⑦ラスト
あまりにも早く、学校から帰ってきた真緒に驚き心配する瑠璃子。
「ど、どうしたのですか真緒さま……体調でも悪いのですか?」
「ちがうよ、忘れ物を取りにもどっただけ……また、すぐ学校に行くから。これを忘れちゃって」
そう言って真緒は手の平に収まるサイズの二個の、狐狸姫ぬいぐるみキーホルダーを瑠璃子に見せた、首を傾げる瑠璃子。
「これが何か?」
「瑠璃子さんには、違いはわからないかなぁ……これは、365日別バージョンの異なる、限定狐狸姫グッズなんだよ。こっちが昨日の狐狸姫バージョンで、こっちが今日バージョンの狐狸姫……うっかり、昨日バージョンの狐狸姫キーホルダーを通学カバンにつけて登校しちゃったのに教室で気づいて、交換するためにもどってきたんだ」
「はぁ……バージョン違いですか」
瑠璃子は白抜き点目の、唖然とした顔で真緒を見た。
瑠璃子と真緒の会話を聞いていた、メッキが横から会話に割り込む。
「おい、おまえ……『まおう』っていう名前なのか? その名前、誰につけてもらった?」
「魔王城に来た勇者さまから……百人以上の大パーティーでやってきた。スゴく立派な勇者さまだって」
真緒の言葉に驚く、勇者メッキ。
「なにぃぃぃぃぃぃ? おまえが、昨日の赤ん坊だと! 桜菓、説明してくれ!」
「おそらく、あたしたちがいた世界と、魔王が移住した世界では時間の進み方が異なっているんだと思う……ちなみにネットで検索してみたら、魔王は十数年前に散歩に出て、今だに魔王城に帰ってきていない」
「魔王がいない……だと」
ガックリするメッキ、荒船が真緒に言った。
「真緒さま、こちらの方が真緒さまの名づけ親になっていただいた、勇者メッキさまです」
「本当なの? ボクの名づけ親になってくれた勇者さまなの?」
荒船の言葉に真緒の目がキラキラと輝き。メッキに駆け寄った真緒はメッキの手を包むように握って言った。
「感激です、ボクに素敵な名前をつけてくれて感謝しています……ボクは毎日、狐狸姫のグッズに囲まれて幸せです……ありがとう、勇者さま」
感謝されて戸惑う勇者メッキ。
「おっ、おうっ……よ、良かったな。あっという間に大きくなったな」
真緒が、執事の荒船に言った。
「ねぇ、荒船さん……せっかくだから、勇者さんたちに魔王城に泊まってもらおうよ」
真緒の言葉にメッキは慌てて、帰る素振りを見せる。
「いや、オレたちはこれで帰る……昨日から、あまりにもいろいろありすぎて頭が混乱しているから、宿泊はまた今度」
「そうかぁ、じゃあ今度遊びに来た時はバジャマパーティーで、狐狸姫ルームでいろいろと語り明かそう……勇者さまに見せたいグッズが、いっぱいあるんだ。瑠璃子さん、勇者さまたちを青龍門までお見送りしてあげて……ボクは別ルートで、学校にもどるから学校から城まで護衛してくれた海斗と一緒に」
「はい、真緒さま」
入ってきた時と同じように先頭の瑠璃子に付いて、数歩進んだ勇者メッキは思い出したように真緒を指差して言った。
「魔王がいなかったらしかたがない、魔王真緒、おまえを魔王の代わりに倒すコトにした……覚悟しろ!」
真緒はニコニコしながら返答する。
「うん、いいよ……頑張って勇者さま」
桜菓がホウキでメッキの頭を叩くよりも、瑠璃子がメッキに向かってサイレント放庇をするよりも早く──メッキの体はボンッと白煙に包まれ、老体にもどった。
「またジジイの姿に? こ、腰が」
桜菓の「悪心が増えるとジジイに変わる」と呟く声が聞こえた。
メッキたちと、真緒が中庭から去り静かになり、クモ顔でくつろぐ荒船が独り呟く。
「また、真緒さまを倒そうとする者が増えてしまいましたな……まさか、コチの世界の勇者まで現れるとは、相変わらず真緒さまの周辺は賑やかでございますな」
魔王城を出て、行くあてもなく町を歩くメッキと桜菓……老体のメッキが言った。
「厄介な体だな……若者になったり、老人になったり」
「悪心を抱くと老人に、 人から感謝される善行で若者の姿になるみたいだから、いつも良い行いを」
「冗談じゃねぇ、四六時中、人から感謝なんてされていられるか」
「とにかく、この世界で住む場所を探さないと」
ホウキで少し浮かびながら進んでいた桜菓は、ある飲食店の前に貼ってあった張り紙を見て止まる。
【緋色軒】と看板に書かれた中華飯店の貼り紙に『二階空き部屋貸します』の文字があった。
店の中から。
「狂介! どこをほっつき歩いているのよ! 早く帰ってこい! 店が亜区野組織の戦闘員客で満員なのよ! ひぇぇ人手が足りない!」
女性が悲鳴混じりに怒鳴る声が聞こえてきた。
数日後──緋色軒の二階に、桜菓が住み込みで働くコトを条件に部屋を間借りした。
桜菓とメッキの姿があった。
「それじゃあ、明日から仕事お願いね……それなりの給金は出すから、助かるわぁ。
狂介のヤツはいつも出前の、丼回収に外に出るとなかなか帰ってこないから」
頭に三角巾を被り、エプロンをして、スカートから覗く太股のガンホルダーに宇宙銃を吊るした緋色が、桜菓にエプロンを手渡す。
「じゃあ、あたしは下で仕事しているから何か用があったら呼んでね」
そう言い残して、緋色は階段を降りていった。
緋色の姿が見えなくなると、老人メッキが桜菓に言った。
「はじめろ、あの青いヒトデみたいな一つ目悪魔を召喚して。ジジイの対価を無効にさせろ」
「本当に召喚するのか? 願いを叶えてもらって対価を、無効にするってのはちょっと」
「いいから、早くあの悪魔を呼び出せ」
桜菓は部屋の畳の上に、簡易魔法円を広げると呪文を唱える。
魔法円から出てきた灰色の煙の中で、バスタブに入って向けた背中を風呂ブラシで擦っている『悪魔インディゴ』の姿があった。
「ふん♪ふん♪ふん♪ わぁ! ビックリしたクマ……いきなりアポなしで、悪魔を召喚するのはルール違反だクマ」
開口一番、メッキがインディゴに言った。
「ジジイの姿にならないようにしろ!」
「いやだクマ!」
メッキとインディゴが言い争っていると、階段を駆け上ってきた緋色が勢いよくフスマを開ける。
「一階の厨房の天井から水滴が落ちてきたわよ、二階でいったい何を……いッ!?」
緋色は、畳が水浸しになったバスタボの中で泡だらけになって体を洗っていた、悪魔インディゴを見るなり。ホルスターから引き抜いた宇宙銃をインディゴに向かって乱射する。
「うちの店は、ペットの飼育禁止!!」
「きゃん、きゃん、きゃん!? クマァァア!」
インディゴは、犬のような四つ足姿勢で跳ねながら、開いていた二階の窓から慌てて逃げ出した。
緋色の宇宙銃から逃れたインディゴは、魔王城の外壁まで逃げてきた。
「いったいなんだクマ、勝手に召喚されて銃で撃ち殺されそうになったクマ……お腹空いたクマ」
壁際を歩いていたらインディゴは、ゴミステーションに出してあった青いポリバケツを見つけた。
「なにか食べ物でも探すクマ」
インディゴがゴソゴソとポリバケツ内を物色していると、壁の勝手口が開いてメイド姿の瑠璃子が出てきた。
瑠璃子は、ポリバケツを漁っているヒトデ型悪魔を一目見るなり、愛玩動物でも見るようなキュンとした視線で、エプロンのポケットから取り出した板チョコレートをインディゴの方に向ける。
「お腹空いているの? おいで、チョコレート食べる? こっちに来れば美味しいドッグフードもあるよ」
「きゃん、きゃん、クマァァァ」
青い一つ目悪魔インディゴは、そのまま瑠璃子に誘われるままに、魔王家の敷地内に入っていった。
第一章【最低勇者と魔王の息子】おわり
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