第15話 フリーペーパーを作ろう!

「ほ、本をタダで配るぅ~!?」


 俺の話を聞いたプァンピーは露骨にうろたえた。大げさ。


「タバコだって配ったじゃん」

「そうですけど、本を配るってちょっと意味がわかんなすぎるんですけど?」

「そんなことないだろ。所詮、紙だし」


この世界において別に紙は高級品じゃない。紙が高い世界だったら厳しかった。


「う~ん……なんかタダで配りすぎじゃないですかね」


 腕を組むプァンピー。紙は安くても本はレンタルするくらいだから、タダで配るのは勿体無いとでも思っているのだろう。しかし、それが販促というものなんだ……。


「タダで配るけど、それ以上の見返りがあるんだよ」

「そんな錬金術が……」


 そんな大したもんではない。大げさ。

 でも、等価交換じゃないから、ある意味では錬金術より凄いかもしれないな。


「まぁ、本っていうほどのことはない。最初は二つ折りだよ。大きめの紙を一回折って表紙含めて四ページだ。こういう無料のちょっとした読み物の紙をフリーペーパーと呼ぶ」

「ふりーぺーぱー……」

「要するに冊子の中に広告を載せるんだ。その広告費だけで十分ってわけ」


 フリーペーパーとは文字通り無料で配られる冊子を指す。インターネットの普及でだいぶ減ってしまったが、駅や人が多く通る道などにフリーペーパーを配布するラックが設置されていて、そこから情報を得ることも多かった。

 雑誌は広告も掲載されているが、もちろん有料だ。

 それに対し、フリーペーパーは広告費のみで成り立つようにしたものだ。そのため飲食店や美容室、テーマパークなどの紹介がメインになる。集客になるからだ。

 目的が広告であっても雑誌のような記事にすることで楽しんで読んでもらえる。そういったコンテンツの面白さや情報の価値を提供する販促施策をコンテンツマーケティングなどと言ったりする。

 また、フリーペーパーを読んだと伝えるとこういう特典があります、という記載があったりする。これはフリーペーパーの宣伝効果を図るためだ。広告費を払う以上は、効果があるかどうかが気になるのは当然だな。ランチにデザートがついたり、居酒屋で一品貰えるのはそういう意味もある。


「そのフリーペーパーには、どんな記事を載せるんですか?」

「街の情報だな。女子はみんなおしゃれなカフェとか、可愛い雑貨屋とか、新しいスイーツとか好きだろ」

「好きですね! ちょっとデートスポットっぽいような」

「そうかもな」


 デートする場所を知りたくて情報を手に入れようとするのはあるあるだろう。男は普段女子が好む場所のことなんか知らないから。

 デートとなれば財布の紐も緩めざるを得ないし、広告効果も高い。つい目にしたフリーペーパーをきっかけに夜景のキレイなバーとかを予約してしまうかもしれないというわけだ。俺はしたことないけど……。


「そうですか、デートスポットめぐりですか……んふふ」


 プァンピーは明らかにうきうきしている。さっきまでおろおろしていたのに。やっぱりそういう場所が好きなんだろうな。


「で、どこに行くんですかっ?」


 目をキラキラさせている。なんでだろう。


「えっと、まずはモモンガがよく飛んでる公園」

「へぇ~? 知らなかったです」

「飛んでるところは見てて楽しいし、げっ歯類ってカワイイよな」

「いいですねっ」


 日本でも猫とかハリネズミとかフクロウがいるカフェは流行っていたが、モモンガはやっぱり飛ぶのがいいね。プァンピーもだが、知らない人が多いのはモモンガが飛ぶ時間帯というものがあって、いつも飛んでるわけじゃないかららしい。

 公園自体も整備されており、花も咲いていてキレイだった。いい場所だ。


「その後はジェラートだ。メインはヌードルを売ってる屋台なんだけど、実はジェラートも売っててそれが美味いっていうね」

「えーっ! 素敵!」


 その公園の入り口にある屋台だ。フレイバーが日替わりの一種類しかなくて選べないのだが、それがまた面白いらしい。いつ行っても違う味が愉しめる一期一会なお店というのも話題性があってフリーペーパーに向いている。

 ちなみにヌードルは食べたことがない。スープの中にある麺類なのはわかったが、詳細は不明だ。


「そんで、すっごい意外なのがお城の中」

「お城ですか?」

「実は今、軍隊の訓練施設が無料開放されてるんだ。魔法でいくらでも出てくる敵を投擲で倒すっていうのが結構楽しくてな」

「へええ~!」


 はっきりいって無料のゲームセンター。剣や槍、爆弾や弓矢など武器を選んで敵を倒すゲームはどれも面白い。戦争を思い出す人たちだと楽しめないかもしれないが、そうじゃない俺たちには完全にアミューズメントスポットだ。別に宣伝しているわけでもなんでもないので、知る人ぞ知る遊びとのこと。


「どこも楽しかったなあ」

「うんうん、そうですね……え? 楽しかった?」

「うん」

「え? デートスポットに? 行ったんですか?」

「昨日行ってきた」

「ええっ!? 誰とですか!?」

「編集長」

「誰ですかー!?」

「シューシャっていう名前の……」


 ボゴッ!

 無言で殴られた。プァンピーは背が低いので自然にアッパーになる。痛い。


「な、なにすんだよう!」

「超セクシーな美女じゃないですか!?」

「知ってたのか」


 そもそも彼女を紹介してくれたのはプァンピーの知り合いでもあるマホッチだから知っていても不思議ではないが、なんで怒ってるの?

 職場で上司をグーで殴ったら駄目っていうのはこの世界では常識じゃないの?


「それで!? 美女とデートしたんですね!?」

「デートはしてないよ、デートスポットには行ったかもしれないが、取材だよ。仕事」

「ふうぅ~ん」


 ぷりぷりと露骨に怒っている……。

 しかし広告欄のことは伝えておく必要があるだろう。今後は売っていくわけだし。その値段の交渉だって全部プァンピーがするわけだし。


「その後は広告欄の取材にも行ってるから。仕事なんだって」

「広告欄?」

「要するにフリーペーパーの一部は掲載費を貰って希望のものを載せる。つまり売るわけだ」

「なるほど……みんなが見るものはすべて広告になる」

「そのとおり」


 無料で動画が見れるサービスがあれば、そこに広告が出る。

 無料で漫画が読めるサービスがあれば、そこに広告が出る。

 逆に言えば、娯楽だって広告がつけば、それは無料になる。

 広告をつければ、雑誌みたいなものだって無料にできるというわけだ。


「とはいえ最初からはスポンサーがつかないから、まずは無料で実績作りになっちゃうけど」

「どこ行ったんですか」

「今までクライアントになってくれたところを取材したんだ」

「へー?」


 冊子で紹介すると話題になる、来店が増える、商品が売れる。そういう結果が出れば次からは広告費を貰えるだろう。


「順番に話しておくよ」


 俺はぽつぽつと話しだした。

 最初に向かったのは、ブラミスさんのところだ。包丁職人の。


「おお、カオスじゃねえか。えらいべっぴんさん連れてるな」


 シューシャさんのことは簡単に紹介した。


「順調そうですね」


 工房には弟子が二人ほどいた。人を雇う余裕が出てきたのだろう。

 売り切れ続出、という状態だと広告をする必要はない。無駄足だっただろうか。


「いや~。俺の作るものは売れるが、こいつらのは売れなくて困ってる」

「そうなんですか」


 弟子たちはまだ若く、武器を作っていた経験もないとのこと。


「こいつらが作る包丁はまだまだ切れ味がよくないからな」


 そう言いながら見せてきた包丁を見て、シューシャさんは目を輝かせた。


「カワイイじゃないですか~」

「カワイイだ?」


 意味がわからないという顔のブラミスさん。そういう観点で包丁を見たことがないのだろう。ペティナイフというのか、小さくてちょっと丸っこい包丁だった。柄の部分まで丸く、子供でも持てそうだ。


「包丁にカワイイも何もあるかよ」

「いいえ。カワイイものはカワイイんです」

「お、おう……」


 ブラミスさんも美人には弱いらしい。たじたじだ。


「シューシャさん、写真お願いします」

「は~い」


 手で長方形を作って、包丁を見る。あれで撮影できているらしい。魔法不思議。


「ブラミスさん、シューシャさんがカワイイ包丁だって紹介するんですから売れますよ」

「そうかい。ま、期待しとくよ」


 そんな感じでまずはカワイイ包丁の広告が決まった。このフリーペーパーは若い女性向けだから、シューシャさんが欲しくなるようなものは相性がいい。それなりに期待できるだろう。

 次に向かったのは、すっかり漫画喫茶となった宿屋だ。プァンピーと出会った場所だな。固定客がいるから潰れないものの、新規顧客は増えていないということだった。

 のぼりを立てる以外の施策はしていないから、近所の人しか集客できないのは当然だった。


「シューシャさん、写真お願いします」

「は~い」


 風呂と本棚、部屋など撮影した。こういう施設は単純に広告を打てば効果はあるだろう。

 その後、北向きの部屋の宿屋にも行った。あのときはキャッチコピーを考えるのになかなか苦労したよなあ……。

 この世界に来てから仕事をした、思い出の場所を回るのは楽しかった。それほど立ってないのに数々の思い出が……


「なんで思い出の場所を他の女と回ってるんですかっ!?」


 いきなりプァンピーに殴られる。痛い。


「ちょっと、今は話の途中なんだけど?」

「がるるるる」


 野生に戻っちゃったのかな……。牙を剥いているぞ……。

 編集長といろいろなところに訪問しただけなのに……。


「えと、その後はプァンピーに出会う前にお世話になった女の子のところへ行ったんだが……もうやめておく?」

「……話を続けてください」

「そう?」


 最後に向かったのはさんざんお世話になった定食屋だった。

 定食屋については、お店の紹介自体をコンテンツにすることにした。要するにただの広告欄ではなく、公園の紹介と同様に記事にするということだ。

 記事そのものが広告費を貰って作られている場合、記事広告と呼ぶ。広告感が薄く、読んでもらえることが多いので、ただの広告よりも効果が出る。

 トレスは相変わらず距離が近かったな。


「あ、お久しぶりじゃないカオスさん! そろそろプロポーズかな? って……えっ、シューシャさま!?」


 店に入るなり、赤く長い髪の美少女は腕をとってくっついてきたが、すぐ後ろにシューシャさんがいるのに気づいて目を見開いた。

 ん? シューシャさま? お客様は神様的なことかな。


「あらら、どちら様でしたっけ~」

「いえ、一方的に知ってるだけで……」


 そう言いつつ、なおさらに腕をぎゅっと胸に押し付けるトレス。ご立派なものをお持ちで……。プロポーションに自信がないと言っていたのは彼女と比較したりしたせいなのだろうか。彼女は若く元気な体つきをしているが、決して太ってはいない。比較的スラッとした体型の人が多いこの街では、ちょっと肉付きがいいくらいだ。


「まさか、彼女を紹介しに来たんじゃないでしょうね」


 じーっと半眼で睨むトレスだが、そんな近くで見つめられたら冷たい視線でも俺の顔が熱くなるよ。


「どちらかというと逆、かな。彼女に紹介しにきたというか」

「えっ!? えっ、じゃあ?」


 お目々がキラキラしている。何を期待しているのかわからないが、期待以上の効果はあるはずだ。


「この店を紹介するんだ。彼女が。みんなに」

「ん? え? はい?」


 トレスさんは人差し指を頭に何度もぶすぶすと刺しながら、さっぱりわかりませーんという態度を目一杯表した。さすが看板娘、あざとさが板についている。


「トレスちゃん、写真いいですか~?」

「はい、もちろん」


 よくわかっていないのに、ばっちりカワイイポーズを次から次に繰り出すところもさすがだ。

 この間に俺から説明をしよう。


「今度、無料で本を配ろうと思っているんです。この街の情報誌なんですけど」

「街の情報の本をタダ? ぜ、全然意味がわからない……」


 意味がわからないらしい。いいや、百聞は一見にしかず。出来上がったフリーペーパーを見せればわかるだろ。


「要するにタダでこの店を宣伝するからさ、協力してよ」

「えー!? んー。よくわからないけど、新しいお客さんが来るってことですかー?」

「そうだね。編集長、そうなるようにお願いします」

「は~い」

「編集長!? シューシャさまが!? ますます意味がわからない……」


 トレスはシューシャさんを知っているようだったが、シューシャさんが写真日記を配っていることは知らないらしい。

 写真はカメラではなく指で四角を作っているだけで撮影しているから、当然ながらデジカメのように撮れた写真を確認することが出来ない。不便。まぁ、編集長を信じよう。

 写真を撮り終わったのか、シューシャさんはトレスを椅子に座るよう促した。


「トレスちゃん、このお店のいいところを紹介してください~」

「えー。それなら店長に聞いたほうが」

「んー。店長より、トレスちゃんが思ういいところが聞きたいな~」


 さすが編集長。店長が勧めるものは商売っ気を感じてしまうしね。


「みんなお店のことより、トレスちゃんのことが知りたいんじゃないかな~」


 うんうん、シューシャさんを編集長にしたのはやはり正解だった。

 目的は店の宣伝なのだが、そのままではコンテンツにならない。トレスという魅力的な看板娘をフューチャーすることで記事として面白くしようとしているのだ。それでいい。


「そ、そうですか?」


 俺の顔を伺うトレス。

 胸に顎がつくくらいに強く頷く。


「じゃ、じゃあ」


 少し恥ずかしげに語りだしたのは、店長ほかスタッフのことだった。みんな良い人で、仕事熱心で、情熱があって、大好きだという話。まさに店長に聞いても出てこない話だ。

 トレスがみんなのことを褒めれば褒めるほど、店だけではなくトレスのことを好きになっていく。

 きっといい記事になるだろう。


「は~い。ありがとうございます~。最後に、トレスちゃんのおすすめの料理を聞いてもいいですか~?」

「あー。ホントのオススメですか?」

「ホントのオススメでお願いします~」


 いいねえ。みんなクーポンなんか無くても絶対をそれを注文しちゃうだろうな。


「えっとー、ちょっと恥ずかしいんですけどー。たまに賄いで食べてるだけというかー」


 ますますいい。そういう裏メニューな感じ。非常にいい。

 上目遣いに両手の指を合わせながら、頬を赤らめているのも大変いい。


「お肉のシチューがあるんですけどー」


 あれね。ビーフシチューというよりはカレーに近い。香辛料が効いていてカレースープって感じ。肉は脂が乗っている。ポークカレーみたいな。


「あれを味付けしてないライスにかけちゃうんです! 実はそれが美味しくって」

「カレーライスだ!?」


 この国のライスはタイ米みたいなやつだけど、要するにカレーライスだ! シャバシャバのカレーってやつ。そりゃ美味いだろ。俺にも食わしてよ!


「かれーらいす?」


 キョトンとするトレス。

 シューシャさんも突然声をあげた俺に注目した。


「あ、ああ。そういう食い物が俺の国にあって」

「えー! こういう食べ方してるの私だけかと思ってたー! あったんだー、そういう料理がー!」


 トレスは興奮してばんばんと机を叩いている。

 どうやら彼女にとっては恥ずかしい食べ方だったらしい。確かに、ライスに何かをかけて食べるというのはこの世界では見たことがなかった。

 そもそも、ここではいわゆる白米で食べることが少なく、リゾットみたいなのかピラフみたいな食べ方が基本。

 日本の米みたいに炊いただけで甘くて粘りがある米じゃないから、俺も白米が食いたいという欲求がなかったけど、カレーをかけるなら話は別だ。

 シューシャさんは、いいことを思いついたというようにぽんと手を打った。


「じゃあ、このフリーペーパーではカレーライスという名前で紹介するっていうのはどうですか~?」

「あ、そうしましょう! 名前がなかったから丁度いいです」


 まさにナイスアイディアだった。広告の効果検証が出来る。

 カレーライスを注文した人数が多ければ、それはそのままこのフリーペーパーで記事広告を載せる価値に換算できるわけだ。

 このことをプァンピーにはよく理解して欲しかった。


「そんなわけで、昨日は最後にトレスとシューシャさんとカレーライスを食べて帰ったよ。今はシューシャさんが編集作業をしているから試し刷りをしたらチェックかな。それでこのフリーペーパーの配布方法について相談なんだけど……」

「がるるるる……」

「あれ? さっきより怒ってる?」


 俺は体中に噛みつかれ、その日はプァンピーと一緒に公園に行き、ジェラートを食べ、お城のゲームセンターへ行き、カレーライスを食べることになった。

 体も痛かったが、二日連続で訪れた先での視線も痛かった……。

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