第ニ章・気合いのナメクジ少女と常夏の海岸
① 汗に負けるな!怪人ナメクジ少女!
夏の海は、いろいろな意味で危険がいっぱいだ。
海水浴場を低空飛行する巨大ロボット。
海中からいきなり現れて浜で漫才をはじめる、海の妖怪エロカッパと海洋スケベ半魚人のお笑いコンビ。
泳いでいる海水浴客の後ろからついてきて上陸してくる、人懐っこい小型首長竜。
夕暮れ時に浜辺で寄りそうカップルを、吸引光線で釣り上げて遊ぶUFO──夏の海は危険がいっぱいだ。
夏休みが近いある日──真緒、海斗、満丸、雷太、果実の五人は、近所の公園に集まって夏休みの相談をしていた。
マオマオが言った。
「それじゃあ、このメンバーで決まりかな……今年は『常夏海岸』に泊まりで海水浴に行くってコトに」
頭だけを深海サメの頭に部分怪人化させた、銀鮫海斗がうなづく。
海斗は、頭部をさまざまな鮫の頭に怪人化させるコトができる。
「異義なし、去年は『常冬の雪山』にスキーで満丸が大変なコトになったもんな……今年は海で決まりだ」
まんまる体型の、戦闘員見習い。灰鷹満丸が照れくさそうに頭を掻く。
灰鷹満丸の体型は、ほぼ球体で歩くより転がった方が早い。
小学校の運動会では玉送りの競技で、大玉と間違われて転がされるほどだ。
満丸は真緒を、アニメ『閃光王女狐狸姫』のヲタク世界に引っ張り込んだ張本人でもある。
「去年はボクがゲレンデで、上から転がってきて、スキー客を巻き込んだ大きな雪玉が完成したね」
灼熱雷太が思い出したように笑い転げる。
「あはははは、そうだった……転がってきて止まった、でっかい満丸雪玉の上にオレと真緒がもう一つ雪玉乗せて、雪ダルマ作ったんだよな」
暗闇果実が、少し呆れた表情で腕組みをして言った。
「まったく、あなたたち昨年はスキー場に何しに行ったのよ……満丸は雪ダルマの中で冬眠はじめちゃうし、海斗と雷太はガチの雪合戦でスキー場を恐怖に陥れるし。
あの雪合戦はほとんど戦闘レベルの雪合戦だったわよ……真緒は真緒で、アニメキャラの雪像祭りはじめちゃうし。
普通に滑っていたの、あたし一人だったじゃない」
ゲレンデに爆撃のように降り注ぐ雪玉、樹木を貫通する連射雪玉、まさに海斗と雷太のガチな雪合戦で昨年は、戦場と化したゲレンデを逃げ惑うスキー客で溢れていた。
鮫から人間の顔にもどった海斗が、果実に言った。
「海ではちゃんと泳ぐから」
「どうだか」
真緒が言った。
「じゃあ、五人で海水浴に行くってコトで最終決定を……」
果実が何かを思い出したように手を挙げる。
「ちょっと待って、マオマオ……もう一人、海水浴に行きたがっている女の子がいたのを思い出した、みんなが行く時には誘って欲しいって頼まれていた」
「誰? 仲間は多い方が楽しいから大歓迎だよ」
「あたしの友だちの『東名ナメ子』〔とうめいなめこ〕」
その名前を聞いた途端、果実と真緒を除く他のメンバーは険しい表情をする。
少し間が空いてから、海斗が口を開く。
「ナメ子は、オレも知っているけれど……ナメクジ怪人の家系だよな……潮風を浴びても大丈夫なのか?」
不安そうな顔で、満丸が言った。
「ボク、嫌だよ……砂浜で溶けていく、ナメ子ちゃんを見るなんて」
「あたしも一度は、ナメクジに海水浴はムリだって言ったんだけど……塩分に耐性を作るんだって、頑張っているみたいだから」
真緒は果実の言葉に首をかしげる。
「塩分に耐性、どうやって?」
「実際に合って話しを聞いてみる? 確か今日は公園近くの陸上トラックを走っているはずだから」
真緒たちは、ナメ子に会うために陸上トラックへと向かった。
陸上トラックでは、陸上部の東名ナメ子が汗だくで疾走していた。
「汗が染みる……負けてたまるか! 溶けてたまるか!」
自己の汗との壮絶な闘いをナメ子は繰り広げていた。
ショートヘアで文武両道の女子、ナメ子は女子生徒にも人気がある。
ナメ子が木陰で休んでタオルで汗を拭いて塩分無添加のスポーツドリンクを飲んでいると、真緒たちがやってきた。
「ナメ子、頑張っているね」
果実が手を振ると、ナメ子も軽く手を振り返す。
スポーツドリンクを飲みながら、ナメ子が答える。
「なんとか、自分の汗で簡単には溶けないまで耐性ができた……子供の頃はすぐに溶けていたけれどな、あっ! 真緒さまも一緒ですか」
「こんにちは、東名さん……今度、みんなで海水浴に行こうって相談していたんだけど……果実の話しだと東名さんも行きたいとか……海の水は塩辛いけれど大丈夫?」
ナメ子の瞳が歓喜で輝き、頭からナメクジの触覚がピョコンと飛び出して、また引っ込む。
「よっしゃあぁぁ! 今までずっと準備を続けてきた、海水浴の誘いがついに、オレのところにもきたーーーーっ!!」
頭上に片手の拳を掲げ、待っていましたのポーズを決めるナメ子。
ちなみにナメ子は自分のコトを『オレ』と呼ぶオレ女子だ。
興奮気味のナメ子。
「いつ行く!? 今行く!? どこの海水浴場だ!!」
頭だけナメクジ怪人に部分変身して、真緒に問い詰めるナメ子を真緒から引き離す海斗。
「落ち着け!! みんな、おまえが本当に塩分に耐性ができているのか、疑問視しているんだよ……まずは、そこの部分を確認させてくれ……そうしないと不安でしかたがない」
ナメクジ頭から、人間頭にもどるナメ子。
「なるほど、確かにそれはある」
真緒が質問する。
「ねぇねぇ、東名さんが溶けちゃった時にはどうすればいいの? もう、それで終わりなの?」
「子供の時はいつも近くに運良く誰かがいて、溶けた体を底が浅い容器に入れて、冷蔵庫で冷やせば元にもどっていた」
「へえ~っ、まるで、ゼリー菓子みたいだね……もしも近くに誰もいなかったり、万が一トイレに入っている時や、雨の日に野外で溶けちゃったらどうなるの?」
「そんなケースは今までに、一度もなかったけれど……そうなれば、水と一緒に流されて……ジ・エンドだ」
ナメ子の言葉を聞いた者たちはドン引きする。
「溶けて水に流れりゃ終わりって……それって、かなりヤバくない?」
しばらくして海斗が言った。
「これは、どこまで塩分に耐性ができているのか確かめる必要があるな」
真緒が海斗に聞く。
「どうやって?」
「極神の作る塩ラーメンを食べさせてみるってのはどうだ」
「『緋色軒』のラーメンを? それいいかも知れない」
「それじゃあ、早速ナメ子を連れていくか……オレも少し腹が減ってきたからな、ナメ子覚悟はいいか」
「どんとこい!! 塩分に耐えてみせる!!」
真緒たちはナメ子を連れて、極神狂介が中華鍋を振るう中華飯店『緋色軒』へと向かった。
席で塩ラーメンを注文すると、しばらくして太モモのガンホルスターに宇宙銃を提げた緋色がナメ子の前に塩ラーメンを運んできた。
「はい、塩ラーメン。少し熱いから注意してね」
ナメ子は目の前で湯気が上る丼を眺める。
「これが塩ラーメンか……はじめて見た」
ナメ子は箸を取ると一口、麺を口に入れて慌てて口を両手で押さえた。
「うぷっ!?」
心配する真緒たち。
「無理しなくていいからね……吐き出してもいいから」
「我慢できなかったら酢だ、酢を飲んで口の中で中和させろ」
「食べられなかったら、トイレの洗面台で吐いてきて」
首を横に振るナメ子は喉を鳴らして麺を飲み込む。
安堵する満丸と海斗。
「やったぁ、ナメ子さんが、極神さんが作ったラーメンを食べた」
「ここの塩ラーメンが食べられたら、他の店のラーメンも大丈夫だろう」
厨房の中から、真緒たちのやり取りを見聞きしていた狂介が、不機嫌そうな顔で言った。
「悪気は無いのはわかるが──なんか言葉の端々が引っ掛かかるな」
緋色が狂介をなだめる。
「まぁまぁ、真緒くんたちは、いつもラーメン食べに来てくれるお得意様なんだから……大目に見てあげなよ。真緒くんたちも何か食べる?」
「オレ、海鮮味噌ラーメン」
「ボクは炒飯爆盛り」
注文を受けて厨房の狂介の動きが激しくなる
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