⑤ラスト


 真緒たちの海水浴は続く──砂で三体目の『閃光王女狐狸姫』の全身像を作り上げた真緒の近くに、海斗と果実の熱闘ビーチサッカーバレーの舞い上がった砂が飛んできて。

 狐狸姫の髪に少しかかる──真緒の全身から吹き出す怒りのオーラ。

 怒りに我を忘れて咆哮する魔王真緒。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 頭から山羊のような角を出して山羊の目に変わった怒りの真緒が、突進して来るのを見て、慌てて海へと逃げる海斗と果実。

「やべぇ! 真緒を怒らせちまった!」

「逃げて逃げ切って、真緒の怒りを鎮めないと、世界が崩壊させられる!」

 泳いで逃げた海斗と果実を追って、海へと入った真緒の後方の海が真っ二つに割れて海底が露出して、すぐに押し寄せた波で閉じる。

 クリアーな強化スーツを着た水着姿で砂浜に立ったナメ子は、真緒たちが泳ぎ消えた水平線を眺めながら。

「海って怖い場所だな」と、呟き。

 海岸の外海で海中から「マリンスノー・ガラクティカ!」の絶叫と同時に等身のサザエ貝が、水柱と共に海中から海上に吹っ飛んでいくのが見えた。


 数時間後……夕暮れ迫る常夏海岸。

 イチゴのかき氷怪人は、水平線に沈む夕日を眺めて呟く。

「今日も無事に一日が終わったでやんすね……なんだかんだ言っても、平凡で平穏な日常の一日が一番でやんすね。そう言えば、今夜は花火大会だったでやんす」


 海水浴客が疎らになった海岸に、外洋遠泳してきた真緒たちが巡洋戦艦兼用の漁船に乗って帰ってきた。

 真緒の手には海外でしか購入できない、限定狐狸姫グッズの袋があった。

「見て、海の向こうの国で狐狸姫の海外グッズ買ってきちゃった」

 スッキリとした顔で幸せそうな笑みを浮かながら一色に見せる、残念なイケメン。

 海斗の方は大型の昆布やら、カジキマグロやらを泳ぎながら捕獲していた。

「今夜のバーベキューの食材、確保してきたぞ……なんか変な巻き貝も見つけた」

 海斗が差し出したアンモナイトを見た、一色が頭を抱える。

「また、ややこしい絶滅種を捕ってきて……どうするのよ、それ。世紀の大発見だったら大騒ぎよ……証拠隠滅するか」

 果実は腕からコウモリの羽を出して、パタパタと飛んでもどってきた。


 星空の夜……貸しバンガロー近くのバーベキュー場。

 網の上でジュージューと焼かれているアンモナイトがあった。

 満丸が焼きアンモナイトの香りに、口の中に溢れ溜まった唾液を飲み込む。

「ねぇねぇ、アンモナイトって美味しいの? 毒は無いの? そもそも食べられるモノなの?」

 満丸の質問には誰も答えない。

 海斗は金串に連なり刺した、肉厚で焼けた三体の黒い食用ヒトデにかぶりついていた。

 真緒が海斗が食べている黒いヒトデについて訊ねる。

「それ何?」

「近所で串に刺した生状態で売っていたから買ってきた、串焼き用の黒ヒトデ──『黒い三連星』とか書かれて売られていたな、真緒も食べろ美味いぞ」

 バーベキュー網の上には、カジキマグロの輪切りや、頭部も乗せられ豪快に焼かれている。

 近くの木の長い椅子に水着姿で座っているナメ子は、ワイワイ楽しんでいる真緒たちを眺める。

 バーベキューの着火ライター代わりに火を吹いたナメ子の唇の端から、緑色の液体が垂れているのに真緒は気づく。

「東名さん……何か緑色のモノが唇の端から?」

 ナメ子は「ヤバッ!」と、言いながら近くの石に向かって、口の中に溜まっていた緑色の体液を吐きつける。

 体液が付着した石から白煙が出て、表面が発砲スチロールのように石が溶けはじめた……溶解液だった。

 ナメ子は、唇に残った溶解液をハンカチで拭う。ハンカチからも白煙が出てボロボロに穴が開いていく。

「火炎袋の近くに、溶解液袋もあるから……うっかりすると、両方出てきちゃうんだ、オレも口の中の苦味が消えたら食べるから。先に食べていてくれ」


 真緒たちから少し離れた木陰では、木の幹に背もたれた飴姫と木の根元から生えている陸に上がった舟幽霊たちも。

 金串に刺した奇怪な古代生物の亜種でイカほどの大きさにまで成長した『タリーモンスター』を焚き火の炎で焼いて食べて海岸の夜を楽しむ。


 海鮮バーベキューを楽しんでいた一色は、何かを思い出したように首をかしげる。

「あれ? 何か浜辺に忘れてきているような? まっ、いっか」


 真緒たちが楽しんでいると、グッタリとした昼型活動ガニィ星人の妹を脇に抱えた、夜型活動ガニィ星人で姉の『藍』が元気いっぱいでやって来た。

「はぁ~い、真緒くん。楽しんでいる? 差し入れ持ってきたわよ」

 藍は妹の腹を拳で強打する。

「おらっ、さっさとカニ吐き出せ!」

「おごぁ……ごぼっ」

 口からカニを一匹丸ごと吐き出す茜。

 藍は茜が吐き出したカニを真緒たちに差し出す。

「焼いて食べて、あたしたちガニィ星人からの、ささやかな気持ちだから。さあ、行くわよ茜、夜はまだまだ長いわよ」

「お姉ちゃん……夜は眠らせて……もうダメぇ、眠くてしかたがにゃいのぅ……ぐぅぅ」

「起きろ! 寝かさないわよ、昼間のお返し、一晩中連れ回して遊び倒すわよ……それじゃあね、真緒くん」

 元気な姉に抱えられてズルズルと連れ去られていく茜の「朝になったら覚えていろ」の小声が聞こえてきた。

 真緒が離れて座っているナメ子のところに、焼けた海鮮バーベキューを紙皿に乗せて持ってきた。

「はい、東名さん……食べられる状態なら食べてね、ジュースやお茶もあるよ」

 ナメ子は真緒から紙コップに注がれた飲料で喉を潤す。

 真緒がナメ子に親切にしているのを横目で見ながら果実は、オレンジジュースをペットボトルごと自棄飲みして「けっ!」と毒づく。

 横に座った真緒の横顔を、少し頬を赤らめて見るナメ子。

「あのぅ、真緒さま……オレ、今日のコトは絶対忘れない……オレ、真緒さまのコト……どうやら」


 その時、夜空に打ち上げ花火の大輪が咲き。真緒たちは次々と打ち上がる花火大会の音と光りの競演を見上げ眺める。

 連続して夜空に咲き乱れる、大輪を見ながら真緒が言った。

「綺麗だね……また、みんなで来ようね。その時は東名さんも一緒に」

 花火の轟音の中、うなづいたナメ子の小声で

「オレのコトはナメ子って呼び捨てにしてもいいんだぞ」の言葉は花火の音に打ち消され真緒には届いていない。

 魔王真緒は、平凡で平穏な日常の幸せを噛み締めながら、仲間と一緒に天の川に咲く花火をいつまでも眺め続けた。


 そして夜の浜辺には、膝を抱えた体育座りをした雷太が一人……。

「誰でもいいから、ホタテ貝にツッコミ入れてくれよぅ……股間にホタテ貼ったらウケると思ったんだよぅ」

 と、ブツブツ呟いていた。


 マオマオくんの世界は、今日もすこぶる平和です。


第ニ章・【気合いのナメクジ少女と常夏の海岸】 ~おわり~

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