第14話 メディアを探そう!

「プァンピー」

「はい、なんでしょう」


 忙しそうな彼女に、申し訳なくも話しかける。

 商売が軌道に乗れば乗るほど、俺は暇になり、プァンピーは忙しい。

 契約についても、支払いについても、制作物についても、対応するのはプァンピーだからだ。

 俺はといえば、POPの制作依頼やバスの広告、クーポン内容などを最初の打ち合わせで決めてしまえばやることが終わってしまう。

 ソファーでゆったりとお茶とお茶菓子を楽しみながら、テキパキと事務をこなすプァンピーに話しかけるのは大変に心苦しい。

 なんか仕事しないと悪いよね、という気持ち。日本にいるときには思わなかった気持ち。無料で動画が見れるわけでも、だらだらつぶやく場所があるわけでもないから、暇なんだ……。


「忙しそうだし、もうひとり雇おうか?」

「いえ、大丈夫で~す」

「ほんと、最近お金に余裕があるし、雇えるんだけど」

「いえ、大丈夫で~す」


 従業員を増やすという提案もまったく不要だという。

 俺だけ暇なんだよなあ……。

 じゃあ文字とか勉強すればいいだろうとは思うんですが。やる気が……やる気が出ないんです……。


「忙しいところ聞くのは本当に悪いんだけどさ~」

「お話は出来ますよぉ~」


 ペンを動かしながら、そう言ってくれる。

 お言葉に甘えることにする。


「この世界の娯楽って何があるの」

「娯楽ですか」


 テレビもラジオも新聞も雑誌もインターネットもないわけで、みんな普段何をやっているのでしょう。風呂にも入らないんだぞ。ゲームも漫画もアニメもなくて俺は暇です。


「まずスポーツですか」

「スポーツ」


 確かに。オリンピックやワールドカップなどスポーツは世界で一番お金が動くイベントでもある。俺はオタクだから全然見ないしやらないけど。野球漫画は詳しいけど、野球には詳しくない。


「競技場みたいなのあったっけ?」


 野球場とかサッカー場のような大きい建物は見たことがない。

 

「闘技場ですね」

「おお!」


 ファンタジ~。バトルだよ~。今度見に行こう。


「戦争が終わったから引退する人も多いし、観客も応援する意義が無くなって大変みたいですけど」

「あー」


 戦争というものの影響は大きい。政治にも経済にも、そして文化にも多大な影響を与える。


「あとは?」

「音楽ですね」


 確かに。日本の有名なキャッチコピーでもノーミュージックはノーライフだと言われている。ちなみにノーゲームもノーライフだから、俺は今死にそう。


「どんな感じなの? 有料のコンサート? それともレストランとかのBGM?」

「え? なんですかそれは……。私たちが音楽を聞くのは、路上ライブでおひねりをもらうか、弾き流しです」

「あ~」

 

 道端で歌って小銭をもらうか、酒場などを回り歩いてチップを貰って歌うか。その二択か~。経済の規模が小さいと文化の規模も小さいな。


「基本はそれも兵士の士気高揚がメインだったから演奏者や歌手も失業してるそうですけどね~」

「あ~」


 文化が発展するには平和が一番とも言い切れないのかもしれないなあ。 


「あとはたまに来るサーカスでしょ~」


 サーカスね! ローマ帝国時代にパンとサーカスと言われたくらいだからな。昔からある文化の代表なんだな。ちなみに一年中桜が咲いている島とはまったく関係ない。


「あとはやっぱり貸本ですね」


 貸本。昔はポピュラーだったと聞く。レンタルのほうがお得だからそこんとこウマくやっているのだろう。これがオススメ、みたいな言い方をしている。そういえばプァンピーは本が好きだったな。


「んー。この街ではそんなものですかね」

「なるほど。ありがとう」

「どういたしまして~」


 事務作業に戻るプァンピー。


「じゃ、行ってくる」

「えっ!? 私をほっといて遊びに行くんですか~!? ひどいですー」


 悲痛な叫びを背中に浴びせられる。

 申し訳ない……。

 だって俺、やることないんだもん……。

 俺はオフィスを出ると、とりあえず貸本屋に向かう。唯一、場所を知っているからだ。仕事で情報を仕入れる必要があった際に、プァンピーが借りていた。俺にとっては図書館で必要な資料を借りたような感覚だったが、一般的には娯楽なのだろう。


「こんにちわ~」


 入店の挨拶をして中に入る。日本と異なり、客から挨拶をするのが礼儀だ。何も言わないと万引だと思われてしまう。

 中は……大手チェーンの古本屋とほぼ一緒だ。立ち読みしている客がちらほらいて、中身をチェックしてからいくつかの本を借りていく様子。

 会員証などはないので、レンタル代を払うのではなく買取の金額を払って返すときに戻ってくるシステムのようだ。200円でラムネを買って瓶を渡すと100円戻ってくるみたいなやつ。

 文字が読めないが適当に本を開いてみる。

 文字だらけの本もあるが、結構写真がふんだんに使われた本も多い。魔法による撮影と印刷の技術が高いからな。漫画は無し。そりゃそうか……。

 せっかくプァンピーを置いてきたのに、水着の写真集とかヌード的なものはまったくなかった。うーむ……。どうして……。

 いくつか手にとって見ると、図鑑や絵本のようなものも充実しているが、レシピらしき料理本もあり、手芸やファッションの本も。

 これで雑誌がないというのは、やっぱり物流の問題だろうか。出版してすぐに本屋に並ぶというのは実は凄いことなんだよなあ。

 でもニーズが有るということは十分わかった。

 そして金の払い方はわからないので、借りずに退却。

 まずは……


「マホッチ、教えて欲しいッチ!」

「またそういう……おや、今日は一人か」


 占い師のような格好の魔法使いは俺の挨拶が気に入らないのか、半眼で睨んできたが俺が珍しくプァンピーを連れていないことに興味を持ったようだ。


「ちょっとね」

「ふむ……一人では何も出来ないと思っておった」


 そのとおりなんだが、あらためて言われると少し凹みますね。


「せっかくじゃ、お茶でも煎れてやろう」


 俺が教えて欲しいッチとか恥ずかしくもテンション高くやってきたのに、この落ち着いた反応……さすが本当はアラフォーだぜ……。

 マホッチは水の入ったカップを箱に入れるという、理屈のわからない方法でお湯を沸かそうとしている。魔法なんだろうけど、電子レンジみたいなものかもしれない。


「カオス殿……それにしても姫様に随分と入れ込んでおったようじゃの」

「ん? あー、そりゃ1億年に一人の美少女だからね。いくらなんでも可愛すぎるでしょ」

「まぁ、それはそうかもしれんが……プァンピーといい、そういう感じが好きなのか?」

「そういう感じ?」


 リンセスちゃんとプァンピーに共通点なんて見当たらないぞ。首をひねっている間にお茶が用意され、甘い香りが鼻孔をくすぐる。


「こう、なんというか……幼い感じの……」


 マホッチは薄い胸をぺたぺた触りながら言う。プァンピーの体はそんなに幼い感じじゃないですけど?


「あまりこう、子供っぽいのはどうかと思うのじゃが」


 ……ひょっとして、俺はロリコンを心配されているのか!?


「いや、俺はそういうわけじゃないぞ」

「本当かのう……プァンピーを連れずに一人でやってきたのも体目当てなのでは……」


 そう言って体を守る仕草をする見た目だけロリのマホッチ。これはいけません。きちんと話をしておく必要があるね。


「俺がこの国の出身じゃないのはわかるよね」

「そりゃあ、そうじゃろう。姫様の名前も知らなかったというのは、すっかり噂になっておる」


 噂になってるんだ……それは知りたくなかった……。


「で、俺の生まれた国にはね、国民的美少女コンテストっていうのがあるんだ」

「なんじゃそれは」

「この国を代表する美少女だなこの子は、っていう人を毎年選ぶんだ」

「なんじゃそれは」

「選ばれる美少女ってほとんど12歳から14歳くらいなんだよね」

「ロリコンの国ってことじゃな」

「つまりね」

「カオス殿は生粋のロリコンということじゃな」

「そうなっちゃうんだね」


 間違えたなー。

 俺が特別なわけじゃないという説明にしようと思ったら日本そのものがロリコンの国になっちゃったなー。


「でも確かに、マホッチは俺の国に来たらモテまくると思う」

「そうかのう」

「13歳じゃ、国民的美少女にはなれるけど結婚は出来ないからな。マホッチみたいな美少女と結婚できるとか夢みたいな話だ」


 ずずー。

 俺がお茶をすすったら、彼女も無言でお茶をすすった。

 ずずー。

 二人してお茶をすする。


「カオス殿……」

「どうしたの」

「いや……」


 ずずー。

 ずずー。

 落ち着く香りと味だが、マホッチはやたら目が泳いでいる。辛くもないのに、頬が真っ赤だ。体調悪いのかな……。


「な、なんか教えて欲しいことがあったんじゃろ」

「あ、うん。そうなんだよ」


 すっかり忘れていた。俺がロリコンかどうかなんてどうでもいいんだよ。


「マホッチのところには本の依頼もあるのかな」

「本、か。分厚いものはやっておらんの。印刷はまだいいが、分厚いものを複製するのは疲れるのでな」

「分厚くなくていいんだ。ちょっとした写真とコラムみたいなのを書く人いないかな」

「あー。おるの。趣味で写真日記を作っているやつが。写真と文章だけ持ってきて、装丁と印刷を頼まれておる。売れはしないのじゃが、趣味で配ってるみたいじゃな」


 ブロガーみたいな人はこの世界にもいるらしい。まさにそういう人を探していた。


「その人を紹介してもらってもいいかな」

「んー……。まぁロリコンならいいじゃろ」


 ロリコンならいいってどういうことだよ……。でも、紹介してもらえなくなると困るのでここは黙っておく。


「じゃ、連絡してみようかの」


 マホッチは短い杖のようなものを手に取る。持ち手があって装飾されている。ワンドと呼ぶべきか。


「もしもし? もしもし?」


 まさに電話という感じでワンドを持っているが、呼び出し音などがないのでいきなり話しかけている様子。これこそ本当のあなたの心に直接話しかけています……というやつか。


「もしもし?」

「はいはい、どうしましたか、マホッチさん。また寂しくて眠れないのかな」

「なっ!? こら、お客さんがいるんじゃぞ」

「あー、そうなんだー。こんにちわ~、シューシャでーす」

「あ、はい。どうも、カオスといいます」


 意外にもグループ通話だった。ワンドがマイクとスピーカーの役割を果たしている。しかし魔法使いだけが携帯電話を持てるというのはズルいよなー。俺が寂しくて眠れないときには電話できないんだぞ。相手いないけど。

 シューシャさんはどうやら女性で、おっとりした方らしい。声もはんなりしてはる。京女みたいな優しそうな和服のイメージだなあ。


「カオス殿が話をしてみたいそうなんじゃが」

「あら、そうなんですか? じゃあ、そちらに伺いましょうか」

「いや、俺が行きますよ。どちらにお住まいで」

「カオス殿が行ってよければ地図を渡すが」

「いいですよ~」

「ではの」


 通話が切れたらしい。

 そしてマホッチはすぐに紙に地図を印刷する。魔法ってすげーなー。スマホみたいじゃん。っていうかスマホって魔法じゃん。すげーもの持ってたなー。

 俺は地図を受け取って、店を出た。


「おー……」


 地図に書かれた場所に到着すると、そこは個人宅にしてはなかなかの立派な家だった。豪邸と言っていいだろう。北向きと南向きの寝室があるに違いない。

 特に門があるわけではないので、庭から中へ。

 玄関をノックすると、ドアが開いた。


「はじめまして、カオスです」

「いらっしゃいませ~、シューシャです~」

「えっ!?」


 シューシャさんは思っていたのと全然違うルックスだった。

 ブラウンでウェーブのかかったロングヘアー。目鼻立ちはくっきりして、まつげが長く、唇にはルージュ。ボン・キュッ・ボンのスタイルに紅いドレスは胸元もばっくり開いて、脚には深いスリット。

 京女なんてとんでもない。これは男を誘惑するときの峰不二子だ。まともな男ならすぐにルパンダイブしてしまうだろう。

 マホッチのロリコンなら大丈夫というセリフの意味がわかった。ロリコンでもない限り、これはメロメロだ。そして、俺はロリコンではない。


「どうなさいました~?」


 何もしていないというか何も出来ない。強いて言えば鼻の下を伸ばしている。


「とりあえず中へどうぞ」

「は、はいっ」


 ガチガチに緊張していた。ここまで美人だとアガってしまう。

 通されたのはいわゆる応接間で、高そうな壺など置いてある。椅子は彫りが多く高そうだ。そんなことより、彼女が椅子に座ったらスリットが……太ももが……。


「で、どのようなお話でしょうか~」

「え、えーと、ご趣味はなんでしょうか」

「あら~。なんかお見合いみたいね~」


 ほんとだな。恥ずかしい。言い方を間違えた。


「ええっとですね、実はその、写真を撮ったり記事を書いたりすることがお好きだと聞いたので」

「ええ、そうなんです~。昔から写真を撮られることが多くて、わたしも撮りた~いってなったんです~」


 はい、モデルにもなって欲しいです~。


「それで、その……こんな立派な家にお住まいの方にお願いするのは非常に言いにくいのですが……」

「なんでしょう~」

「仕事を依頼したいんです。編集長になってもらえませんか」

「へんしゅうちょう~?」


 本がなければ作ればいい。

 異世界の先輩がそう言っていた。

 なら、メディアがなければ作ればいいのだろう。

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