第16話 スポンサーを募ろう!

「すぽんさー?」

「そう。スポンサー」


 ?を頭にたっぷりのせて首をひねるプァンピー。

 ここまでは想定通りだ。


「さっき闘技場を見てきたんだよ」

「あーっ! ずるい! なんで一人で!」

「仕事だ仕事」

「仕事で闘技場に行くのは戦士だけです!」


 そんなことはないだろう。

 チケット売る人とか、掃除する人とか、ドリンク売る人とかいるだろ。

 人のいるところには仕事有りだ。

 そして、人のいるところには普通、広告がある。


「あのな、プァンピー。俺たちの仕事はなぁに?」

「POPを作ること」

「違います。それは手段であって目的ではありませんね」


 先生モードになる俺。

 いまだに仕事の内容を正しく理解していないとは、困った従業員だ。

 ただうちの従業員は大変なので、うんうんうなりながら次の答えを出す。


「えっとー、クライアントの売上を伸ばすこと?」

「ん。そうだな」


 賛同はしたが、それだけではない。

 目的が人材募集だったり、知名度の向上や、社会的信頼の獲得、ボランティアや選挙や献血を促すような活動も多くあるからね。

 ただ、特に販促の主たる目的の一つであるからここは正解にしておく。


「つまり闘技場の売上を増やす手伝いをすると」

「あー。それはないな」

「えーっ! 違うのー!?」


 本来無くはないのだが、さっき見る限りでは闘技場は超満員だ。

 おそらく平和になったばかりの今、みんな娯楽に飢えている。あの闘技場は連日連夜満員であり、チケットが売れ残ることはない。

 そういう状況で販促をする必要はまったくないから出番なしです。


「じゃあ何をするっていうんですか。選手? わかった、選手にネーミングする!」

「いや、しないよ。可哀想だろ、勝手に名前変えたら」

「じゃあ、キャッチコピーをつける!」

「選手にキャッチコピーをつけることはあるが……お金払ってくれると思うか?」

「じゃあ、なんなんですか!」


 怒らなくてもいいだろ。


「まあいくつかある」

「いくつか!?」


 驚くこともないだろ。


「まず闘技場の経営をしている人のところに行こう」

「闘技場は公営ですね」

「つまり……」

「お城ですね」

「リンセスちゃんか!」

「姫様です! 名前を呼ばない! 失礼ですよ!」


 この世界の常識がないから怒られた。

 しかしリンセスちゃんのことは、リンセスちゃんと呼びたい。


「じゃあ、その、早く会いに行こうか」

「なにソワソワしてるんですか」

「あ、この前買った服に着替えようかな」

「なにウキウキしてるんですか」

「仕事だよ仕事」

「あー! も―! やっぱり仕事なんて嘘だー! 楽しそうにしてぇー!」


 そうは言うが、プァンピーこそ俺よりも仕事を楽しそうにしているようにみえる。

 プァンピーもなにやら帽子を選んだりしているぞ。偉い人に会うから粗相の無いように、ということだとここまでニコニコすることもないだろう。

 俺もせっかくなので、帽子を被ってオフィスを出た。


 城の中は相変わらずで、だだっ広い応接間に通される。白くてデカイ大理石の柱ばかりだ。

 大きな椅子に座る姫様は可愛らしいが、この部屋をファンシーにしたくなる。デカいくまのぬいぐるみをプレゼントしようかな。

 そんなことを考えていたら、プァンピーが片膝を折ってうやうやしくご挨拶。


「姫様、お久しぶりでございます」

「そちらとはあまり久しいと思わぬが」


 嬉しいことを言ってくれる。


「俺も久しぶりとは思っていません。毎日ポスターを見ていますので」

「見るな! なんで見てるんだお主は!」


 ふーむ、テレる姫様も可愛いな……。


「そりゃあ、自分たちが作った自信作ですからね……な、プァンピー」

「そうですね! いい仕事をしました」


 フフンと鼻を高くするプァンピー。


「む……そう言われてしまえば仕方がない」


 姫様はプァンピーが嬉しそうにしていると怒れなくなるんだよな。


「それで。お主たちはまた何を企んでいるのだ」

「闘技場のことです」

「闘技場か。闘士は希望者も多いから募集しておらんぞ」


 わかっていて言ってるのだろう。

 俺たちがそういう理由で来ていると思っているのではない。

 しかしそういう態度ならこっちも答えさせたくなる。


「そういうお手伝いに来たのではありませんね~」


 何かな~?

 という目で姫様の顔を見やる。

 意図が通じたのか、顎に手をやり考え始めた。


「ふむ……闘技場の建物にポスターを貼るのでもないであろうし……バトルリンクにポスターなんて貼ったらすぐに破れたり燃えたりするだろうし……」

「あー、惜しい。惜しいですよ、リンセスちゃん」

「むむむ……惜しいのか……」


 俺がリンセスちゃんと呼んでいることも気にせず、当てようとして考えている。愛らしい!

 ただしプァンピーは俺の尻をつねっている。


「闘技場……闘技場……」


 一所懸命考えている。もう答えたいのだが、答えていい雰囲気じゃない。

 じっと思案顔を愛でることにします。かわいいですね……。


「惜しい……惜しい……」


 プァンピーも、リンセスちゃんが惜しかったことに触発されて考え始めてしまった。


「天井に……!」

「天井はあんまり見ないかな……」

「客席に……!」

「座っちゃうからな……」


 違うのかーと肩を落とす二人。

 もういい、もういいんだ。


「まずですね、ポスターに近いのはラウンドガールです」

「「らうんどがーる?」」

「試合が終わって次の試合が始まる前の時間、バトルリンクの中に誰もいませんよね」

「当然だ。闘技場は闘技者しか入らぬ」

「そこに露出の大きな格好の女の子を出します」

「は、はあ!? 意味がわからない」

「ボスはヘンタイですね」


 ひどい言われようだった。

 そう言われてみるとラウンドガールを最初に考えた人は凄い。


「次の対戦情報を持った大きなカードを持って中を歩いてもらうんです」

「うむ……それはまぁ退屈しのぎになる」

「表には情報、裏には広告を載せます」

「なるほど……闘技場は丸いですからね」


 カードを見ようとすると半分の確率で裏を見ることになる。闘技場には千人を越える人が集まるので、かなりの効果が期待できる。


「で、なんでその……露出多い女性なんですか」

「その方が見るから……それと、その服にもスポンサーをつける」

「出た! スポンサー!」

「すぽんさー?」

「スポンサーですよ」


 別に知らないのに、姫様に対して知ってる雰囲気を出すプァンピー。


「スポンサーとは協賛のことで、ブランド……いや屋号と言ったほうがいいかな」

「屋号。商店などの名称のことか」

「そうです! 例えば、うち……カオスアンドプァンピーの名前をプリントした水着を着て女性が闘技場を歩きます」

「え!? カオスアンドプァンピーって屋号なんですか! いつのまに!」


 看板は出してないが、フリーペーパーに発行元を書いておかないとマズイと思ったので記載したのだ。なんか恥ずかしいからプァンピーには言わなかった。


「そうすると少なくとも言葉は覚える、屋号を覚えてもらえるわけです」

「ほう……知るだけで意味があるのか」

「ありますね」


 聞いたことのないブランドと、聞いたことがあるブランドではまったく違う。

 そして何にスポンサードするかによって、好感度が違う。


「同じものを好きになった相手のことは嫌いになれない。そういう効果があります」

「なんだそれは」

「例えばですね、そうだな。モモンガが飛んでる公園をご存知ですか」

「あぁ、フリーペーパーに載っていたな」

「あ、見てくれたんですか!?」


 姫様が見てくれていたとは。

 これは嬉しい。


「ま、まあな。我が領地を好ましく紹介してくれて感謝している」


 領主らしく振る舞う姫様~!

 かっこいいけど、テレてて可愛い~。


「それで?」

「ええ。その公園のことが好きです。そして同じようにその公園を好きだという人のことを、好ましく思います」

「「えっ」」


 なにやら驚く二人。なんでだろ。


「俺としてはその公園を紹介してくれたシューシャさんって素敵だなって思うわけです」

「「……」」


 あれっ。

 なんで半眼で睨まれてるの?

 おかしいな。


「いや、素敵なものを紹介してくれた人とか、自分の好きなものを応援してくれる人って嬉しくないですか? 姫様だって自分の領地のいいところを素敵だって言ってくれる人のことを好きになりますよね」

「む……なるほど。そういうことか」


 なんかわかってくれたらしい。

 プァンピーはまだちょっと不機嫌そうだが。


「スポンサーっていうのは、協賛。つまり応援しているってことです。プラカードを持ったキレイな女の子を好ましく感じると、そこに書いてある屋号も好きになるということです」

「そんな簡単なものかな」


 必ずしもそうなるとは限らないが。

 似合うかどうかもあるし。


「まぁ全員に好かれる必要はないですしね……これが一つです」

「そうだったな。他にもあるのだった」

「次は試合の協賛です」

「し、試合の協賛?」


 スポンサーとは何かを説明したのだが、それでも理解不能らしい。


「試合というのは実体がないじゃないか」

「そ、そうですよ。どこに印刷するんですか」

「印刷しないよ」

「じゃあ、どうするんですかー」


 イライラするなよ、プァンピー。姫様の御前だよ?


「勝者に与える景品を提供してもらいます」

「……」


 姫様は考えながら俺の説明を待っている。


「闘技者たちは尊敬されていますよね」

「もちろんそうだ。子どもたちの憧れの的だ」


 そうだろう。俺は深く頷く。


「そんな闘技者同士が闘って、勝ったほうが貰える物。それはやっぱり憧れの的になるんですよ」

「なるほど……? 勲章のようなものか」

「勲章をお金で買っては意味がないと思いますが」

「そうか。名誉は買ってもしょうがないが、商品なら買ってもいいな」


 そういうこと、と俺はリンセスちゃんに目線を送る。


「んー、例えばどういうのですか?」


 プァンピーは例を求めた。イマイチ想像がつかないのだろう。


「みんなが買うけれど、めったに買わないような高級品が向いているかな」


 こういうとき通常は車などだが、この世界では乗用車は一般的でない。

 海外旅行券、というのも無さそうだ。

 異世界ではない一般人からすると、クイズ番組で優勝したり、お笑いのトーナメントで優勝したり、プロ野球で賞を手に入れた選手が貰えたり、ゴルフでホールインワンが出ると記念で貰えたりすることを思い出してもらえるとわかりやすいだろう。

 何かを一年分貰ったりすることも多いかな。

 この世界だと何が適当か……


「時計……とか?」

「お、さすがプァンピー」


 時計はこの世界ではまだまだ高級品だった。そもそも時刻を気にするような仕事をしている人が少ない。うちのオフィスには必要だと考えて購入したが、高額でびっくりした。憧れの対象にするにはちょうどいいかもしれない。


「一番強い勇者が手に入れる事ができる時計、それを自分も欲しい。どうですか」

「なるほどな……」

「で、その試合の名前を時計屋の名前にするわけです。うちのはどこのだっけ」


 プァンピーに聞く。


「ウォックロさんの時計ですね」

「例えばウォックロがスポンサーだった場合、ウォックロ戦とかウォックロ争奪とかそんなタイトルにします。そして勝者にウォックロの時計をプレゼント」

「それで観客がウォックロの時計を欲しくなるということか」

「ただの時計じゃなくて、好きな選手と同じ時計をしているという価値がうまれるわけです」

「そういうことか」


 リンセスちゃん深く頷いた。


「余もお父様と同じものを見に付けたいと思うものな」


 そう言って、腕輪を触る。

 わぁ可愛い。お父さんのことが好きなんですね。

 まぁお姫様と王様は普通のご家庭とは異なる気もする。尊敬しているのだろう。


「後は選手の方にもスポンサーを依頼させていただきたいです」

「ほう? 盾や鎧に屋号を印刷するのか」


 姫様も大分わかってきたなあ。

 ボクシングなんかだとトランクスにブランドがプリントされていたりする。釣り船屋とか。


「それも一つありますが、メインは別です」

「もったいぶらずに早く言うがいい」


 叱られてしまった。さっきはあれほど考えていたのに……。


「闘技場で戦う戦士がプロであるなら、アマチュアもいますよね」

「うむ……なりたくてなれない者もいれば、将来の夢として武道をしている子供もいる。そして趣味として道場などで戦う戦士たちもいる。戦争のためではなく趣味で武術をするという時代になって本当に良かった」


 微笑む姫様。なんという素晴らしい領主なのか。この世界に民主主義は不要です。


「そんな人達は、やっぱり自分の好きな選手と同じ装備が欲しいんじゃないですかね」

「つまり、販売店があの選手が使っているものと同じ商品だと言って売るわけか」

「おっしゃるとおりです! さすがリンセスちゃん」

「また! 姫様、これでお許しを!」

「いたたたた! まって、ギブ、ギブ、ギブ!」


 なぜヘッドロックをかけるのか。顎が痛い。頭はなんか柔らかいものが当たって気持ちいい。


「もうよい、プァンピー。こやつには好きに呼ばせて構わぬ」

「やった!」


 公認でました。ひゃっほう。


「え~」

「そちも好きに呼んで良いぞ」

「いえ、そういうつもりでは……」

「ふふ。ういやつじゃな」

「あう……」


 なんだ?

 なにこれ?

 女同士の友情なの?

 なんかいいですね。


「で、お主が許可を取りたいのは、ラウンドガールとやらによる広告の権利、試合に対する協賛の販売、そして戦士たちに協賛を持ちかけることの3つということか」

「そうです」

「ボス、つまり売上を伸ばす相手は別にいて、闘技場は手段なんですね」

「そういうこと」


 プァンピーはようやく合点がいったようで、うんうん頷いているが、リンセスちゃんはキリッとした顔で俺を見る。なんだろ。


「取り分はどうする」


 3年間無料……とはいかないらしい。

 ビジネスを話をするリンセスちゃんもいいですね。


「折半でどうでしょうか」

「よかろう」


 よっしゃ!

 媒体費が5割というのは破格だ。こりゃ儲かるぞ。


「お主の働きで収益が入れば、チケットを安くしてやれるだろうか」

「うわー! 優しい。優しすぎますよ、リンセスちゃん」


 我らが敬愛すべき領主どのはあまりに善人すぎた。私腹を肥やそうとした俺が悪いみたいじゃないか。

 しかしチケットを安くする必要はない。


「今の金額で超満員なんですから、価格を下げる必要はないですよ」

「しかし安いほうがみんな嬉しいだろう」


 うーん、領主としては完璧なのだが、経営者としてはちょっと違うかな。そんなことをしたらダフ屋が横行することになりそうだ。

 スポーツ観戦において求められているのは価格の安さではない。むしろ好きなものに対してはもっとお金を使いたいと思っていると考えていい。


「みんなが求めているのは、値段を安くして欲しいというより、もっと試合を見たいっていうことじゃないでしょうか」

「なるほど? 収益を使って新しい闘技場を立てるのか」

「それもいいと思いますが、闘技場にいない人にも試合を見せてあげるというのはどうです?」

「闘技場にいなくても試合を見せる!?」


 姫様とプァンピーは目を丸くした。

 まったく理解できないという感じだ。


 ちょっと詳しく説明する必要があるかもしれない。

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