8.
「うぇっ!?」
照明はブース席から飛び上がらんばかりに驚いていた。
一方、僕は額を抑えて天を仰いでいる。
その件か~~~~~。
「は、犯罪? どゆこと?」
意識を舞台上に戻すと、舞台隅に控えていた衣装が目を白黒させていた。
しかし、彼女と照明以外の部員は何とも言えない表情で唇をもごつかせている。
眼が合うとお互い苦笑い。
「ちょっと待って。私以外みんな、知ってる?」
衣装は周りを見て答えを求めるが、答えは無い。それで最後に、彼女は僕を見上げて睨みつける。
僕は仕方なく応じた。
「よく『舞台上は聖域』って言うし、
「聖域が問わなくても法が問います! ていうか本当に犯罪やってるのアンタ!?」
僕の返答で確信を得てしまった衣装が照明に詰め寄る。
客席からの注目も浴びて、渦中の人はブース席で縮こまるのみ。
「どうなの!?」
「あ、あう……」
『あう』じゃないよバカ。普段は『自分は青レンジャーでござい』みたいな顔して僕らのこと冷めた目で見てる癖して。
だが、フォローしないと劇が続けられない。でも、これまでので対人関係には懲りた、適任者に任せよう。
僕は部長に照明の元に行くよう、目で指示を送った。
……動かない。
こちらは見ているので、ハンドサインもする。
……動かない。
「行けっ、部長!」
しかし、彼女は首を振る。
「照明のことは今までなあなあでやってきたが……私は前々から良くないと思っていた」
ハア!?
「お前なあ!」
「だってそうだろう? 衣装の言う通り司法の判断を仰ぐべきだし、私達の間でもちゃんと話し合うべき問題だ」
「そういうことじゃなくて」
「お前は劇を進行させたいだけだろ。子どもみたいに駄々をこねるな」
「子どもはそっちだよ。部活ってのは多様性なんだ。臭いチーズケーキ食わせる奴も、チーズケーキ捨てる奴も、毎日犯罪やってる奴もいて、そんな全員違うところを受け容れて一つの目的を目指す、そういうもんだろう?」
「く、臭い!?」
チー食がまた泣きそうな声を出す。
「あ、違う違う、今のは良い臭いだから。必要悪みたいなものだからね?」
「必要悪……」
音響ちゃんはさておき、部長はまだ不満げ。
「一つの目的。いつもそうだ。また調子のいいこと言って」
「おい、舞台は聖域だ。愚痴なんて吐くな」
嗜めても部長は肘を擦るのみ。
本当に何もする気無いらしいな。
「あー、じゃあ続けますか」
「正気ですか!? 犯罪者と劇なんてできませんよ! てか照明って何やったんですか!?」
しれっと続行しようとしても衣装にまくし立てられてブロック。
困ったな。フォロー誰かやってくれ、と周囲に秋波を送る。
シーンと耳鳴り音。
そんな中で、チカが頷いて立ち上がったので、肩を抑えて座らせた。
全くなんて奴らだよ。
「おいおい冷てーじゃんみんな! 部員の罪科が白日の下に晒されてるんだぜ? 庇おうや、隠蔽しようや。仲間じゃん僕ら!」
百万ドルの笑顔を張り付けて部員達に向き合うが、反応は鈍い。
「仲間ったって、ただ放課後顔を合わせて演劇やってるだけだし……」
ポツリと放たれた衣装の呟き。それは舞台上に波紋のように広がって部員達の、当事者の照明にまで共感を呼んでいるのが見て取れた。
まあ考えてみれば、この面子全員で遊んだこととか無いし。それにそんな機会考えただけで面倒で嫌になるような間柄なんだよな、僕ら。
気持ちはわかる、よくわかる。
だけども。
「わかっちゃわかっちゃ!
「嘘九州弁で誤魔化さないでくださ、んっ!?」
詰め寄る衣装のつむじにトンと人差し指を置いて黙らせた。
「じゃあお国言葉で言う。お
「……面倒なんで標準語で喋ってください」
「はいはい。で、問題は舞台上に犯罪者がいることなんでしょ? だから照明が法の裁きを受ければいいんだ。というわけで、全員教卓の周りに集合」
怪訝そうに舞台中央に集まってきた部員達に僕は告げる。
「あー、それでは今から略式裁判を始めます。略式だから裁判官、検事、弁護士はいません。部員の多数決により有罪か無罪か決めます」
「略式ってそういうことじゃないだろ」
「はい、そこ静粛に」
部長から即座にツッコミが飛ぶが教卓を手で叩いて黙らせた。
僕は黒板に大きく『有罪』、『無罪』と書く。
「では各位コメントと共に一票を書いていきましょう。まず部長から」
僕からチョークを受け取り、部長は渋々教壇に上る。
「さっきも言ったが、良くないことだ」
有罪の下に一本線。
チョークはチカへ。
「ウチはカッコいいと思うで!」
無罪の下に一本線。
チョークは演出助手へ。
「その、やっぱりダメなんじゃないかなって」
有罪。
チョークは音響へ。
「悪い人って、ちょっと憧れますよね……」
無罪。
チョークは衣装へ。
「犯罪者は無理でしょ。てか具体的に何やったの?」
有罪。
チョークは僕へ。
「ここまでで三対二か。それで僕だが、良いと思う! これも個性だよ」
無罪。
チョークは照明へ。
「え、わた、私ですか!?」
ひょろひょろ細い肩を揺らす被告人。
「そうだ、裁判なんだから君にも言い分があるだろう」
これで三対三から本人が無罪に入れて勝訴ってわけね。
完璧な筋書きだったが、照明は躊躇う。
「で、でも……」
「おい、幾らなんでもお前の都合に合わせすぎだ」
その隙に部長から横槍、ブルシット!
「いいだろ別に。そもそも犯罪たって被害者が居るんでもないし。微罪だよ微罪」
「そんな犯罪は無いし、何より今のままでは彼女本人の為にならない」
「ぐっ」
僕は反論できなかった。
部員も客達も頷いている、部長の指摘は鋭い。正論だ。
照明も今のは効いたらしく、顔を青くしてフリーズしていた。
「あの、だから照明って何やったんですか?」
衣装の発言が虚しく舞台に木霊し、重い沈黙が訪れ……このままではいかん!
僕はパンパンと手を叩いて大声を上げる。
「わかっちゃわかっちゃ!
「……今度は何する気ですか?」
衣装のジト目を無視し、僕は目を瞑って語り出した。
「略式裁判ではみなさんの正義心を満たせない。よくわかりました。法の裁きでは照明本人を救うことができない。よっくわかりました。では法で人を裁けない時、何が彼女を裁くのでしょう?」
開眼した僕はゆったりと舞台隅に行き、ブース席の
照明を操作する為のその機材の、フェーダーの一つをマックスまで上げる。
「答えは神です」
僕以外の全員が戸惑う中、僕は照明の右腕を掴み、舞台中央前まで歩いた。
「我が国には律令制度という法が定まる以前、
二人でしゃがみこみ、最大光量のころがしを正面から見つめながら喋り続ける。
「『日本書紀』
語りと同時に、ころがしの側面に触れてカバーの留め金を外し、煌々と光る電球を剥き出しに。
「
目をバキバキに見開いた僕は照明に向き直り、握り締めた細腕を高く掲げた。
「さあ!」
「さあ!?」
照明が腹の底から困惑の声を出す。
いい
「500
「ぜぜぜぜぜ絶対火傷します!!」
照明がどれだけビビろうが僕は引かない。
「何故自分で判断する! さっき自分には裁けないと引き下がったのはお前自身だろう!」
腕を掴んでジリジリ電球に近付かせる。
「ごめんなさい!」
照明は涙目で謝り始めた。
だが引かない。
「謝るな! まだ裁きは終わってない!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「うるさい、神様の前だぞ!」
「ごめんなさい、許して!!」
「もういい! 止めろ!」
爪の先がガラスに触れ掛けたところで、部長が僕達をころがしの前から引っぺがした。
僕は平然と立ち上がり、照明は四つん這いになって荒く息を吐く。
「お前……本当にどうしようもない奴」
部長はこちらを睨みながら、苦々し気に吐き捨てた。
「そんなそんな。僕なりに彼女の罪に向き合った結果だよ。まだ続けようか?」
と、部長ではなく他の部員や客席を見ながら聞く。
当然だが、誰も頷かない。
「……勝手にしろ。照明も少しは懲りたろうしな」
部長からのお墨付きが出て、他の部員達も元の位置に帰っていく。
「いや、だから照明の犯罪って何!?」
衣装の叫びを残して。
僕は気分よく台本を広げどこから再開するか考えていると、照明がよろよろと寄ってきた。
「あの、先輩」
「あ?」
彼女はペコリと頭を下げ、掠れた小声で言う。
「ありがとうございましたッス」
……たまには可愛いところも見せるじゃん。
その後頭部を台本でスパーンと叩き、僕は次の口上を始めることにした。
「さっきは舞台の話をしているところでしたが、ここで予定を変更してスタッフの話を少ししましょう。演劇はどうしても芝居を演じる役者がメインでそれ以外は裏方というイメージが強いですが、実は舞台では光や音も演技をするのです。はい、犯罪者、続き」
「えっ、ええ……」
照明は急に呼ばれてたどたどしく喋り出す。
「さ、さっきの演出先輩は怖かったですよね? でもあれは、先輩の表情や仕草だけでなく、顔を下から照らす灯りの力もあるんです。下から照らせば明るくはっきり顔が見えるし、後ろに大きな影も出て迫力が付く。逆に真上からストンと照らすと顔に影が落ちるし、横からならサスペンスドラマみたいに緊張感が出る。そ、そんな風に照明はただ舞台を照らすだけでなく、置く位置や色によって色んな効果を生むことができるんです。でも、ただやればいいってもんじゃなくて。最適な形で、しかも実際に使える機材や会場の電力の都合を勘案して実現可能なプランを作り上げる、それが照明の仕事。あの、音響ちゃんの方は何かある?」
「うーん、まあ音響もプラン作りや機材の調整とか色々あるけど……長いから、後は操作の話かな」
ブースの音響がもそもそ答えた。
「高校演劇の場合は大抵プランを作った本人が本番の機材操作するんだけど、それも演技と言えば演技ですね。ただし、その演技はとてもストイック。ミスしないのはもちろんだけど、照明や音響の変化は誰にも気付かれないぐらいでちょうどいい、と言われたりするぐらいですし。目立たず、しかし効果はちゃんと与える。役者とは違うけど、同じぐらい難しい……です」
と、そろそろ次の場面へ繋がなきゃ。
「はい、ありがとね二人とも。役者、照明、音響、セット、衣装、小道具……演劇はそれらが組み上がった総合芸術で、誰しもにやりがいと見せ場があります。バラバラな役割と個性、それらが一つとなることができるのが演劇部という部活。そりゃお互い気に入らないこともあるでしょう、でもそれも一時の辛抱。一年のみなさんが入部したら次は七月の文化祭公演、その時三年も引退します。つまり、僕らの全員がどうせ二年もしたら付き合わない連中なんですよ。だから、精々演技ででも仲良いふりしてればいいじゃないか、演劇部なんですから!」
部員達に目配せし、僕は両手を掲げる。
「ただ、二年で済まない関係もあります。夫婦とかね。それでは結婚から二年後の李益と霍小玉はどうなったのか。行きます、よーい、はい」
パン!
◆
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