出会い 追憶

ああ、そんなこともあった気がする。


そうだ、思い出した。仕事から帰る途中で彼女を見かけたのだ。死んでいるかのような女性。初めは目を疑った。


 まだ若く、着物も濡れてはいるが小綺麗な着物だった。そんな女性がフラフラ歩いているのだ。何かしらあったのだ。そのようなことは話を聞かなくてもわかる。


 彼女が被害者であれば庇えるが加害者であったならどうだ、そんな危険人物に声をかけるのか…いや、被害者であったとしてもわたしが庇い切れるものなのか、わたしの家族たちが危険な目に遭うのではないか…。


 そんな考えが頭をよぎり、わたしは見ぬ振りをしたのだ、、、、

 しかし、彼女が街灯で立ち止まった時、彼女の顔を見た。わたしは、とっさに声をかけてしまった。初めは声がでなかった。とにかく、話だけでも聞こうと家に呼んだのだ。


 彼女は家に着くまで俯き、一言も話さなかった。家についてからもひどく何かに怯え、他のものもひどく困っていた。

わたしの屋敷には年老いた女中が一人と、わたしの身の周りの世話をしてくれる男が二人いた。


 彼女を風呂に入れ、その間に彼女の服を確認した。それこそ、血がついていないか、危ないものが入っていないか、身元が確認できるものがないかの確認をした。彼女に声をかけながら、ひどく不審がっていたのだ。流石に、私がそれをすると問題があるので、女中にやらせた。服には、何もなかった。高貴な育ちと言うことだけはわかった。


風呂から出た彼女は別人だった。暖かいご飯をあげると泣いて喜んでくれた。彼女の笑顔を見たとき、保護してやりたい、幸せになってほしいと思った。

 

彼女の話を聞くと、私は彼女の家族、夫に対して怒りの感情を覚えた。そしてそれ以上に、彼女のことを哀れに思った。時間は定かではないが16年間、少なくとも、彼女の母が亡くなり、彼女が父の元に引き取られてからの十数年は彼女は独りだったのだ。もちろん、それが彼女の嘘なのかもしれない。だが、私にはひどくそれが信じぜられた。


わたしは彼女を引き取ることにした。私に仕えてくれていた者達も賛成してくれた。心配事はあったが、その翌週から彼女はわたしのもとで働くこととなった。


「思い出しました。あなたとの出会いを。」

わたしがそういうと、


「まぁ!よかった。他に、何か思い出しましたか?」

と、笑顔で問いかけてきた。


「すいません。それだけです」


「仕方ありませんよ。ゆっくりでいいんですから。

そ、れ、と、また、謝りましたね。幸せが逃げて行きますよ。」


「すいません。あっ、すいません。」


「ふふ、もう。では、もっとお話をすればもっと思い出せるかもしれませんね」

二人の間に幸せな空間が広がり、春から夏に咲く花の匂いがした。


しばらく歩くと道が分かれていた。左と右、それぞれ赤い花と白い花が道の横に咲いている。


「こちらです。」

赤い花の方に進んだ彼女が、私を手招きで呼んでいる。わたしがついきたことを確認した後、彼女は続けて言った。


「では、次の話をしましょう。次は…」

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