第18話 褒美をもらおう!
「元兵士ということですが、お金の計算はできますか?」
「できます、弾薬や薬の管理や購入もやっておりましたので」
「では採用で。いいですよね、ボス」
「う、うん」
「次の方どうぞ~」
マジで俺は何の役に立つのだろう。
当初から他の従業員なんていらないと言い張っていたプァンピーもさすがに無理があるとわかってくれ、採用活動を開始した。
CMを放送するスポンサーを探して商談する、フリーペーパーに広告掲載したい広告主と打ち合わせする、といった業務……つまり営業。
このカオスアンドプァンピーには、その名のとおり俺とプァンピーしかいなかったので、とてもじゃないが営業に手が回らなかった。
そもそも俺はいままで営業的なことをしてはいたが、プァンピーに相談しないと金勘定も出来ないわけで、営業としては役たたずだ。
よって、まずは営業を雇うことにした。
そして制作……制作とは印刷物や映像を制作、納品する担当者のことだ。企画内容を考えたり、制作物についてクライアントに提案したり、キャッチコピーやビジュアルの監修、ディレクションをするのが仕事だ。これはプァンピーが主にやっていたのだが、もはやキャパシティオーバー。
よって制作も雇うことになった。
それで採用面接は俺とプァンピーでしているのだが……プァンピーに全部おまかせであり、俺はそれでいいんじゃないでしょうかって言うだけ。
「へ~、使える魔法は映像も静止画もどっちも出来るんですね~」
「そんな魔法ができても仕事にはなりませんでしたけど」
「うちでは最高の人材ですよ、採用します」
採用しますって言っちゃったよ。
ついに俺の意見は不要に。
うーん。法人という概念がこの世界にはまだないのだが、企業でいうなれば俺が社長で、プァンピーが部長。他従業員として営業が15人と制作が12人という規模に拡大した。
こうなってくると経理と総務も雇わないといけないなあ。
「プァンピー、ちょっといいかな」
「なんですか、ボス」
「管理部っていうのをつくって、そこでオフィスの運用とか採用活動とか給料の支払いとか終始計算とかの業務を集約したいんだけど」
「なるほど、そうすれば楽ですね、さっすがボス!」
別に嬉しくねえ~。
普通の会社ってそうだよっていう話してるだけで褒められても。
そんな感じで、我がカオスアンドプァンピーは事業規模をガンガン拡大した。
広めのオフィスに引っ越して、管理部に営業部に制作部ができて、プァンピーが統括部長として機能しはじめると、すごいことになった。
収益がどばどば入ってきており、もともと金銭感覚がない俺としてはよくわからんが、なんでも買いたいものは買えちゃう状態になった。
今やプァンピーに「今月の利益って何ランチくらいなの?」と聞いても「ランチっていうか……そうですね単位を邸宅にします。5邸宅くらいです」とか言われてしまう。1邸宅ってどんくらいなんだよー。1億円くらい? ふえぇ……。
つまりですね。
「よくわからんが、俺の仕事はないし、金があまるほどある!」
人生でこんなことを言う日がやってくるとは!
なんてこった、これが成功した人生というやつか。
これぞ勝ち組。
これぞ夢。
やったぜ、ただの会社員だった俺は異世界で成り上がったのだ。
でも……なぜだろう、そういう雰囲気がない……。
社長室をつくってデカイ机のデカイ革張りのイスにふんぞり返るが、まったく達成感がない。
「しかし暇だな……」
プァンピーは言わずもがな忙しい。
シューシャさんはフリーペーパーの編集長として一人で大活躍しており、もはや俺の手助けは不要だ。
トレスの店はカレーライスが大ヒットで大忙し。
マホッチも商売繁盛でそれこそ魔法使いを雇い始めたし……。
パレルさんは看板娘からモデルになっちゃったし……うちの広告のポスターやらCMやらに引っ張りだこだ……。
リンセスちゃんはテレビ……この世界では掲示板と呼ばれているが……掲示板のレンタルの依頼が殺到したり、うちが売った広告の料金も多額なので、担当部署を設置することになりやはり多忙。媒体庁みたいな名前だったかな。実質俺が生み出したような感じだな……。税収以外の収入がガンガン増えて設備投資も捗っているらしい。
まぁ、そもそもリンセスちゃんは姫様でありこの地域の領主だから俺が暇だから付き合ってくれるような存在ではないのだが……。
なんにしても遊んでくれる友人がいないということ。
「サーカスも見飽きたしなぁ」
闘技場と並ぶ娯楽であるというサーカスが来たというので、もちろん見に行った。エンターテイメントに恵まれた現代日本では行くことのなかったサーカスだが、行ってみると楽しかった。
この世界のサーカスは魔法を使うが、使い所は絶妙で、ただの魔法ショーにはなっていない。
プロジェクションマッピングを駆使したサーカスみたいな感じ。
ドラゴンの赤ちゃんの火の輪くぐりとかテンション上がるし。
とはいえ、3回目にはもう飽きた。
そしてビジネスに活かすことを考えてしまう。
闘技場で上手くいった手法は、当然サーカスにも展開できた。
興行にスポンサーをつけたり、スポーツバーでも見ることが出来るようにしたり。
これも一旦思いついて、サーカスの興行主と一回打ち合わせをしたら後はプァンピーに丸投げするだけで仕事は終わり。
後は放っておいても別のサーカスの興行主から問い合わせがバンバン来るようになって、契約を済ませるだけ。儲かっちゃうんだよなあ……。
「音楽も聞き飽きたしなあ」
音楽家は呼べば演奏してくれるというので、オフィスに呼んで生演奏してもらった。
なんて贅沢なと従業員は驚愕したが、もともと俺が働いていた職場ではFMラジオをつけて働いてたし、音楽家の生演奏はたしか1時間で2ランチとかそんなものだった。
毎日音楽を聞きながらお茶を飲みつつ、従業員の相談に乗るだけの日々がしばらく続いた。
そのうち、従業員たちが「仕事中に音楽が聞けるなんて羨ましい」なんて周りに言われると話し始めた。
そういうことなら、仕事中にラジオを聞くという習慣はこの世界でも成り立ちそうだ。
ならばと俺はマホッチのところへ行き、電話の要領で音楽も生で再生できるよねーなどと相談。翌日にはスピーカーが完成した。見た目はただの皿だが。
スタジオを作成し、演奏家と魔法使いを配置。これがラジオ局の役割を果たす。
そしてお皿スピーカーを大量生産して、無料で配った。みんな大喜びだ。
後はラジオと同じ。音楽の途中で音声CMが流れるっていう仕組みなので、みんな少しもお金を払わずに音楽を楽しめるようになった。
こうしてめでたくこの世界にラジオCMも爆誕。
ついでに闘技場の戦いも実況中継できるように。いわゆる野球や競馬中継のラジオのようなものだ。
更には政府広報としてニュースや天気予報なども放送が開始。行政による放送であっても金は受け取らず、CMの放送を自由にやらせてもらうように契約した。
テレビや闘技場の広告費は媒体使用料として行政と折半になっているが、このラジオについては放送に関して行政に一切頼っていないので、完全にこちらの都合。要するにラジオ局の経営もこちらでするけどマージンは一切払わないということだ。
現実世界であれば放送局は国に電波使用料を支払う必要があるが、そういった費用がかからない。
つまりお皿スピーカーを生産して配る費用と、放送するための魔法を使う魔法使いを雇う費用、そして演奏家を雇うお金がかかるくらい。
なお放送する側は大きな魔力を必要とするが、受信するだけなら魔法は必要としないそうだ。
よってラジオCMの売上はラジオ局運営費を除いたら100%の利益率となる。
もう儲かっちゃってしょうがない。
「ここまでラジオが流行るとはなあ」
現代日本ではラジオは主に運転中に聞くことが多い。だからラジオCMはやたら車関連が多く、カーディーラーや自動車保険、カー用品店、運転中の眠気覚ましドリンクなんてのがメインだったりするのだが。
この領地ではマイカー通勤している人もトラックドライバーもタクシードライバーもいない。だから不安だったのだけど。
蓋を開けてみれば、家庭、商店、工場などありとあらゆる職場でラジオは流れまくった。タダで配ったのも大きい。テレビはご家庭に無いし。
仕事中に聞いているときにラジオCMが流れてくるわけなので、自分たちもCMをやりたいと思う人も多く、問い合わせが凄い。
なんせ他に音楽を聞く方法がないというのが大きい。この世界にはインターネットも有線放送も、それどころかCDやカセットテープですら存在しないからだ。生演奏かラジオの二択。しかもラジオは無料。圧倒的スピードで普及した。
「それにしてもあの人達が音楽で飯が食えるようになってよかったなあ」
一日中ラジオが放送されるようになったので音楽家たちは定期収入を得られるようになって、大喜びだ。今までは農作業の副業でやっているという人がほとんど。
今後、需要の少ない楽器の演奏家や歌手たちもラジオでの再生ならば可能となって、音楽の文化も花開いていくだろう。
しかし今の段階ではあくまでも戦争時に敬意高揚のために演奏されていたものがベースだから、俺はもう飽きてしまった。早くアイドルソングが登場して欲しい。
音楽もだが、仕事中に闘技場の勝敗がわかるというのも大ウケで、闘士達の人気も更に上昇。そしてラジオCMで闘士がおすすめした商品はバカ売れ。上手く行き過ぎて怖いくらいです。
いいことなんだけど……。
「うーん。それにしても暇だ」
社長室でぼんやりタバコを吸ってるだけとは。
ビジネスでやることがなくて、金があるんだから遊びたい。
しかし遊ぶ友達はいない。
一人で遊ぼうとしても闘技場、音楽、サーカス、貸本。そして城の中にある実質ゲームセンター。
この領地の娯楽と呼ばれているものはもう全部飽きてしまった。まだこの世界に来てから一年も経っていないと思うのだが……。
しかも軒並みメディアとして活用してしまい、もう働かなくても湯水の如く儲かる。
つまり金があって暇があって、やることがない。
タバコを吸って、吐くだけ。
「なんということだ」
俺は今ようやくわかったね。
世界の大富豪たちが、なんで一生働かなくても遊んで暮らせるようになってもまだ働くのかを。
やることがないことほど苦痛なことがないからだ。
せめてゴルフみたいな趣味があれば!
認めたくない……認めたくないが、ひょっとして働いている方が楽しいのでは?
「いや、待て待て」
俺は、おおげさに頭を振る。
こんな定年後のお年寄りみたいな悩みはおかしい。
俺はまだ若いわけだし……。他にも人生には楽しいことがあるはずだ……。
そんな悩みの中、ドアからノックの音が。すぐに入室を許可する。
「ボス、ボス宛にビデオ通話の依頼ですが」
悶々としているところにやってきたのは、ヒーショ。管理部の女性従業員だ。
魔法が使えるためこの世界の電話であるところのワンドが使用できる。俺やこのオフィス、カオスアンドプァンピーへの連絡受付嬢として活躍中だ。
なお、魔法でコピー機の役割も果たしている。決して見目麗しいから採用したわけではない。
真面目でテキパキした才女であり、優しく笑ってくれるから超癒やされます。プァンピーには内緒で面接しました!
服装も俺が指定しているよ! リクルートスーツです! メガネも似合います!
「誰からかなー?」
「その……なんと姫様からです」
「リンセスちゃん!? つないでつないで」
わーいわーい、デートの誘いかな~などと浮かれている俺にドン引きしているヒーショ。
まぁ、姫様は名前を呼ぶことすら失礼なのにちゃんづけで呼んでいるからだろう。
優しく笑うヒーショもいいが、ドン引きしているヒーショも魅力的だな……などと思いつつビデオ通話を開始した。
ワンドからプロジェクターのように映像が映し出され、そのまま会話できる。
魔法が使える人がワンドを持っている必要があるので、ヒーショは同席する。
「活躍だな、カオス」
久しぶりに会ったリンセスちゃんは、ますますもって可愛くなっている。
冠に銀色の宝石がひとつ増えているな。そういえばラジオのニュースで聞いたかも。
「リンセスちゃんもなんか褒められたんでしょ、すごいね」
「な……!」
口をぽかーんと開けて目を見開くヒーショ。まぁ姫様にタメ口聞いてるからね。しかしこうなってくると、もっと驚かせてやろうという気持ちになってくる。
ほら、俺ってこんなに姫様と仲がいいんだぜーみたいな。俺は好きなように呼んでいいってお墨付きもらってっかんね!
「うむ……ここ最近の我が領地の経済発展は目覚ましいものがあると、父上……国王陛下から特別なお言葉と恩賞をいただいた」
「よかったねー」
真面目な顔のリンセスちゃんにニコニコしながら言葉をかわす俺。さっきまで暇すぎるし寂しすぎたので、孫と久しぶりにあったお爺ちゃん状態である。
やばい、お姫様相手にお小遣いあげたくなってる。それこそ怒られるぞ。
「この経済発展はお主がいなくては起きなかったこと……礼を言う」
「ぜんぜん、ぜんぜん! こっちこそありがとう~」
ううう、なんでこんなに可愛いのか。
電話越しだからナデナデもヨシヨシもハグハグもできないから結果的には安全だ。直接会ってしまったら抱きつくのを我慢できないかも知れない。もしくはお金を払って握手したりチェキを撮ってもらう。
「それでだな、お主にも恩賞を与えねばならんと思ってな」
「いいのに~。別にうちは儲かってるし」
金銭的には貰っても困る。使いみちないし。
ムダに高い服も、無駄に高級な靴も、不必要に高額な時計も持ってるし、別に興味もない。ただのプァンピーの着せかえ人形だ。
「そうなのだ。お主は貴族よりもすでに財産を保有しているから金品では恩賞にならぬ」
さすが、わかっていらっしゃる。
リンセスちゃんはご聡明ですからね。つまり、俺が本当に欲しい物もわかっているということか。
「だから、リンセスちゃんが個人的に口づけしてくれる……そういうことですね」
「な、んな……んなわけあるかー! 馬鹿か貴様は!」
あれっ。
思ったのと違うな。
国民的アイドルが旨い料理つくって勝ったときだってそうしてたぞ。そんなに変なことを言ってるとは思わないのだが。
「あわわわ」
膝をガクガクと震わせて、ぺたんと床に崩れ落ちるヒーショ。
「ひっ、姫様。お願いが。恐れながら、うちのボスを殺さないでください……」
そして、両手を合わせて必死で拝んだ。
「え? 俺死刑になるの?」
「ならん! ならんがもう言うなよ!」
ワンドから映し出される映像で指を突きつけながら、お怒りになるリンセスちゃん。でもこっちのほうが他人行儀じゃなくて嬉しいんだけど。でも怒らせて死刑は困るなあ。
あと、恐怖で怯えまくってるヒーショに悪いしな……。
「俺の生まれ故郷ではご褒美でちゅーしてくれるっていうのがあるんだよ、ごめんね」
「貴様の生まれた場所は本当にどうかしているな……」
俺のことは嫌いでもいいから日本のことは嫌いにならないでください。
「じゃあ、今の非礼を帳消しにしてもらえればそれでいいです」
肩を落とし、反省していますという態度を示す。
「な……ん……そういうわけにはいかん。個人的な褒美ではなく、きちんとこの領主を任された一国の姫として褒美をやると言っているのだ」
なるほど……それは理屈だな。
会社に貢献した従業員にちゅーしてあげる経営者がいるわけない。
どうも俺はリンセスちゃんを超かわいい女の子と思ってしまうが、姫様であり領主なんだよな。それを忘れちゃうのはおそらくこの世界で俺だけ。
「それでな、お主には領地をやろうと思う」
「へ? 領地?」
「お主をカッルイザ領、領主に任命する。以後、カッルイザ卿と名乗るがいい」
……なんかすごいことなのかな?
とりあえずヒーショの顔を見るが「あわわわ」となっているだけなので、凄いのか凄くないのか、なんなのかわからない。ほんとこういうときプァンピーがいないとどうにもならないんだよな……。
領主の権限もどのくらいなのかわからないし……。
領地の大きさだって村みたいなもんなのか、国くらいのものなのかもわからないし……。
ほんと俺ってプァンピーいないと何もできないよね。
ま、とりあえずお礼を言うか。
「ありがたきしあわせ」
「うむ。それではカッルイザ卿、早々に領地に向かうように。明日の朝に馬車を手配していくからな」
「え? あ? へ?」
そして突然に通話が終了。
明日から別の場所に行く……?
急すぎじゃね……?
しかもこのオフィスにはプァンピーが必要だから、連れていけないんじゃね……?
そうも思ったが。
「ま、いっか!」
だって退屈だったからね。
暇つぶしに領地を治めてやろう。
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