第5話 印刷をしに行こう!

 

 魔法かよ。

 いや、嬉しいんだよ。嬉しいんだけどね、魔法とか。剣と魔法の世界に来たかったからね。ただね、俺の知っている魔法っていうのはさ、やっぱり光の矢で盗賊を倒したり、爆炎でドラゴンを吹っ飛ばして欲しいわけ。のぼりを作るのに使用するってのがちょっとね?


「魔法も知らないんですか」


 若い女の子に呆れられるのも慣れてきた。下手なプライドは学びの邪魔だ。実るほど頭を垂れる稲穂かな。


「何も知らないんだ、教えてくれ」

「仕方ないですねえ」


 仕方なく教えてくれる態度が嬉しそうだな。人によっては人にものを教えるというのはとてつもなく快楽であるらしい。ゴルフだの釣りだのを教えたがる、いわゆる教え魔なんてのは散々見てきたが、彼女もそうかもしれない。

 でも本当に何も知らない俺にとってはありがたい存在になりそうだ。今後も何も知らないアピールを続けるぞ。


「魔法は簡単に言うと想像の具現化」


 なんとなくそれはわかる。俺の知ってる魔法の概念に近い。炎のイメージを強く描いてから炎を放つんだろ? ふんふんと頷く俺を見て彼女は得意げに人差し指を振る。


「なんと魔法を使うと絵を布に写し出すことが出来ます」


 うーん、そりゃインクジェットプリンタだな……。魔法の偉大さが町工場感に変わってしまう。魔法使いが呪文を唱えながら、Tシャツにキャラクターをプリントしているところを想像して脱力した。


「これが印刷という魔法」


 漫画だったらドヤァという文字が顔の上に出てきそうな顔で言ってくれたが、印刷だよ。そのまんまだよ。俺のよく知ってる印刷だよ。ただ印刷という方法があることはとても助かる。販売促進っていうのは実質印刷会社が行ってる事が多いくらい印刷と切っては切れない関係だ。


「見たものをそのまま紙に写し出すなんてこともできて、これを写真って呼ぶ」


 おお~、すげ~っていう顔を見せないと駄目だろうな。俺は忖度した。


「へ、へえ~。すっげ~」

「ふふん、想像もつかないでしょうね~。ほんとにそのまんまなんだから」


 俺の精一杯の感心した顔に彼女は満足したようだ。まぁ、写真があるのも助かる。


「だから魔法で布に印刷すれば出来上がりってことですよ、じゃあ行きますか」

「おいおい、行きますかって俺たちで勝手に出来ないだろ。金も無いし」

「なんとかしますよ~」


 なんとかするって。頼もしいような不安なような。それにしても随分とやる気満々だなあ。もう移動の準備を始めているので仕方なく付いて行くことにする。


 外に出てもまだまだ日は高く、すっきりとした晴れた空でそよそよとした清々しい風が吹いていた。今がどんな季節なのか、今が何時なのかすらが全くわからないが、心地よい。この世界にはカレンダーとか時計とかあるのだろうか。


 プァンピーが歩いていくところを付いて行く。ちゃきちゃきと手足を動かして女の子にしては早い速度だ。街路は歩道と道路に別れていない。自動車や馬車などの交通手段がまだ無いのだろうか。ほんとに俺はこの世界のことを何も知らないな。


 とはいっても町並みにそれほど驚きはない。もちろん日本とは大きく異なるものの、歩いている間に興味津々で立ち止まるっていうことはない。良くも悪くも、よくある異世界なのだ。じゃあなんで俺は勇者じゃないんですかね……。


「なあ……マジでずっと歩くのか?」

「というと?」

「交通機関……って言って通じるのかな。馬車とかないの」

「馬車は町と町を移動するときに使いますが? あとは荷物を運ぶとか?」


 一瞬、何言ってるんだコイツっていう顔をしたが、そうかそうか何も知らないんだわ思い出したにゅふふという顔になった。しかし彼女の得意げな顔はとても似合っていて、イラッとするどころか微笑ましいものだった。ますます何も知らないアピールが捗りますね。


 しかしこの町だって随分と大きいわけだが、本当にみんな歩いてるのか? 俺が見る限りは路上で寝っ転がっている人や金銭をたかる人も居ないので極端に貧乏な人は居なさそうだが、アパートのような集合住宅が中心でありつつもお屋敷らしき建物もちらほらある。金持ちだって居そうだけどな。冷静に考えると戦争も終わったというし、なかなかの治世だ。

 そんな世の中で金持ちのお嬢様がガンガン街中を練り歩くのは違和感があるね。普通は馬車だが……ひょっとして蒸気機関は発明されているだろうか。


「自動車ってのはないよね」

「自動車は知ってるんだ?」

「あんの!?」


 無いと思ってるのに言葉は知っていることに若干の違和感がありつつも、解説したい欲が勝ったのかプァンピー先生は講義を始めた。


「自動車は馬がいなくても走る事ができる夢の乗り物です。うんこもしないし、疲れないし、馬車より速いスピードも出せる。ご存知?」

「いやー知らないな~。スゴイんだね~」


 忖度だ、忖度。俺はご機嫌な社長にごまをする部下のように手をもみながら相槌を打つ。こういうときにそれは知ってるとか言っちゃうとその場で会話が終了し、知りたかった情報が手に入らない恐れがある。最後まで話を聞く。それがビジネスの鉄則。本当に知りたいのは動力だ。


「戦争では自動車は大活躍したの。体当たりしたら人が死ぬからね」

「そうか」


 そうだな。しかし若い女の子にハイテンションでそう言われると現代日本人としては思うところはあるが、ここは異世界ですからね。


「ところが自動車を動かすための魔法力があったら、そのまま攻撃した方がいいんじゃないかという意見が有力で廃れましたとさ」

「ほお」


 俺が感心したのは言うまでもなく動力が魔法力であるということだ。科学ではなく魔法によって発展する世界、いかにもファンタジーじゃないか。


「スピードが遅ければ消費する魔法力も少ないこともあって、今では街の中での移動手段に変わったというわけ。お金持ちは所有しているけど、庶民が利用するのは定期便」


 良かったー、つまり路線バスってことだろ。あるじゃん庶民の足。歩かなくて済むかと少し安心した顔を見て、プァンピーはニッと笑った。


「定期便は朝と晩の2回だけ。通勤以外で使用する人はほとんど居ない」


 あー、そっかー、そうなるかー。がっくり。


「魔法が使える人はいろいろ方法はあるけどね。無いやつは歩け、歩け」


 ぴっぴっと両手両足をきびきび動かして元気なプァンピー。これが若さか。いや俺も肉体的には若いんだけどさ。ダルいんだよね。あまりカロリーを摂取できていないこともある。カロリーをもっと摂りたいなんて日本では思ったことがなかったなあ。最近はラーメン屋の無料のライスを断るように……いや、この話はいいだろう。ここは異世界だ。今ならラーメンライス大盛り上等です。


 1時間をゆうに越える時間を早歩きして、俺は汗だくだ。少しは痩せられたかな……って痩せなくていい。むしろ太りたい。


「まだか、印刷所は」

「はい? 印刷所なんて向かってないです」


 ああ、印刷って言葉は同じだったが、本当は魔法だから言い方が違うのか。輪転機なんてないもんな。


「先に布を調達しないと」


 ズコー。そっちかよ。


 まぁそうか。印刷会社なら布やビニールなどの印刷する対象もあるが、そういうわけにはいかないよな。

 まずはのぼりとなる布を手に入れてそれを持って魔法使いのところに行って印刷を頼むと。めんどくせ。なんで異世界に来てまでこんなめんどくさい仕事をせねばならないのか。今思うと有給休暇があるだけマシだったね。今は働かないと飯が食えない。現代日本で文句言ってるやつ、代わってやるからこっちに来てくれ。


「ここですよ」


 どうやら脳内で悪態をついている間に到着したらしい。


「ごめんください」

「あっ、ちょっと!?」


 上の空だったのでそこが表通りに面した入り口ではなく勝手口であることを認識することが出来なかった。


「ふんふんふんふ~ん♪ ふん?」

「あ」


 俺が見たのは、鏡を前に下着姿でポーズを決めているナイスバディーのお姉さんだった。


「きゃっ」「おお!?」「ぎゃあー!」


 三者三様に驚いたが、なぜかプァンピーが絶叫とともに俺を殴り飛ばした。まだブラジャーは、細かいレースがついていないシンプルなものだったが……それは、それで……意識が薄れていくのに、網膜にはそのビジュアルが焼きついていた。


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