第7話 魔法使いに会いに行こう!

 

「よいぞ」


 交渉はあっという間に成功した。

 プァンピーが事業内容を解説すれば後はなんとかすると言ったのだが、それにしても。


「布に印刷をして宣伝するとは、よく考えたの~」


 別に俺が考えたんじゃないけどな。

 顎をこすりながらうんうんと頷くのは魔法使い……なんだが呼び方が違う気がする。そう、魔法を操る少女のことは魔法少女と呼ぶのだ。どっかのマスコットキャラがそう言ってた。彼女は言葉はババ臭いが、どうみても小学生か中学生かというくらいだった。

 格好はなんというか……魔法使いでも魔法少女でもなく、占い師って感じだな。紫色のハットとローブに身を包んでいる。髪は銀色で巻き毛のショートヘア。目は大きく、深い緑色の瞳。細くて長い眉毛。いかにも賢そうに見えるが、表情はぼんやりとしていた。眠いのかな。


「だよね~、マホッチも凄いと思うよね~」


 魔法少女の名前はマホッチというのか。マホっちみたいなアダ名感が強いがこの世界はアダ名を付ける文化は無いっぽいから本名なのだろう。どうやらプァンピーは知り合いのようだ。


「うむ。しかしお主ちょっと気安いぞ」

「いいじゃんよ~、マホッチ~」


 肩に手をかけて随分と仲良ししている。運動部の先輩後輩みたいなノリだが……。マホッチは眉をひそめてウザがっている。プァンピーは今まで割と普通だったが、年下には態度がでかいタイプなのだろうか。


「ちょっとは年上を敬え」

「ええ~、そんなこと言うなよマホッチ~」


 完全に調子に乗っているプァンピーだが。まて、今なんか変なこと言ったな。


「あの、マホッチさんはおいくつなんですか?」

「あ、あー! ちょっと待って待って」


 俺の質問を遮るように、両手で押すポーズをしながら近寄ってくるプァンピー。マホッチさんから五メートルくらい離れてから、耳打ちをしようとする。彼女の背ではとても届かないので膝を曲げた。


「あのですね、男性が女性に年齢を聞くのは結構失礼なんですよ」


 ……それはまぁ、日本でもそうかな。でもあれだ、知らなかったことにしておこう。


「そ、そうなのか。知らなかったなあ」

「特に妙齢の人には駄目です。んで、特にマホッチは駄目です」

「なんでだよ」


 そもそも妙齢ってなんだよ。確かに父親が娘に接するという意味では微妙な年齢かもしれんが。


「アラフォーですから」

「アラフォー……ってティーンネイジャーになったかどうかにしか見えないけど?」


 俺たちがこそこそ話をしていると、ずっとそれを半眼で見ていたマホッチがため息をついた。


「あぁ、いい、いい。この説明をするのも慣れておる。若返りの魔法をちょ~っとだけやり過ぎたんじゃ」


 前髪を切りすぎたみたいな言い方でとんでもないことを言う。俺はとりあえずプァンピーに質問。


「若返りの魔法ってポピュラーなのか?」

「いや~、ちょっとやる人ならいますけど、あんまりやりませんね。だっていきなり若返ってたら変じゃないですか」


 ふむ。つまり美容整形みたいなものか。なんか魔法のイメージがどんどん悪くなっていく気がして悲しい。


「魔法ってのは、うっかりやり過ぎちゃうものなのか?」

「ここまでやり過ぎちゃうのはマホッチくらいですねぇ、ふふふ」


 プァンピーは愉快そうに笑った。その態度からは好感度が高そうとも思えるが、ドジっ子を面白がっているだけかもしれなかった。あるいは、その両方かもしれない。

 しかし、そうかそうか。これは俗に言うアレだ。


「つまりロリBBAババアってことだな」


 得心して放った俺の言葉は、どうやら彼女の火を着けたらしい。


「誰がロリババアじゃコラァー! わざわざお婆ちゃんみたいな言葉遣いにしてやってんだろうが!? ああん!?」


 ロリババ……マホッチは烈火の如く激怒していた。キレる若者って感じの台詞回しだけど、見た目は反抗期の子供である。父親と同じ洗濯機でぱんつでも洗われたのでしょうか。

 冷静に観察する他ない俺を見かねたのか、プァンピーが落ち着かせようと手でクールダウンを促すようにどうどうと地面に向かって両手を動かす。


「まぁまぁ、落ち着いて。いつもみたいに元気だッチ! 楽しいッチ! ちょっと若返りすぎただけだッチ! って感じで話そうよ」

「そんな話し方したことねえって言ってんだろ―! ぶっ潰すぞコラァー!」


 プァンピーは火に油を注いだだけだった。やっぱこいつ面白がっているだけだな。

 怒り狂うマホッチと必死で笑いを我慢しつつ、全然我慢できていないプァンピーを見ていたら何やら俺も可笑しくなってしまった。


「くくく」

「おいこら、何笑ってんじゃコラァ! しばくぞ!」


 言葉は乱暴だが、行動は駄々っ子がお菓子をねだって暴れているようにしか見えず、微笑ましいことこの上ない。見た目は思春期真っ盛りで言動がお子様、中身がアラフォーだと思うと尚更に笑いがこみ上げる。


「いや、キャラ作りでお婆ちゃんやってたとか、ちょっとなあ?」

「ですね。私も最初からもう面白くて面白くて……ふふふ」

「かあーっ! もう印刷やったらんぞ!?」


 両腕を回して抗議するマホッチ。普通のアラフォーはそんな行動はしない。


「ごめんッチ、怒らないでッチ!」

「バカにしてんのかコラァ!」


 プァンピーは完全にわざと怒らせていた。なんというか、すごく気持ちがわかる。この女性はアラフォーだとするとあまりにも可愛らしいお方であり、ぷんすかと頬を赤らめる仕草は愛らしさそのものであり、これが本当の子供なら多少の罪悪感もあるだろうが、自分より年上なのでからかっても許される気がするのである。つまり、


「マホッチさん、俺からも頼むッチ。印刷して欲しいッチ」

「わざと言ってんだろコラー! 顔が笑ってるんじゃボケー!」


 こういうことを言って、怒らせると大変楽しい。白い肌が赤くなり、理知的な顔が幼い表情に変わる。

 俺たちを見て、プァンピーも満面の笑みである。


「ふふふ」「はは」


 俺とプァンピーが笑いあうと、マホッチは仕方ないと言わんばかりにため息をついて肩を落とす。こういった動作は中身に対して年相応だった。まさにロリババア。


「まぁ、いいや。これはビジネスの話だし」


 これが地の話し方なのだろうか。声も若返っているのだろう、リアリティがありすぎるとむしろ見た目とセリフに違和感がある。ロリババアとしてのキャラ作りはある意味成功していたのかもしれない。


「今までは軍旗くらいにしか布に印刷なんてしてなかったけど、これからは流行るかもしれない……のお」


 などとアパレル関係のオフィスレディのようなことを言って、結局印刷はしてくれることになった。彼女はお店のオーナーであるらしく、誰かに相談することもなく協力することを選択してくれた。


「今回は無償でやるけど、今後はきっちり貰うからの。他所に発注しないようにくれぐれも気をつけるのじゃぞ」


 そう言って睨むマホッチを見て、俺とプァンピーは顔を合わせる。


「ツンデレだ」「ツンデレだね」

「違うわ! ビジネス! これはビジネス!」


 があーっと口を開けて地団駄踏む彼女はただただ微笑ましかった。うんうん。


「じゃあ、もうちゃっちゃとやろう」


 そう言うと、俺たちを店から押し出す。そのままパレルの店まで同行までしてくれた。20分ほど歩いている間、先頭をうきうきと歩いているマホッチを見ながら、プァンピーと俺はくすくす笑っていた。


 パレルの待つ布商店に到着すると、すでに布には輪っかが取り付けられており、何も印刷されていない状態の幟が完成していた。のんびりとお茶をすすっていたパレルは、変な子供がやってきたことに困惑しつつも、お茶菓子を差し出そうとしたので俺が止めた。子供扱いして怒らせるのは、仕事が終わってからにして欲しい。


 報酬は先払いにした方がいいだろうと言って、先にこのお店の幟に印刷をかけることにした。ま、実際は一回実際の印刷を見てから調整したかったからだが。普通、こういう場合は試し刷りをするものだ。実験台にしてしまうようで申し訳ない。

 マホッチは呪文を詠唱しているが、やっぱりちびっこ占い師って感じ。どういう意味があるのかわからないので尚更お遊戯じみている。

 だとしても印刷物のクオリティはマホッチ次第だ。それは単に印刷技術の話ではない。彼女はデザイナーの役割も負っている。

 そもそも、普通はデザイナーが入稿データを用意して印刷するので、ほとんど思ったとおりに印刷される。デザインは事前にパソコンで確認できるからだ。それですら思っていた色にはならないので印刷時に色校正をしたりするのだけど……現状はプァンピーが紙に「こんな感じ」と表現しているだけに過ぎない。

 そこからデザイン案をいくつか出して、ブラッシュアップしていくという工程を全部すっ飛ばしているわけで、完全に彼女にお任せ状態だ。

 なにか言葉をむにゃむにゃしつつ、プァンピーの用意したデザインの紙をじっくりと見た後、両手をかざすと青白い光が放たれた。これは魔法であり、決してコピー機が動いたときに放たれる光とは別のものだが、その光の照射を受けて布に印刷がされていく。


 む! これは!?

 パレルだ。パレルだが、なんと実写じゃない。イラストだ。プァンピーの絵は写実的じゃなかったからか、写真ではないと思ったようだ。打ち合わせ不足すぎる!

 しかし、看板娘のイラストは、ちょうどいいくらいにデフォルメされていて非常に可愛らしかった。萌系の四コマ漫画のような風情である。

 写真でよかったのに、プァンピーのイラストを清書してフルカラー化したものになった。まったく想定外のデザインになったわけだが、いや、これは……


「わぁ~、可愛い!」


 パレルは大喜びである。そりゃそうだ、絶対嬉しいだろうってくらい可愛い。パレル自体が魅力的なこともあるかも知れないが、絵として可愛い。漫画アニメの文化で育った日本人の俺から見ての話だからなかなか先進的すぎやしないかと思ったが、プァンピーも興奮していた。


「マホッチ! 可愛い!」


 称賛を浴びて気を良くするマホッチ。鼻が膨らんで可愛い。よし俺も褒めたろ!


「マホッチ最高! マホッチ素敵! マホッチ超可愛い!」


 俺が過剰に褒め称えてみるものの、全くやぶさかでない表情を見せる。


「や、や~め~ろ~よ~」


 ふむ、これは本当はやめるな、もっとやれという意味ですね! しかしこの仕事ぶりは褒めすぎてもいいだろう。ましてや今回は無料でやってもらっているわけだし。


「褒められマホッチ可愛い! 顔赤らめて可愛い! 照れて可愛い!」


 一生懸命ちやほやしていると、耳を引っ張られる。痛い。


「イラストね! イラストを褒めてるんだよね!?」


 プァンピーが俺の耳を強引に口元に寄せて怒鳴った。なんでこの人すぐに怒るの?

 そんなことよりクライアントの了承を取らないと。お金を貰うわけじゃないが、労働の対価としてこの幟を納品するのだから。


「どうですか、パレルさん。こちらで納品で問題ないですか。もちろん私としてはこれをお店の前に飾ることで来店者が増えることは間違いないと確信していますが」

「そうですね! これは目に入りますし、こんな可愛い子がいるなら見てみたいって思ってお店に入っちゃうかも! でも、本物はこんなに可愛くないですけど」

「そんなことはないでしょう。きっとみんな素敵な看板娘だとイッテテテ!?」


 俺が真面目にクライアントへ納品確認しているというのに、なんでプァンピーは俺を殴るの!? この世界はまだ拳で語り合うコミュニケーションが主流なの!? 俺の知ってる異世界と違うんですけど?


「あはは……もちろんこちらで問題ないですよ~。大満足です」


 クライアントはとびきりの笑顔で受領してくれた。納品書の捺印なんかよりこっちのほうが断然気持ちいいな。


「ありがとうございます。じゃ、今度は俺たちの方をお願いします」


 マホッチに軽く頭を下げる。さんざんからかってしまったが、彼女は尊敬すべきクリエイターだ。


「よっしゃ、次も任せなさい!」


 見た目は若い魔法少女が得意げに胸を叩いて次の幟の印刷を開始した。

 同様に布にイラストがプリントされていくが……ちょ!?


「なんで私の裸なんですかぁ~!?」


 さきほどのパレルのイラストを称賛しすぎたせいか、お風呂に入ってるイラストというオーダーをパレルの入浴シーンでやってしまったようだった。これはなんというか……凄く良いですね。さっきよりデフォルメが抑えられて、ますますパレルに似ています。


「あれ? 可愛くない?」

「可愛いけど、えっちですね」


 マホッチがシンプルに疑問を呈すると、プァンピーがシンプルな感想を述べた。非常に適切な表現だといえよう。


「恥ずかしいですよっ!」


 パレルはイラストを覆い被さるように隠した。当然の感想だと思われる。惜しい気もするが、これは印刷し直しだろう。パレルの気持ちとかハラスメント的な問題もあるが、これをホテルの前に飾った場合にはお風呂に入れますという意味ではなく、えっちなお店だと思われてしまう。お風呂の意味が異なっちゃうね。


「プァンピーの案のように、もうちょっと記号っぽいキャラクターでやり直してもらえるかな」


 俺はマホッチにお願いし、首肯による返事を得た。

 印刷をやり直すってのは通常不可能なわけだが、そこはさすが魔法。あっさりとすべてがなかった状態に戻って再印刷されていく。デジタル媒体なみに融通が聞くということか。これは助かる。

 出来上がったものは問題なし。どこからどうみても健全なお風呂だ。

 これで印刷された幟が出来上がった。ネットプリントより早い。素晴らしい。


「さー、これをホテルの前に設置してお客さんをガンガン呼び込みましょうー!」


 しかし、なんでプァンピーはこんなに元気満々なのか……。体だけが若い俺との違いを見せつけられる思いだ。

 ま、これでホテルで眠れるならいいけどな。

 意気揚々と進むプァンピーの後を、ぼちぼちと続いて歩いた。

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