⑥ ラスト


 数十分後……畑の前で両腕を広げ、スッポン怪獣の進行に立ち塞がるビネガロンの姿があった。

《ここは、オレの畑だ! 迂回しろ!》

《はぁ……虚しい》

 スッポンドンが忠告を無視して踏み出した瞬間、ビネガロンがキレる。

《やんのか!! 上等だ!! 来い、妖刀『ビル風』!》

 ビネガロンの呼び声に応じて、都市の方から鞘に入った巨大な日本刀が、高層ビルを数棟貫通させてビネガロンの手中に向かって飛んできた。


 その昔、戦国時代の城主が刀鍛冶に「この世に二つと無い名刀が欲しい」の依頼に、巨人でなければ持ち上がらないほどのバカでかい日本刀を作って、冗談で献上したところ。

「余を愚弄する気か!」と、激怒した城主から、その場で刀鍛冶が手打ちにされた曰く付きの妖刀『ビル風〔旧名・城斬り〕』だ。


 ビネガロンはビル風を鞘から抜くと、抜いた鞘は近くの鎮守の森に放り投げ、鳥居と社が鞘の下敷きになった。

《どりゃあぁ!》

 切っ先をスッポンドンに向けて突き出すと、まるでコンニャクでも刺すようにビル風はスッポンドンの体を貫通して背中から刀身が半分ほど突き出てしまった。

 血も流れず、痛がっている様子もないスッポンドンにビビり、ビル風の柄から手を離すビネガロン。

《なんだ、こいつ? 気持ちわりぃ》

 その時、黄色いカメ怪獣の体から平安時代の姫君のような幼女が、ヒョッコリと顔を出した。

《!?》

 幼女……地中人の【京紫の君】は、スッポンドンの体から抜け出ると。スカート丈が短い十二単の格好で地面に立ち、ビネガロンに向かって両腕を水平に広げると涙目の哀願口調で言った。

「スッポンドンをいじめないで欲しいのじゃ……地上に出て来たのは悪気はないのじゃ、スッポンドンは地上で景色を眺めながら温泉に浸かりたいだけなのじゃ」

 どうしたらいいのか困ったビネガロンは頭を掻く。


 ビネガロンがカメ怪獣の対処に困惑していると、足元から国防の声が聞こえてきた。

「人間の力を信じろビネガロン! オレたち同じチームの仲間だろう! オレたちを操縦席に乗せろ、オレに考えがある」


 東雲が乗ってきたレンタサイクルのサドルを叩くと、レンタルサイクル業で収入を得ている三台の自立した自転車は倒れるコトなく、一直線に並んで走ってきた道を帰っていった。

 レンタサイクルは、怪人ヒーロー『モリブテン』の ママチャリ愛車『黒烏号』〔くろからす号〕と同種族の超古代文明の遺産で、最高速度はオートバイの速度を軽く越える。


 国防の言葉に苦笑いをしながら舌打ちするビネガロン。

《チッ、しかたがねぇな》

 ビネガロンは国防たちを次々と摘まんで口に運び飲み込んだ、各自がマシンの操縦席に収まる。

 操縦桿を握った国防が熱く叫ぶ。

「いくぞビネガロン! 再合体だ!」

《おぉ!!》

 ビネガロンの体が三機のマシンに分離して、空中で合体する。

「強酸合体! ゴーッビネガロン!」

 酸っぱい匂いの液体が機体からブシュゥゥと、スプラッシュしてビネガロンは合体した。

「合体完了! 暁のビネガロン!」

 ポーズを決めたビネガロンが言った。

《で、どうするんだ?》

「任せろ、問題解決にはこれが一番だ」

 いきなり土下座したビネガロンが、腕立て伏せをするように上下に動く。

「カメさんをイジめて。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 ハイパー土下座だった。ビネガロンが赤い顔をさらに赤くする。

 スッポンドンは、腹切りの逆再生をするように『ビル風』を体から引き抜くと、丁重に地面に置いた。

 スッポンドンの頭上に渦巻いていた雲が少し散り、雲の隙間から日の光が漏れる。

《はぁ……少し気分晴れたから、地中に帰ろう》

 背を向けて去っていくスッポンドン。

 京紫の君はビネガロンにペコリと頭を可愛らしく下げると、スッポンドンの足首に飛び込み消えた。

 土下座から立ち上がって、膝についた土を払い落としたビネガロンは怒りに拳を握り締める。

《国防! 土下座がお前が考えた最良の解決方法か!》

「最良の方法だろう、オレはこの方法で世間を渡り歩いてきた、文句あるか」

《…………》

 返す言葉を失い呆れるビネガロン。


 その時、いきなり地面から回転する艦首ドリルがビネガロンに向かって突き出し。

 ドリルの下に赤ら顔をした酔っぱらい親父の顔がある、地中戦艦『呑龍』が飛び出してきた。

《うぃ~もう飲めねぇ》

 呑龍のドリルを両手で受け止めて回転を止めたビネガロン。

 呑龍の中から地中海賊『キャプテン・レグホーン』の声が聞こえた。

「このチャンスを逃すな、一気に地上を制圧だぁぁぁぁ!」

 ビネガロンは呑龍を地面から引き抜くと、ブンブンと振り回して樹木の茂る山に向かって放り投げる。

《どいつもコイツも、オレの畑を荒らすなぁ!》

 山にドリルの先端が刺さった呑龍は、そのままドリルを回転させて虫のように地中に消えた。

 ビネガロンがビル風に命じると、鞘と刀身が引き合うように勝手に収まり、 刀の鍔〔つば〕が山の一部を削って飛んできた時と同じように都会に向かって飛んでいった。


 安堵しているビネガロンに向かって、今度は足元から怒鳴り声が聞こえてきた。

「バカ野郎、村をメチャクチャにしやがって! ビネ吉」

 変形したトラクターに乗った。

 田中伊藤鈴木中村渡辺山田Jrさんがビネガロンを睨みつけていた。

《田中伊藤鈴木中村渡辺山田Jrさん……オレ、村と畑を守るために》

「クソ長い名前だから 山田Jrでいい、ビネ吉が村にいると怪獣やら地中戦艦がやって来て迷惑なんだよ。バロメッツはオレが育ててやるから、仲間と一緒に村から出ていけ!」

 トラクターを操作して、ビネガロンに背を向ける山田Jr。

「オレが背を向けている間に、とっとと行っちまえ」

 山田Jrに深々と一礼したビネガロンは、ビネジャンプをするとそのまま飛んでいった。

 ビネガロンの姿が崖の向こう側に隠れて見えなくなると、山田Jrが小声で。

「達者でな、ビネ吉」

 と、いう呟きが聞こえた。


 空を飛ぶビネガロンの両目からウインドウォッシャー液が出て、ワイパーが動く。

 国防が言った。

「泣いているのか?」

《バカ野郎! これは心の汗だ! これからもよろしく頼むぜ》

「おぉ、こっちこそよろ……うぷっ、気が緩んだ途端に乗り物酔いの吐き気が……うげぇぇ」

《この野郎! 操縦席で酸っぱい匂いさせんじゃねぇ!! 出すなら排出パイプに出せ!!》

 ビネガロンは排出口から撒き散らかされる、異臭の液体で虹を作りながら飛行した。

 マオマオくんの世界は今日も平和です。


第三章【逃げた正義の赤い巨大ロボットと憂鬱な黄色いカメ怪獣】~おわり~


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