第三章・逃げた正義の赤い巨大ロボットと憂鬱な黄色いカメ怪獣

① 【迷彩ベース】は秘密基地

 その日、秘密基地『迷彩ベース』の休憩室に巨大合体ロボット『暁のビネガロン』のビネタンク操縦者。

 心優しき巨漢男の【山吹】が持ってきた、一冊の農業雑誌を仲間の操縦者たちに見せて言った。

「これを、見てくれ行きつけの本屋で見つけた……表紙を数週間前から行方不明のビネガロンが飾っている」

 山吹が差し出した雑誌の表紙を見た、ビネガロンチームの中でBL妄想好きな紅一点の腐女子。

 アホ毛女でビネマリン操縦者【東雲】が紙コップで飲んでいた飲み物を「ぶはっ!?」と勢いよく口から噴き出す。

 やや痩身気味でニヒルな頬がコケた、ビネジェットの操縦者【国防】が手にした農業雑誌の表紙を見てワナワナと震える。

 そこにはストローハットを被り、カメラ目線で農作業をしながら笑っている巨大ロボットが写っていた。

 呟く国防。

「こんなデッカイ、麦わら帽子どこに売っていたんだ?」

 床に飛沫した飲み物を、モップで拭きながら東雲が言った。

「国防、つっこむところはそこじゃない。確かビネガロンのヤツ、数週間前に『ちょっくら朝焼けの海を見てくる』って言って出て行ったっきり行方不明に……それがどうして、農作業雑誌の表紙になっているんだ?」

 チーム共通の、ツナギ風ユニフォームの襟元から、閃光王女狐狸姫に登場するアニメキャラがプリントされたTシャツが覗いている山吹が言った。

「国防、ビネガロンを迎えに行くのか?」

「あまり気は乗らないな──アイツ、操縦者をナメているから」

 モップで床を拭き終った東雲が言った。

「でも、うちら正義の巨大ロボットありきの存在だから……ビネガロンがいないと、単なるダメダメ人間の集まりだから」

「そこまで言うな! う~ん、でもなぁ新橋博士はシンポジウムで長期間不在だし、なんかビネガロンを迎えに行く気力起きないんだよな」


 新橋博士とは、迷彩ベースの所長でビネガロンチームの司令官的役割の人物だ。

 顔色は悪く、ピンピンと横ハネをした癖っ毛のヅラを外すとクリアーな頭蓋骨パーツの中に脳ミソが見える──脳ミソが浮かぶ脳脊髄液の中には数匹のクリオネが泳いでいて、性格は金銭に関して強欲でケチで守銭奴だ。


 東雲が国防に訊ねる。

「ところで、ケチな新橋博士が出掛けたシンポジウムって、なんのシンポジウム?」

「なんでも、旅費や宿泊費や食事代がすべて主催者持ちの『巨大ロボットの鉄板パターン研究』のシンポジウムらしい……主催は亜区野組織」

「あっ、そういうこと……道理で博士がウキウキ顔で出掛けたワケだ、本当にビネガロンを迎えに行かないの?」

「う~ん、心に熱いモノがたぎれば、迎えに行きたくなるかも知れないが」

 山吹が、懐からDVDを取り出して言った。

「じゃあ、この『暁のビネガロン誕生DVD』の編集前の映像でも観て、オレたちがチーム結成させられた日の昔話しでもするか……少しは熱くなれるかも知れないから」

「新橋博士が販売用に作って在庫扱いになったDVDの元の映像か。まっ、暇潰しに観てみるか」

 三人はDVDを再生した。


 学習型自立人工知能内蔵の新型巨大合体ロボットの完成披露を祝福する、打ち上げ昼花火の音が晴天に響き渡る。

 式典に【ビネ粒子研究所】の所長として出席している新橋博士は、電卓で弾き出した数字を眺めながらにやけていた。

「よしよし、余った高級料亭の仕出し弁当を取材メディア側に、高く売れば儲かるな。

おいっ、しっかり撮影しろよ後で編集してDVD販売するんだからな」

 中古のホームビデオカメラで強引に撮影役をやらされている所員は嫌そうな顔で新橋博士を映す。

「博士、やっぱりムリですよ……こんな中古品で手ブレをしないように撮影しろだなんて」

「何を言っている、撮影のプロに頼むと高額な金を取られるから、無料で済む所員に撮影させているんだろうが、言っておくが撮影費は一切出さないからな」

 国に金を出させて用意させた、仕出し弁当の余り分を中身を少しづつ別の弁当空容器に取り分けて。二個の弁当を三個にするほどケチな新橋博士と、ビデオ撮影所員のやり取りを。

 研究所の雇われ警備員姿でドア近くに立って、横目で見ている国防は。

(こんなケチな人間が、自分の上司だったら最悪だな)

 と、思っていた。


 国防が新橋博士を眺めていたのと同時刻、会場敷地内にある格納庫内にあるブルーシートテントの控え場では。

 接待の臨時バイトで雇われたメイド服姿の東雲が支給された安いコンビニ弁当を食べて、ペットボトルの水を飲みながらメイドカフェ仲間に不満を漏らしていた。

「本当に、この仕事バイト代出るの? 交通費も自腹でアルバイト先のメイド制服で来賓の相手をしろだなんて」

「研究所の所長がケチで有名な人だから……あまり期待しない方がいいわよ」

「このバイトでお金入らないと、今月の生活費少しヤバいんだけれど……BL同人誌の新刊も買わないといけないし」

 格納庫には廃棄処分が決定している。メタリックグリーン色の輝きを放つカプセル剤型のボディーに、ドリル頭のロボットが体育座りの格好で放置されていた。

 東雲が同僚のメイドに質問する。

「この緑色の巨大ロボット、なんで廃棄されるの?」

「なんでも、最初に作ったロボットだけど、合体変形しないと国からの研究予算金が打ち切りになると知っての処分らしいよ……某国の冬場に道路工事がやたらと増えるのと同じ理由みたい」

「ふ~ん、何かよくわからないけれど、もったいないなぁ」

 東雲はペットボトルの水を、チビりチビりと飲みながらアホ毛をピクピク動かした。


 東雲がバイト仲間とそんな会話をしていたのと同じ頃──会場内を清掃している清掃職員の山吹は、自分のロッカーの中にある未開封のアニメキャラフィギュアに心躍らせていた。

(仕事終わったら、開封してじっくりと眺めて……楽しみ)

 山吹の興味は、すでに巨大合体ロボットの完成披露イベントよりも、 閃光王女狐狸姫に登場する蒼き姫【水竜王女・蛟姫】〔みずちひめ〕の新バージョンフィギュアに向いていた。


 そして、いよいよ新型巨大合体ロボットを披露する時間がやってきた。

 司会進行役の女性が新橋博士を紹介した後、ロボット公開に先立てて。

 一般公募した新型巨大合体ロボットの、決定した名称発表が行われる。

「数多く寄せられたロボット名称候補の中から、厳選な審査の結果選ばれたのは、春髷市〔はるまげし〕ラグナ六区にお住まいの『魔王真緒』さんの【暁のビネガロン】です!」

 式典スタッフの女性が決定した、ロボット名が書かれたパネルを掲げる。

 パネルに向かってフラッシュが一斉に光る。

 メディア関係者の中からはどよめき声と「魔王の息子が応募した名称が正義のロボット名に?」そんな囁きが聞こえていた。


 吹奏楽器が鳴り響き、人力で開いた床から布を被せられた巨大ロボットがせり出してきた。

 マイクを握った新橋博士が言った。

「本来なら公開料を徴収したいくらいだが、国家予算の一部を研究所建設やビネマシンの制作に使わせてもらったので、特別に無料公開だ──その目に正義の巨大ロボット『暁のビネガロン』の勇姿を焼きつけて、思う存分インスタグラムで宣伝するがいい!」

 巨大な布が引っ張り外され、正義の顔をした赤い巨大ロボットが姿を現す。

 色鮮やかなバルーンが青空に向かって上昇するが、充填したガスの量をケチリすぎたためにすぐに下降してきた。

 バルーンと同時に放たれた鳩の一羽が空中で、鷲に襲われ餌食になった。

 新橋博士がドヤ顔で言った。

「これからデモンストレーションで再合体変形させるが。

暁のビネガロンは三機のマシンが合体変形して完成する──まだ、マシンのパイロットが決まっていないので、自動操縦で合体変形させる──ちなみに学習型人工知能はデモンストレーションだから本格稼動はさせない……まずは頭部と胸部がビネジェットのパターン」

 ビネガロンが三機のマシンに分離して再合体する。合体時にモザイクが発生して、どんな合体変形をしたのかわからなかった。

「合体変形プロセスは企業秘密だ、次はビネタンクが上部のパターンだ」

 マシン分離したビネガロンが、逆立ちした格好で合体変形する。

「最後はビネマリンがリーダー機パターンだ」

 合体して、うつ伏せ姿勢になったビネガロンが地面に横たわる。

 どの順番で合体してもロボットの形になった。

「どうじゃ! これがビネ粒子の力だ! あっははは……ひひひっ……わ、笑いが止まらない? し、しまったこれは笑気ガス!?」

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