満月

 二人は、当面、1ヶ月くらいは、生活基盤を固めるため、社会勉強も兼ね、ユウトは銀等級の冒険者任務、アヤナはギルド併設の酒場でのウェイトレス業務に集中することにした。


 ユウトは任務を円滑に進めるため、白い馬を手に入れた。ユウトには乗馬のスキルもあるので、すぐに乗りこなせた。

 また、銀等級級以上の冒険者は希少なので、冒険者パーティからの誘いにも困らなかった。

 わずか1ヶ月の間に、ユウトは、アンドロマリウスの冒険者ギルドで、めきめき頭角を表していた。



 ……



 無料セミナーでは、主に社会情勢や、物価、地理、種族、外敵、大陸内の各街の特徴といった世界の基本知識を学ぶことができた。


 現状、魔族の勢力下にあるアレイスター大陸は、大陸の北の海の先にあるクロウリー大陸を支配する巨人族からの侵攻を受けている状況らしい。巨人族は人口が少ないため、高度な魔導技術を駆使してゴーレムなどの兵器を投入しているそうだった。


 アレイスター大陸の西の海の先には、マーサス大陸が広がっており、そこには、ヒューマンやエルフ、ドワーフなどの多彩な種族が生活しているとのことだ。マーサス大陸では、魔族は敵対種族に認定されており、現在は戦争こそないものの、交易はなく、種族差別が酷い状況とのことだった。



 ……



 アヤナは、職場に恵まれたこともあり、ダークエルフやサキュバスの仕事仲間にすんなりと溶け込むことができた。アンドロマリウスで話題のルーキー・魔人ユウトの彼女であることもかなり助けになっており、ユウトの冒険者仲間達からも気軽に声をかけられるようになっていた。


 空き時間は、文字の読み書きの勉強に集中した。

 他の仕事仲間と、教えあったりするうちに、簡単な読み書きならできるようになってきた。アヤナは自分の取説も、ようやく自分で読めるようになっていた。



 そして現在、アヤナは仕事仲間と一緒に絶賛落ち込み中である。


 この世界に来て、初めての満月を迎えたのだ。

 夜の眷属である魔族の女性の体は、月齢周期と密接な関係があるのだ。

 女性の生理周期の恒例イベントがついに発生したのである。


 アヤナは、休憩時間に、仕事仲間のエリンと一緒に文字の勉強をしていた。


 ダークエルフのエリンが言う。

「アヤナちゃん、ついに満月が来ちゃったね……。

 最悪だね、憂鬱だね」


 職場では女性スタッフをちゃん付けで呼ぶ不思議なルールがあった。

 お店の雰囲気づくりの一環らしい。


 アヤナが言う。

「うん……最悪。

 でもエリンちゃんに教えてもらって準備しておいてよかったよ。

 気づかなかったら酷いことになってた……ライナー当てておいてよかった」


 エリンが言う。

「彼氏と一緒のベッドだもんね……。

 まぁ、数日の我慢だからお互い頑張ろうね。

 魔族の女子なんだから、月齢くらい当たり前のように気にしなよ」


 アヤナが言う。

「うん……。あー……だるくて、勉強にも集中できない。

 薬飲んでもこんなに辛いのか……」


 エリンが言う。

「なら、恋話こいばなでもする?」


 アヤナが言う。

恋話こいばな限定なの?」


 エリンが言う。

「他に話題があるなら何でもいいよ」


 アヤナが言う。

「エリンちゃんて冒険者と兼業?」


 エリンが言う。

「そういえば、私達、恋話こいばなばかりで、そういうこと全然話してなかったね。

 私は半年くらい前から専業ウェイトレスになったんだ。

 読み書きを習得したらギルドの受付係の入所試験を受ける予定なの」


 アヤナが言う。

「そっか、ギルドの受付係は専業だもんね。

 もう準備段階に入ってるのか。

 兼業してた時はどの等級だったの?」


 エリンが言う。

「銅だよ」


 アヤナが言う。

「すご! どうして冒険者やめちゃったの?」


 エリンが言う。

「もともと受付係り志望だったからね。

 銅等級以上じゃないと応募できないのよ。

 でも危険な任務は苦手だから、すぐに専業ウェイトレスになったんだ。

 勉強時間も確保したかったからね」


 アヤナが言う。

「そうだったんだ。

 じゃ、今の受付係りの人ってみんな銅等級以上だったんだね……」


 エリンが言う。

「そうだよ。

 冒険者にアドバイスしないといけないから、

 それなりの実績がないと務まらないんだー。

 アヤナちゃんも受付係り志望?」


 アヤナが言う。

「私はまだ琥珀だし、なにも考えてない。

 でも、彼氏からは銅を目指すようには言われてる」


 エリンが言う。

「アヤナちゃんの彼氏について行って、

 数年頑張れば、銅になれると思うよ?

 いいなぁ楽勝コースじゃん。

 そしたら受付係り一緒にしよ?

 危険な任務とか苦手でしょ?」


 アヤナが言う。

「まぁ、そうだけど、私ポンコツだから、

 今はまるで実感が湧かないかな。

 銅等級とか雲の上の存在だし……エリンちゃんてすごいね」


 エリンが言う。

「いきなり琥珀のアヤナちゃんなら大丈夫だって。

 私なんか、一番下の滑石等級から始めたんだから。

 そういえば、受付のミラさんと仲良しだよね?

 お店でもよくお喋りしてるし。

 どういう関係?」


 アヤナが言う。

「私のこと気にかけてくれて、いろいろ相談にのってくれるんだ。

 憧れの存在かな、ミラさんは。

 私もあんな風になれたらいいなとは思う」


 エリンが言う。

「じゃ、きまりだね。

 一足先に入所して待ってるからさ、一緒に頑張ろ?

 目標ができると、仕事にも勉強にも張りがでるからさ」


 アヤナが言う。

「目標か……そうだね、そうしてみよっかな。

 いつになるかわからないけど」


 エリンが言う。

「あ、休憩時間終わる前に、お手洗い行ってこようか。

 交換しないとだし」


 アヤナが言う。

「うん。わかった」



 ……



 満月の日には昼夜問わず、冒険者ギルドの5Fの多目的ホールの一室で、慰労のため、女性職員向けの女子会が時間制で開催されている。酒場の店員も職員扱いなので、無料で参加できるのだ。


 アヤナは、ミラに誘われていたので、ミラにシフトを合わせ、勤務終了後、一緒に参加することになっていた。



 多目的ホールに入ると、すでに到着していたミラが、手を振ってくれた。

 女子会は予約制で事前に席が決まっている。


 アヤナは、ミラの隣の席に座る。


 アヤナが言う。

「おつかれさまです。ミラさん。

 誘っていただいてありがとうございます」


 ミラが言う。

「おつかれさま。アヤナ。

 体調は大丈夫?」


 アヤナが言う。

「はい、辛いけどみんな一緒だし大丈夫です。

 心強いですよね」


 ミラが言う。

「そうね、みんなで一緒に乗り切ろうって会だからね」


 アヤナが言う。

「そういえば、受付係って銅等級以上じゃないとなれなかったのですね。

 今日、同僚から聞いてびっくりしました。

 ミラさんも冒険者をやられていたのですね。

 銅等級以上とかほんとにすごいなって思います」


 ミラが言う。

「あら、ありがと。

 アヤナも受付係に興味あるの?」


 アヤナが言う。

「はい。

 今日、同僚とお喋りしていたら、

 ミラさんを目標にしようって決めたんです」


 ミラが目を輝かせて言う。

「あら、嬉しい。

 実は、そのうち誘おうとおもってたのよ?

 とても向いてそうだったから、目をつけていたの。

 手間が省けたかも?」


 アヤナが言う。

「そうだったんですか?

 そういっていただけると素直に嬉しいです。

 銅等級はかなり遠い目標ですけど、頑張ろうと思います」


 ミラが言う。

「じゃぁ、すっかり私の後輩だね。

 私も酒場で兼業ウェイトレスをしながら入所試験の準備をしていたからね」 


 アヤナが言う。

「そうなんですか。

 じゃ、ミラさんもちゃん付けされていたのですか?

 想像できないです」


 ミラが言う。

「そうよ、結構人気あったのだから。

 昔馴染みにはいまだにちゃん付けされてるわ。

 そういえば、お茶は入れられるようになった?」


 アヤナが言う。

「はい、一通り。

 どうにか、お金をいただける程度にはなりました。

 店主さんからOKが出た時はうれしかったです。

 次回のシフトからは、お店で出してもよいことになりました」


 ミラが言う。

「もう一通りマスターしたの?

 やっぱり見込んだ通り、向いてるわね。

 人によっては半年以上練習してもダメな時があるからね。

 受付係になってもウェイトレスのスキルが求められることが多々あるからね。

 将来につながると思って、しっかり学びなさいね。

 文字の読み書きも頑張るのよ?

 これからは、さらにいろいろ教えてあげるわね。

 応援してるから」

 

 アヤナが言う。

「はい、ありがとうございます。

 これからが、すごく楽しみになりました」


 ミラが嬉しそう言う。

「私も、すごく楽しみにしてる」

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