13.
「本来ならここでシーンを止め、解説パートが入るはずだった。だから私がキューを出した」
部長は何でもないように言って、僕の方を向く。
「劇はここから終盤だが、ここで私と演出とのエチュードを提案したい」
「はあ?」
何言ってだコイツ。
「何、すぐ終わる。どうせまたお前の適当な口上でシーンとシーンを繋ぐつもりだったのだろう? それと同じだ」
彼女の挙措からは全く感情も意図も掴めない。これまで彼女とは部の舵取り役として額を突き合わせて色んな話をしてきたが、今ほど理解不能な言動は無かった。
「……エチュードたって、何をする?」
「シチュエーションは簡単、いつものように部長と演出として今回の劇について相談する。お題は今日のこの惨状を受けた今後の計画。行きます、よーい、はい」
パン。
強引だが、キューが出されると仕方なく役に入る……というか本人なので演じる気持ちを作る。
僕は眉を顰めて部長を睨んだ。
「後でよくない? そんなこと」
「よくない。これは新入生歓迎公演なんだぞ? 部員はともかく、一年生達には今しかフォローする時間が無いんだ」
何だよ。
思っていたより正当な理由。というか、僕もこのタイミングで同じことをしようとしていた。
だからこそ気にくわない。
「我が部って、お前は今回で辞めるんだろ」
「そうだが、後に残す者達への責任というものがある。特に演出助手の告白を受けた今、それを強く感じ、後悔している」
部長はくるりと体を回転させ、助手に深々と頭を下げた。
「すまなかった」
助手は赤らんだ眼でその頭を見つめるのみ。
数秒して部長は顔を上げ、僕の方に向き直った。
「演出、お前はどうなんだ。何か彼女に言うことや、自分の立場として思うことは無いのか?」
天井を眺め、考え込んでみせる振りを少しして、僕は口を開く。
「言うことは特に無いかな。まあ演出助手には慕われてると思ってたからそこはショックだったけど、もう文化祭までの付き合いだし。でも、演出としては評価してる」
「は、はあ?」
「お前、才能あるよ!」
狐につままれたような顔で固まる演出助手の元に歩み寄り、その両肩を掴んで向かい合った。
「今回はさ、正直パンチが足りないと思ってたんだ。唐代伝奇と部活紹介、悪くないが良くも無い組み合わせ。けど、お粗末な部内の暴露のお陰で刺激的な劇になった。『霍小玉伝』もさ、結局醜聞広める為に作られた話だし、ようやく噛み合ったよ。内容だってクソ男がバカ女を捨てて祟られるスカッとJAPANだから、下世話さの吊り合いが取れたって言うのかな。後、部の体質について言及しつつも僕を諸悪の根源にしたことも評価できる。僕を何とかすれば、って希望が持てるから」
唇をパクパクする助手から目を離し、今度は客席にも語り掛ける。
「だから、一年生の皆さんも安心してくださいね! 皆さんが入部した後の文化祭公演では二年生が中心となって劇を作ります、三年はサポートするだけ。僕も先輩達から代々受け継いできたやり方を守っていただけなのですが、このままではいけないなあと思わされました。今日の醜態も言ってみれば組織が生き続ける為の成長痛ですね。今後は情熱に燃える演出助手の元、新体制で素晴らしい芝居が作られていくことでしょう!」
「な、な、な……」
僕は助手の肩をポンポンと叩いて、フレンドリーにウィンクした。
「お前の語りアチかったぜ? 僕も高校演劇なんて――ずっと大嫌いだったんだ!」
「ふざけるなあっ!」
助手の拳が僕の右頬に思いっきり振るわれる。
バチーン!
「成長痛ッ!」
目に星が散った。
「ちょっと、止めなって!」
僕が頬を抑えている間に衣装が助手に組み付いて抑える。
演出助手はまた泣き喚き始めた。
「アンタ、人の心が無いのかあっ!」
有るから人の心が無い路線でみんなのヘイト集めてんじゃん!
悪役を作ってまとめ上げるしかない、演出助手が怪しいと思った時には既にそう考えていた。
実際この手は上手く行っている。もう客席・部員からの視線が痛い程だった。
別に辛くはない、ここまでではないがこの二年間こういう状況になることは何度もあったので。だが、状況を打開するにはまともに話せる相手が必要だ。それは、一人でゲラゲラ笑っているチカではもちろんなく、左の肘を右手で擦り続ける女なのだが……。
部長はこのエチュードを始めた時と同様の感情のわからない顔で突っ立っている。
……何考えてんだ、部長の役目を果たせよ。
「ほら、今後のことについてやっつけたぞ」
声を掛けると、静かに首を振って、奴は瞳を鋭く細め、僕を射抜いた。
「自分が一番悪いことにして、助手に殴らせてガス抜き。それから演出からは手を引くと一年生へのフォロー、というわけか?」
解説すんなよ、効果が薄れるだろ……。
「まあ一年生へのフォローは焼け石に水だろうけど。なんなら今回を最後に僕も退部してもいいよ、お前みたいにな」
とはいえ、この手の太々しさも反感を買うには好都合だ。悪役は退場するが、反省はしない。奥歯に物が挟まったような不快感が残って終わり、そういう物語もある。
「部活動が一つの目的を目指す為には不和や軋轢が付きものだ。その解決の為に役職の権力性を行使して抑えつけ、合わない子は……その都度排除してきた。僕と、お前の二人でな。他に方法がわからないからやっていたが、倫理的ではないとも思っていた。お前も結局それが嫌になったから辞めるんだろう? 辞めるって聞かないからムカついてミルクティーぶっかけちゃったけど、今なら僕もお前の気持ちがわかるよ。部長や演出は、高校生が演じるにはちょっと重すぎる役だったな」
我ながら台詞っぽいことが言えたと誇らしい。
「……もういい」
彼女は伏し目がちになっていて、僕の言葉を無視して口を開いた。
「一つだけ聞かせてくれ」
「何だよ」
「この部活が一つの目的の為に活動しているんだとしたら、それは何だ? この劇は何なんだ? どうして私達は『霍小玉伝』を演じているんだ?」
「ああ? そんなの――」
僕は舞台を、客席を、地歴公民教室全体を一瞥してから答える。
「――そんなの、もうどうでもいいよ。幾ら僕が頑張って答えを用意しても、まとめようとしても、お前達は際限なく間違え続ける。お前が辞めちゃうように。今日の演出助手がのべつ幕なしにみんなの秘密を暴露したように。だからみんな好きにすればいい」
「そうか」
部長は素っ気なく答えた。
「ホンマに!?」
逆にチカは歓喜の声。
耳聡い奴だ、僕は鼻先で笑う。
「ああ、好きにすれば?」
「そうさせてもらうわ! ウチも今回の劇にはパンチが足りひんと思ってたんや!」
チカは客席に向かって叫ぶ。
「ヘイ! マイフレンズ、ちょっと準備あるから手伝ってくれや!」
すると、客席にいた三人のチカの友達がヌッと立ち上がり、チカと共に教室の扉を開けて去っていった。
「ちょっと先輩、本番中にどこ行くんですか!?」
衣装の素っ頓狂な叫び声。
全くだ。
……本番中に役者が舞台から退出する。
呆れも反転して、笑けてくるな。
パン、パン。
「はい、はい、エチュード、終わり」
騒然とする室内を宥める為、二回手を叩く。
人々の白い目を一身に集めながらも僕は適当な口上を述べ始めた。
「まあね、みなさんも思う所ありましょうが、もう劇も後ちょっとなんで、付き合ってください。あの、僕にとっては最後の演出作になるんで、ふふ、本当に笑えますけど」
いけないいけない。少し咳き込んで、気持ちを整える。
「あー、次のシーンは、実はちょっと時系列が前になります。皆さん覚えているか不安なので、もう一度言いますけど、伝奇ってのは『奇妙なことについて伝える』ジャンルです。長らくただのメロドラマでしたが、ここからようやく不思議なことが起きますよ。台本は二十一ページ上段冒頭から、照明は三十八、今作って。はい、良し。じゃ、行きまーーーーーーーーーーーーす、よーい、はい」
パン。
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