②ナメクジ怪人も海行きたい

 料理が出てくる間、緋色が真緒に質問する。

「みんなで海水浴に行くんだよね……誰か大人の人は?」

「ボクたちだけで行く予定だけれど」

「学生だけの海水浴は、あまり賛成できないわね……しっかりとした大人と一緒に、行った方が良くない」

「そっか、じゃあ緋色さんか、極神さんが一緒に」

「あたしと狂介はダメよ、お店があるから。その日は予約客が入っているし」

「じゃあ、ロボット工学の新橋博士とかと……一緒に」

 炎と格闘している狂介が厨房の中から怒鳴る。

「新橋博士はやめておけ! アイツは金に汚い強欲の化身だ! ビネガロン搭乗者の三人組もやめておけ、たまにラーメンを食べに来るが、あの三人は個性が強すぎる」

「じゃあ、死人寺のアカマタさんなら僧侶だから、立派な大人で一緒に……」


 真緒の言葉に今度は緋色が慌てて否定する。

「あの人はダメ……死者を蘇らす邪教坊主だから、海で変な儀式でもされたら海水場は大パニックよ、干物とか海産物がゾンビ化したらどうするのよ……

屋敷執事の荒船さんや、瑠璃子さんに相談して、一緒に行ってもらう大人を決めた方が良くない?」

「そっか、うん分かったそうする」

 真緒たちは、極神狂介が調理した料理を食べた。


『緋色軒』を出た真緒たちは、その足で真緒の屋敷へと向かった。

 屋敷で真緒たちの海水浴への付き添い願いを聞いた、執事の荒船・ガーネットは首を横に振る。

「ダメです……真緒さまたちだけで、海水浴へ行くなどもってのほかです」

 顔を単眼が並んだ剛毛のクモ男顔に変えた荒船・ガーネットが、クモの鋏角を蠢かしながら言った。

 荒船の近くにはメイド服で、スカンクに似た白黒のゾリラ獣人姿になった瑠璃子が立っている。

「スキー場へボクたちだけで行った時は、認めてくれたのに」

「常冬のスキー場の時は、冷奈ちゃんのご両親が経営されている洞窟ホテルだったので、特別に許可したのです……常夏の海岸は学生だけで行くのはダメです」

「じゃあ、荒船さんか瑠璃子さんが一緒に行ってよ」

「わたくしと、瑠璃子さんは屋敷の仕事があるので行けません」

 荒船と瑠璃子が人間形態にもどる。真緒が少し不満顔で言った。

「それじゃあ、ボクたちの引率してくれそうな、しっかりした大人を紹介して」

「そうですな……真緒さまの学校の保健医をしている百々目先生なら、信頼できるので彼女なら……亜区野組織の女性科学者幹部も兼任していますから」

「百々目〔どどめ〕先生ってどこに住んでいるの? 今、夏休みだから学校にいないよ」

 真緒と荒船の会話を黙って聞いていた果実が会話に割り込む。


「百々目先生なら、保健室に年間通して寝泊まりしているよ……真緒は保健室を利用しないから知らないだろうけど」

「えっ! そうなの?」

 海斗が片腕をチェンソーに変化させて言った。

「オレも時々、体のメンテナンスで保健室に行くから知っている……百々目先生、完全に保健室を私物化して洗った下着とか干しているぞ」

 球体体型の満丸がコロコロ転がりながら言った。

「百々目先生が一緒なら、ナメ子ちゃんの万が一のケアできるから安心じゃないかな……ボクも百々目先生なら一緒に海に行ってもらうのに賛成だよ」

 ガッポーズをするナメ子。

「よっしゃあぁ! これでオレも念願の海で泳げるぞ!」

 真緒たちは、夏休み中の学校へと向かった。


 保健室には先客で百々目一色に相談事で訪れていた、ヤマアラシの怪人がいた。

 鋭いトゲを生やしたヤマアラシの怪人が、白衣を羽織った一色にタメ息混じりで相談している。

「オレ、人間の彼女とつき合っているんですが。近いうちに彼女と結婚する予定なんですけれど……この前、彼女の父親から『おまえのようなトゲトゲしたヤツに娘は、やれん!』って言われてしまって」

 足を組んで椅子に座った一色は、インテリジェンスっぽい伊達眼鏡の縁を軽く押さえる。

「そうねぇ……彼女のお父さんの気持ちも、わからないでもないけれど……初孫がトゲトゲだったら孫に抱きつかれた。おじいちゃんは孫のトゲで血だらけになっちゃうもんね……さすがに目の中に入れても痛くない孫とは言えないわね」

「オレ、どうしたらいいんですか」

「そんなの簡単じゃない──トゲ剃っちゃって丸坊主にしちゃえば」

 一色の即答に驚くヤマアラシ怪人。

「えっ!? それじゃあ、ヤマアラシとしてのオレの立場が!? 第一トゲが無くなったら、なんの怪人だかわからなくなるんじゃ?」

「彼女と、その痛いトゲトゲどっちを選ぶの、プライドを捨てて。坊主になった本気の姿で、彼女のお父さんに誠意を伝えるのよ……トゲトゲ剃っちゃえ!」

 少し考えていたヤマアラシ怪人は、決意した顔でうなづく。

「わかりました──オレ、トゲを剃って坊主になります」

 ヤマアラシ怪人が一礼して保健室から出ていくと、一色は真緒たちに向かって微笑んだ。

「どもっ、お待たせ……相談事はナニ?」

 真緒は、ナメ子と一緒に海水浴に行く計画と……万が一の時の医療サポートを兼ねた保護者役として一色に同行を頼む。


「ナメクジの子が、海水浴ねぇ──思いきった計画ねぇ、わかった医療サポートとして同行させてもらうわ」

「ありがとう、百々目先生」

 一色の組んで座っている太モモの外側に、パンスト伝線のような亀裂が走り……連なった目が、ボコッボコッと出現する。

 さらに、一色の片手が、杯状眼のある『プラナリア』のマペット人形のように部分変化した。

 妖怪百々目の子孫でもある、百々目一色の体の中には『プラナリア』と『クマムシ』と『ベニクラゲ』の三種混合遺伝子が移植されている。

 プラナリア化した片手をマペット人形のように、パクパクと口を開閉させながら一色が語りはじめる。


「ナメ子さんの家系は代々、名門のナメクジ怪人家系でね──ナメ子さん、例の話みんなに話した?」

 ナメ子が首を横にプルプルと振る。

「話していないの? ダメじゃない自分の特異な体質のコトを十分に理解してもらわないと……海は危険がいっぱいよ」

 学校まで歩いてくる間に、自分の汗で半分グダァと溶けかかって元気が無いナメ子に代わって真緒が一色と会話する。

「やっぱり塩分が弱点だっていう、ナメクジ怪人特有の話しですか?」

「それもあるけれどね……あなたたち、雨に濡れた紫陽花の葉の上に、カタツムリがいたらどう思う」

「そりゃあ……微笑ましい光景だと思うかなぁ……満丸くんだったら、焼いたら美味そうとか思うだろうけれど」

「それなら葉の上を這っているのが、カタツムリじゃなくて、ナメクジだったら?」

「それは……ちょっと、嫌かな」

「でしょう、貝殻を捨てたナメクジの方が進化しているはずなのに、待遇は真逆よね……ヒーローはカタツムリ怪人には、塩をぶっかけて倒さないけれど。ナメクジ怪人には容赦なく、塩をぶっかけたり海に叩き落として溶かしたりする」

「た、確かに」

「だいたい、ナメクジ怪人とかモグラ怪人とか……一見して弱点がバレバレの怪人を作る悪の組織も悪いわよ」

 一色は、パクパクとプラナリアの口を動かして、机の上のペンをくわえさせたりして遊ぶ。

「それにね、ナメ子さんには過去に親戚のナメクジおじさんの、壮絶な最後を目撃しちゃったというトラウマもあってね」

「おじさんの壮絶な最後……ですか?」

 一色は冷蔵庫の中に入って体を冷やしているナメ子を考慮して、少し声のトーンを下げて話しはじめた。


「ある組織に属していた。東名ナメ子のナメクジ怪人の叔父さんが、地中海海岸近くの支部基地へ転任を命じられてね──支部って言っても、戦闘員数名ほどの小さな田舎基地だったんだけど」

 一色の話しだと温暖な気候の海が見える、秘密基地からの風景を転任したナメクジの叔父は気に入り……大好物のカルボナーラを食べながら、基地のベランダに置かれたデッキチェアに座って、眼下に広がる青い海を眺めるのが日課になっていたという。

「そのうちに、叔父からの連絡がパタリと途絶え……心配した親戚がナメ子を連れて様子を見に行くと──恐ろしい光景が」

 凄みのある一色の口調に、ゴクッと海斗は息を飲む。

「ナメクジの叔父さんの姿はどこにも無く──代わりにベランダに置かれたデッキチェアの上には……カルボナーラが洋服を着て座っていて……うっかり昼寝をしてしまった叔父さんは、潮風を受けて溶けちゃったのよ」

 悲鳴をあげる満丸。

「うぎゃあぁぁっ!! 怖すぎる!!」

「東名ナメ子にとっての海水浴は、弱点を克服するのに加えてトラウマを克服するという特別な意味があるの……同行するからには、あたしも精一杯彼女の心のケアを行うつもりだから」

 そう言って一色は太股に並んだ目を弧にして微笑んだ。

 冷蔵庫からナメ子がスッキリとした顔で出てきた。

「いやぁ、冷やしたら身が締まったぜ」

 一色が言った。

「海水浴に行くナメクジ系怪人に、丁度いい物があったのを思い出した」

 一色は、机の下に置いたあった段ボール箱を引っ張り出すと、フタを開けて何やらシースルー素材のタイツのようなモノを取り出す。

 訊ねる真緒。

「それはいったい?」

「以前、ある戦隊ヒーローの女性隊員が、戦隊から脱退するからって言って、置いていった強化スーツよ」

 シースルーで透けて見えるビニール素材のような強化スーツ一式と、クリアーパーツの戦隊マスクが簡易ベットの上に並べられる。

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