二人しかいないし! 通報もされないし! 変に女性扱いしちゃうと今後身の回りのお世話してもらうのに支障が出そうだし!


「こっから飛びまーす」

「おおー」


 岩から飛び降りるだけという遊び。一番楽しい。お湯はぬるめで、長い時間居てものぼせなさそうだ。


「ほらー」

「やったなー」


 手でお湯を掛け合うだけの遊び。超楽しい。実は俺は子供だったのか?


「あとはこうやって浮かんで月を見ます」


 そうだった。この世界の人は月を見るのが好きなんだよな。


「おおおおおう」

「どーしたのですー?」


 ヴィクトリちゃんが空を見上げて水面に浮かぶということは、胴体が丸見えということなのです。うう、ちょっとだけだけど胸が膨らんでる……。


「あー、そのカワイイなと思って」

「えへへー。ありがとうございますー」


 短いエメラルドグリーンの髪がお湯で濡れてキレイだし、月の光を浴びた白い肌は美しいし、目が大きくて可愛い。

 もちろん、女性として可愛いわけではない。まだ子供。もちろんそうです。

 マホッチみたいに実は大人とかじゃないからね。ガチ十歳だから。


「まだあそびますー?」

「遊ぶね」


 そんなわけで釣りは五分。

 羽子板は十分。

 ゲートボールは三十分。

 お湯遊びは二時間遊んだ。最高でしたね……。


 ――それから二週間後。


「こうすると季節感が出るでしょ」

「そ、そうですね」

「で、こういうふうに売り場に入ってすぐのところに目玉商品をドーンとディスプレイ」

「目立ちますね」

「こうするとお客さんも飽きないし、テンションが上がるから」

「勉強になります」


 他にもやることはいっぱいありそうだぞ……。


「何をやっているんですか? ボス?」

「ん? あれ、プァンピーじゃん」

「プァンピーじゃん、じゃないですよ! 何やってるんですか!?」

「ん? このお店の売場づくりの手伝いの特別陳列だけど」

「なんですかそれは……」

「店頭プロモーションの基本のひとつでな。結構馬鹿にならない」


 店頭プロモーション。販売促進活動のひとつだ。

 スーパーなどで妙に目立つ陳列になっていて上から垂れ幕かかってたり、商品がタワーみたいに積み上がってたり、ポスターやらPOPやらがいっぱい飾ってあったりするのを見たことがあると思う。それを特別陳列とか特殊陳列などと呼ぶ。

 あれをすると実際に売れるんだよね。

 だからメーカーがディスプレイコンテストを行ったりすることもよくある。

 小売店が一生懸命消費が進むような目立つ陳列をしてくれたら賞金を出すというものだ。

 なんでそこまでしてこの商品を売ろうとしてるんだこのスーパーは……と思ったらそういう事情かもしれない。グランプリを受賞した店には20万とか30万とか払うからね。

 で、日本中のスーパーが競うように目立つ陳列をすると売上は上がる。確実に上がる。特に食品やビールなんかは効果が大きい。

 それに売り場にシーズナル、つまり季節感を取り入れるのも王道だ。

 売り場が夏っぽい雰囲気になってればビールを買いたくなるし、冬っぽければシチューが売れる。

 マンネリ化していくと売上は停滞してしまうからな……。必要最低限の買い物をさせないのが販促だ。これ美味しそう、試してみたい、そういう気持ちにさせることでお客さんに新しい商品と出会わせる。そういうキューピッドみたいな役割があるんですよ。

 陳列の工夫だけなら魔法を駆使せずとも、俺だけで出来ることもあるからな。とにかく目立つように置くとか。花の咲いている木の枝を配置するとか。


「店頭販促ってのはポスターや幟を作るだけじゃなくてこういう方法もあるんだよ」

「なるほど……じゃなくて! なんで領主様がそんなことやってるんですか!?」

「いや……他にやることないし……俺にやれることといったら領民の販促の手伝いくらいでしょ」

「どんな領主様ですか!? はぁ……まぁボスらしいですけど……」

「しかし俺はいいけどプァンピーがいなかったら、あのカオスアンドプァンピーは回らないだろ? 大丈夫なの?」

「既存の仕事であれば大丈夫にするのに二週間かかったんですよ。もっと早くこっちに来たかったのに」

「へ? プァンピーはこっちに来たかったの?」

「そ、それはそうですよ……」


 ふーむ。

 単なる田舎だと思いきや、カッルイザ領はそれなりに魅力がある模様。

 バカンスも飽きてきたから、プァンピーがいるならやってみようか。アレを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る