⑥ 魔王散歩中
「失礼、何か悩んでいるような顔をしていたのが気になって通りすぎてから、もどってきたのだが?」
河原の土手に座っていたモリブデンは、顔を上げて声をかけてきた人物を見た。
そこには、頭に水牛のような角を生やしたジャージ姿の男性が立っていた。
ジョギングシューズを履いて、首にスポーツタオルを掛けているところを見ると、日課でジョギングをしている人らしい。
頭に水牛の角が生えた男性が言った。
「隣に座ってもいいかな、君と少し話しがしたい……若者に悩みがあるなら相談にのって、聞いてあげたい」
「どうぞ」
水牛角のジャージ男性は、モリブデンの隣に座る。
「自己紹介がまだだったね……わたしは【魔王】亜区野組織の総統とか首領とか、そんなコトをやらせてもらっている一児の父親だ」
魔王と聞いた途端、モリブデンの背中の毒ビレが、ピンっと広がる。
(魔王!? 最近、次々と改心させた悪の組織を仲間にして、一大勢力になりつつある。あの亜区野組織の魔王か!? ヒーローなら、ここで魔王を倒せば……いやいや、そもそも悩みの相談にのってくれると、言ってくれる人を倒してもいいものなのか?)
少し様子を見ることにした、モリブデンは自己紹介をする。
「モリブデンです……今日、ヒーローになりました」
「そうか、それでそっちに座っている戦闘員は誰かな?」
「さあ? 勝手についてきて座っている人です」
人相がわからない戦闘員が、ペコリと魔王に頭を下げる。
魔王の軽い談笑に心を許した、モリブデンは自分がヒーローとしてやっていけるのか、悩んでいると魔王に告げた。
モリブデンの話しを最後まで黙って聞き終わった魔王が、立ち上がって言って。
「助言のようなコトはできるが、最終的な判断は君自身がするしかないが……」
魔王は、道に落ちていた小石を河の水面に向かって投げる、投げられた小石は音速を越えて水面を二つに割り、粉々に砕けて消えた。
「君がヒーローと決めたなら、誰がなんと言おうとヒーローで良いと……わたしは、そう思う」
「怪人を倒すヒーローでも、ですか?」
「君がそのコトで悩んでいるなら、怪人を倒さない正義のヒーローが一人くらい、いても良いではないか。
ヒーローやディランの定義など、あやふやなものだ」
魔王は、そう言って爽やかに微笑んだ。
回想からもどってきた
モリブデンが、子供たちの野球を見ていると。
黒烏号のペダルをこいで、亜区野組織の戦闘員がモリブデンのところにやって来た。
ママチャリを止めた戦闘員は、モリブデンの前で被っていた覆面を脱ぐ、覆面の下から少女の顔が現れた。
首から下を全身タイツの女性戦闘員が言った。
「モリブデンさま、緋色軒に緋色さんが大至急来て欲しいと……ヒーローの力を借りたいと」
「緋色さんが? わかった」
モリブデンが黒烏号に乗り、ママチャリの後ろに乗った女性戦闘員がモリブデンの体にしがみつく。
モリブデンが言った。
「大丈夫か? オレが黒烏号をこぐと、時速百キロは軽く越えるぞ……降りて後から、歩いてきた方が」
「あたしも、強化人間の戦闘員です速度百キロくらい平気です……それに」
女性戦闘員は、モリブデンの少し皮膚がヌメッとする体に、強くしがみつく。
「行き場が無かった、あたしをモリブデンさまは、亜区野組織の魔王さまに戦闘員として推薦していただきました……それだけで幸せです、モリブデンさまのお側にいられるだけで」
モリブデンは、現在この女性戦闘員の実家に居候として世話になっている。
モリブデンがペダルをこぐと、黒烏号は時速百キロ以上で疾走した。
モリブデンが緋色軒に到着すると、店内には極神京介・緋色・勇者メッキ・魔女桜菓・恒河沙・カッパーロボたちがいた。
集まっていたメンバーを見て、モリブデンが言った。
「こりゃまた、豪華なメンバーだな……いったい何が起こった?」
緋色が、戦慄戦隊ジャアクマンの魔王真緒、襲撃計画が進行しつつあるコトを伝える。
「これを見て」
緋色がテーブルの上に広げた春髷市の地図を、集まった者たちは覗き込む。
「ここが、真緒くんの通学路、ジャアクマンたちは河骨をこのルートで走らせて、真緒くんを轢くつもりよ」
「車輪ルートの上に、春髷神社ありますね」
「冗談じゃない、博士の電器店がある商店街を車輪が通過する」
「おやっさんの喫茶店も、潰されますね」
「この緋色軒も被害区域に合まれるな……なんとしても企みを阻止しないと」
集まった者たちが、思案している最中に、こっそり店から抜け出そうとしているメッキを発見した桜菓が、老人姿のメッキを呼び止める。
「この非常時にどこへ行くつもりだ」
「アチの世界のいざこざは、オレには関係ない。勝手にやってくれ……オレは逃げるから」
無責任なメッキの言葉に少しムッとした桜菓は、赤い渦巻きのナルトを食べて太った老婆に変身すると、そのままメッキの上に跳び乗った。
魔女の尻に敷かれる勇者。
「ぎゃあぁぁ!!」
「逃げないで、みんなと協力するか……答えろ」
「わかった、逃げないから尻をどけてくれ!」
「本当だな、ウソだったら針千本入れた地獄の煮え湯を飲ませるぞ」
「ウソじゃない、魔女をダマしてどうする」
桜菓は、青い渦巻きのナルトを食べて、若い娘の姿にもどる。
上半身裸体のカッパーロボ・壱が緋色に訊ねる。
「しかし、ジャアクマンたちはいつ、襲撃計画を実行に移すつもりなんだ? 実行日がわからないと手の打ちようが」
「だいたいの日はわかっているわ……三日以内に、ジャアクマンは計画を実行に移すはずよ」
「どうして断言できる?」
「ジャアク・モスキートの映画撮影があと一日で終わる……そうしたら、モスキートが帰ってきて五人が揃う」
ここで緋色はタメ息をもらした。
「亜区野組織のロボット使い『デス・ミント』から聞いた話しだと、河骨は真緒くんを轢くために。
ジャアクマンに操られて走らされ町をメチャクチャにするコトを嫌がっている」
「河骨が?」
「正義のロボットだから、戦隊の主人から命令されれば従うしかないんだけれど……あぁ見えて、白骨機体の河骨はナイーブだから」
恒河沙が緋色に訊ねる。
「わたくし、思ったのですが襲撃が予想される期間だけ、真緒さまの学校を休校させるとか、通学路を変更していただくとかしてみたら?」
「そんなコトをしたら、ジャアクマンのヤツらキレて、河骨をさらにメチャクチャに走らせて、被害を大きくさせるわよ……あいつらは、目的のためには手段を選ばない連中だから」
カッパーロボ・弐がポツリと。
「ジャアクマンって、本当に正義の戦隊ヒーロー?」
と、呟いた。
とある国の映画撮影スタジオ──棺の中から起き上がった、黒マントの吸血鬼が寝起きに焼いたニンニクをかじる。
「カットッ! はいオッケーです。次はジャージに着替えたドラキュラが、日中の野外をジョギングして日光の耐性を作るラストシーンです……四十分間休憩を入れます」
ドラキュラ役の役者で実際には本物の吸血鬼一族の、ジャアク・モスキートはスタジオのパイプ椅子に座ると、赤い液体の飲み物を飲んだ。
「次のシーンを撮影したら、帰ってジャアクマンの連中と合流できるな」
モスキートが台本に目を通していると、一人の女性スタッフが鼻の片側を押さえてモスキートのところにやって来た。
「すみません、鼻血でちゃって……いつもみたいに吸ってもらえませんか?」
「しょうがないなぁ……こっちにおいで」
椅子から立ち上がったダンディーなモスキートは、鼻血を出したスタッフの鼻にキスをして、穴から溢れる生き血をすする。
モスキートから鼻血を吸われている、女性スタッフの表情は恍惚としている。
唇を鼻血で染めて、モスキートが言った。
「これで、止血しただろう」
「はい、止まったみたいです……ありがとうございました」
三日後──漆黒のマントをなびかせたモスキートが帰ってきて、戦慄戦隊ジャアクマンは全員が集結した。
河骨が沈む沼にやって来た五人が、強化スーツに着替えて登場時の名乗りをあげる。
「ジャアク・コックローチ!」
「ジャアク・モスキート!」
「ジャアク・ドクガ!」
「ジャアク・マダニ!」
「ジャアク・コバエ!」
「五人揃って、戦慄戦隊ジャアクマン!!」
五匹の害虫が、沼に向かって河骨の名を呼ぶ。
泥の中から、白骨走行機体の河骨が現れる。
「あ゙あ゙あ゙……あ゙あ゙」
妖怪オトロシのように、長い後ろ髪を生やしたガシャドクロの顔に。化けクジラのような肋骨の朧車の胴体、八個の白骨化した輪入道の車輪を回す、不気味なメカだった。
口と目から泥をしたたらせた河骨は、ジャアクマンたちを頭に乗せて走り出す。
春髷市に入る前に、緋色たちが立ちはだかる。
コックローチが薄笑いを浮かべながら言った。
「屍を越えていけってか……おもしれぇ、望みどおり、おまえたちを屍に変えてやらぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます