⑤恒河沙は、お百度参りの夢を見るか?
音恩の路上ライブも終了して、倒れているマダニとコバエだけが残っている場に、一人の美女がソフトドリンクを飲みながらやって来た。
黒髪でロングスカートの美女は、マダニとコバエを見下ろして呟く。
「あ~ぁ、目一杯やられちゃったじゃない……やっぱり、ジャアクマンは五人が揃わないとダメね」
うつ伏せになっているマダニから、声が聞こえてきた。
「だったら、隠れて見ていないで、早く出てきて助けてくれよ……まったく、おまえってヤツは毒虫みたいなヤツだな」
ゴロンと仰向けになったマダニは、空を見上げる。
「今までドコ行っていたんだ……ジャアク・ドクガ」
「ちょっと『大奥戦隊タマノコシジャー』の方にね……あたし、二つの戦隊かけ持ちしているから」
「大奥戦隊って、ドクガおまえ下半身にアレ付いている、男だろう?」
「男じゃなくて、ニューハーフ……タマノコシジャーには女装させた、男の娘もメンバーにいるから問題ない……ジャアク・モスキートのヤツは、まだドラキュラ映画の撮影が続いているの?」
「あぁ、リーダーのジャアク・コックローチは、まだ世界暴食グルメ旅を続けている……五人集まらないと【オレ・グロイゼ】と【河骨】を動かすコトできねぇからな」
「その、コックローチだけど国内に帰って来ているわよ……手当たり次第に、大食いチャレンジの店を食べ潰しているわよ」
「そうか、モスキートがもどってくれば全員揃うな」
恒河沙に会った桜菓は、喫茶店のテラス席で恒河沙に誘われてお茶していた。
恒河沙が、桜菓のティーカップにハーブティーを注ぎながら言った。
「わたくしが自分の意思で移動できる、戦闘空間発生マシンになった経緯ですか……そうですね、元々は設置タイプの無機質な大型機械だったんですけれど」
そう言って恒河沙は、どこかの悪の組織の集合写真を桜菓に見せた。
写真には、巨大な機械の前に笑顔で集まり並ぶ、幹部や怪人や戦闘員たちが写っていた。
「写真の背景に写っているのが、まだ動けなかった時代の、わたくしです……この写真は正義のヒーローとの最終決戦前夜に写したモノです。
写真から外れた場所に、巨大な顔をした横臥で寝そべるロボットのような大首領がいるのですが……シャイな首領でして、恥ずかしさで真っ赤になった顔で写り残りたくないと言って」
「いつから、今のような動き回れる姿に?」
「【銀河探偵ザ・ステン】と戦っていた時ですかね……その時に移動可能な機体に変えてもらいました」
恒河沙が取り出したデジタルカメラで、最近撮影したらしい画像を桜菓に見せる。
「これが、最近新しく『ご都合的な戦闘空間』に加わった、異世界とそこに居た住人です……魔女の桜菓さんなら、どこだかわかりますか?」
そこには、鏡が割れたような空間の向こう側から、剣の刃を川原の石で研磨している最中に、驚いた顔でこちらを見ている異世界戦士の姿が写っている。
桜菓が呟く。
「その画像……あたしとメッキがいた『コチの世界』だ、その驚いている男は一緒に魔王城へ旅をした仲間の戦士だ」
桜菓が恒河沙とティータイムをしていた頃──
モリブデンは、河原の土手に座って。
子供たちが少年野球に興じている姿を眺めていた。
怪人やロボットが人間の子供たちと、混じってプレイしている試合では、超人的なプレイが続出してピッチャー、キャッチャー、バッターが吹っ飛んでいた。
軟式ボールを握力で変形させて投げる変化球。
ピッチャーが高速回転をして、グランドに土埃を撒き上がらせる魔球。
大気圏外の人工衛星を撃ち抜く打撃や、コンクリートの壁を何枚も貫通する打球。
地面をえぐるスライディングなどもあった。
河の向こう側には、湾から上陸した巨大生物の怪獣が、鎖に繋いだ巨大な海洋犬の散歩をさせている。
「平和だなぁ」
モリブデンが、ほっこりしていると、水浅木音恩の顔写真がプリントされた紙袋を提げて、土手の道を歩いてきた女性がモリブデンに話しかけてきた。
「あの時はどうも」
路上ライブで、ジャアクマンの二人に絡まれてナンパされていた。女性の姿がチワワ怪人に変わる。
「助けてもらった、お父さんもお母さんも元気だワン」
「そうか、元気そうでなによりだね」
チワワ怪人は人間の姿にもどると、モリブデンに一礼をして去っていった。
モリブデンは回想する。
(あの時……チワワ怪人の親子を助けなければ、ヒーローにはなっていなかった)
【モリブデンの回想②】亜区野組織と正義のヒーロー連合の決戦前──怪人のモリブデンは、路地裏に壊滅した悪の組織の残党怪人。
チワワ怪人の親子を追い詰めていた。
「妻と娘には手を出すなワン! 二人だけは見逃して欲しいワン!」
プルプルと震えながら、小さい体で立ち上がって妻と幼い我が子を必死に守ろうとしているチワワの怪人に、モリブデンは胸が熱くなった。
チワワ怪人の前にしゃがんでモリブデンが言った。
「行ってください」
「いいのかワン」
「オレも、ヒーローに壊滅させられた組織の怪人ですから……残党で追われる側の気持ちはわかります。魔王城に行けば保護してくれるはずです」
チワワ怪人の親子が人間の姿に変わる。
「ありがとう、この恩は忘れない」
去っていく親子を見送ったモリブデンは、ジャアクマンのアジトにもどった。
帰ってきたモリブデンに、ジャアクマンのリーダー、巨漢で大食漢のジャアク・コックローチが激怒する。
「残党怪人を見逃して、オレたちにバレないとでも思ったか!」
かぶりついている巨大ハンバーガーのケチャップソースで、口の周りが汚れたコックローチはモリブデンに向かって。
壊滅させて捕まえた悪の組織の覆面戦闘員を投げつける、体を軟質化させたモリブデンは投げられた覆面戦闘員の体を優しく受け止めた。
横にはち切れそうなほど伸びた赤いTシャツを着た、コックローチが大型ペットボトルに入った炭酸飲料を一気飲みして言った。
「げフッ……モリブデン、おまえ…… どこにも行くあてが無かった時に、オレたちに拾われた恩を忘れたワケじゃないだろうな」
「恩義は感じています、でもジャアクマンが壊滅させた組織怪人の残党狩りをやれだなんて」
「正義の味方の言うことが聞けないっていうのか……おまえも、偉くなったもんだな」
少し考えていたモリブデンが、コックローチに言った。
「オレ……怪人の残党狩りをやるくらいだったら、ヒーローになります」
「はぁ? 怪人のおまえがヒーローにか?」
ジャアクマンたちの冷ややかな笑い声が地下室に響く。
「おもしれぇ、やれるもんならやってみろ……ヒーロー仲間になるなら、おまえが何をやっていてもオレたちには関係ねぇ……どこへでも好きなところに行っちまえ」
今まで世話になった意味を込めた一礼をジャアクマンたちにすると、怪人ヒーロー宣言をしたモリブデンはアジトから出て行った。
モリブデンの後を追うように、覆面戦闘員も一礼をして出て行った。
戦慄戦隊ジャアクマンのアジトから出たモリブデンは河原の土手に座って。
少年サッカーチームが、二チームに分かれて練習試合をしているところを眺めていた。
少年たちは、サッカーボールが高速回転の摩擦熱で燃え上がる必殺シュートや、竜巻を引き起こす常識を無視した必殺シュートを次々と放っている。
ゴールを守るキーパーも、ボールがゴールネットを突き抜けて破らせないために、必死に止めた回転し続けるサッカーボールからは摩擦の白煙が出ていた。
モリブデンの傍らには、なぜか同じようにアジトからついてきて。同じように膝抱え座りをしている覆面戦闘員がいた──悩むモリブデン。
(ヒーローになるって宣言したけれど、いったい何をすればいいんだ……怪人を倒す? 特定の悪の組織と闘う? 魔王を倒す? 地域のために清掃活動? 具体的にヒーローってなにすればいいんだ。そう言えば変身した姿でご近所の人と一緒に、ゴミ拾いをしているヒーローって見たことがないな??)
モリブデンが土手で悩み続けていると、声をかけてきた人物がいた。
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