女子力


 目的地の近くで暗くなるまでキャンプを設営することにした。

 魔族は夜間の方が強くなるのだ。

 さらに夜目も効くので、明かりも必要ない。 


 二人は、結界機能付きのシートを大地に固定し、寝そべった。

 

 アヤナはふと思い出したように、手鏡を取り出し、自分の顔を確認する。


 ユウトが言う。

「どうしたの? 急に」


 アヤナが言う。

「私さ、お化粧してるよね?」

 

 ユウトが言う。 

「うん、よく似合ってる。可愛いよ」


 アヤナが言う。

「ありがと……いあ、そうじゃなくて。

 このお化粧落としたら再現できる自信がないのだけれど、

 どうしよう?

 ユウトはお化粧の仕方知ってる?」


 ユウトが言う。 

「……ごめん、ボク、女子力低いから。申し訳程度しかわからない。

 そこまで本格的なの無理」


 アヤナが言う。

「だよね……基本スキルで勝手に、とかなるわけないだろうし、ほんとにどうしようかな?」


 ユウトが言う。

「練習するしかないね。

 あとは、お店で教えてくれるんじゃない?」


 アヤナが言う。

「そっか、店員さんなら教えてくれるか。

 でも買わないといけなくなるよね?」


 ユウトが言う。

「必要経費で出すよ」


 アヤナが言う。

「潤沢にあるのに買い足すのもったいなくない?

 お化粧品、妙に高額だし」


 ユウトが言う。

「そうだ、冒険者ギルドのお姉さん方に個人的に教えてもらったら?

 そう言うの好きそうじゃない?」


 アヤナが言う。

「……そうかも、ダメ元でそうしてみるか。

 今のままだとほぼすっぴんになっちゃうしね。

 いまさ、すっごくシャワー浴びたい気分なのだけど、お化粧落ちちゃうよね?」


 ユウトが言う。

「化粧崩れしてない感じだから、大丈夫そうだけどね」


 アヤナが言う。

「でもやめておこう。

 あーでも、けど、汗臭いかな? 気になってきた」

 

 ユウトがアヤナの匂いを嗅ぐ。


 アヤナが言う。

「ちょ、やめてよ、恥ずかしい。

 てか、どーだった? やっぱり汗臭い?」


 ユウトが言う。

「いあ、すっごく良い匂いがして抱きしめたくなる感じ」

 

 アヤナが言う。

「いちいち、恥ずかしいこと言うのやめてよ……。

 とりあえず、今は我慢するか。

 冒険者ギルドに戻ったら相談してみるよ」


 ユウトが言う。

「そうだね、でも急にどうしたの?」


 アヤナが言う。

「いあ、ほら、私、正式に彼女になったわけだし……。

 なんか女子としての自我が芽生えてきた感じがする」


 ユウトが言う。

「それは嬉しい兆候だね」


 アヤナが言う。

「ここまで心変わりするとは思わなかった……」


 ユウトがアヤナの取説を再確認して言う。

「んー……この世界の化粧品は特殊みたいだね。

 数日にわたる激しい任務でも崩れないらしいよ」


 鏡を見ながらアヤナが言う。

「そうなんだ。そういえば、食事した時、口紅落ちてなかったね。

 今更気づいた……」


 ユウトが言う。

「簡易シャワー出そうか?」


 アヤナが言う。

「大丈夫、乗り越えないといけないハードルがたくさんあって、いろいろ大変そうだから、街に戻ったら頑張る」


 ユウトが言う。

「了解。でも嬉しいよ。前向きに女子してくれて」


 アヤナが言う。

「単に私が気になり始めだだけだから。

 へー、女子ってこんな感じなのか。

 えへへ、ちょっと嬉しくなってきちゃった」


 ユウトが言う。

「面倒じゃない?」


 アヤナが言う。

「いあ、全然。

 早くさっぱりすっきりして、またきれいになりたいだけ。

 ギルドのお姉さんが相談にのってくれるといいな。

 ちょっと楽しみ」


 ユウトが言う。

「そっか、なら、うれしいよ」



 周囲がすっかり暗くなった。

 二人は、周囲の様子がさらによく知覚できるようになっていた。


 アヤナが言う。

「なんかすごいね。

 別世界って感じ。

 魔力がみなぎってきてるのも感じる」


 ユウトが言う。

「そろそろ始めようか」


 二人は、手を繋いで、レッサーミニゴーレムがいる地域に近づいて行った。


 ユウトが言う。

「アヤナ、バフちょうだい。

 まずボクが試してみる」


 アヤナがユウトにありったけの支援魔法をかける。


 ユウトが言う。

「ありがと行ってくる。アヤナはここで待ってて」


 アヤナが言う。

「気をつけてね」


「うん」

 ユウトは、はぐれている1体にタウントのスキルを使って、注意を引く。

 途端にワラワラと数体のレッサーミニゴーレムがユウトに襲いかかる。


 ユウトは、剣を抜き、なぎ払う。


 一瞬で、レッサーミニゴーレムが消滅した。


 アヤナが言う。

「すご、超余裕じゃん」


 ユウトが言う。

「アヤナ、こっちきて」


 アヤナがユウトに近く。


 ユウトが言う。

「ストップ、そこから攻撃してね。ボクが引き付けてからだよ」


 ユウトはそう言うと、別に一団をおびき寄せる。

「アヤナ、いいよ」


 アヤナは、凍傷効果のある氷結魔法をなんども打ち込む。

 魔法の冷気が肌に心地よく伝わってくる。

 

 ユウトが言う。

「ボクのHPを回復する練習もしてみて」

 

 アヤナは、エナジードレインの魔法を使って、ユウトに敵のHPを流し込む。


 ユウトが言う。

「OK良い感じ。次はチャーム使ってみて」


 アヤナはチャームを打ち込むと、何体かが同士討ちを始める。

 アヤナは、再び、凍傷効果のある氷結魔法をなんども打ち込む。


 そんな感じでスキル回しをしつつ、ユウトにかけた支援魔法が途切れないように、時間を見計って、かけ直す。


 次第に、レッサーミニゴーレムが消滅し始め、全滅した。


 

 ユウトがアヤナのところに戻って言う。

「うまく行ったね、体温は大丈夫?」

 そう言って、アヤナの額に自分の額をあてる。


 アヤナは赤面して絶句する。


 ユウトが言う。

「大丈夫そうだね……って、ごめん、つい」


 アヤナが頬を赤らめながら言う。

「てか、天然すぎるよ。キスされるかと思った」


 ユウトが言う。

「あはは。じゃ、早速、本格的に駆除に乗り出そう」


 アヤナが言う。

「うん、ちょっとだけ自信ついてきたよ。

 ありがとね」


 二人は夜通し、レッサーミニゴーレムを狩りまくった。


 夜明け前には、指定地域のレッサーミニゴーレムの駆除が完了した。


 二人は、少し休憩してから、腕を絡めて寄り添いながら帰路についた。


 ユウトが言う。

「ボクもいい練習になったよ、途中何度か危なかったね、ごめんね」


 アヤナが言う。

「そんなことないって、ユウトは超完璧に前衛こなしてくれたよ。

 ほんとに、ありがとね」



 二人は街に到着すると、冒険者ギルドに向かった。

 シフトが変わったのか、任務を受理してくれたサキュバスのお姉さんがいなかったので、別のサキュバスのお姉さんのところで完了手続きを行なった。


 サキュバスのお姉さんが言う。

「おかえりなさい。お疲れ様でした。任務完了おめでとうございます。

 初任務でしたね、順調な出だしで何よりです」


 ユウトが言う

「ありがとうございます、できたらでよのですが、アヤナにアドバイスしてもらえませんか? スキルポイントの使い道とか、その他諸々」


「はい、もちろんです。ちょうど、冒険者が少ない時間帯ですから大歓迎ですよ」


 サキュバスのお姉さんは、アヤナに細かくアドバイスをしてくれた。


 アヤナが言う。

「ありがとうございます。とても参考になります。

 あと、できればなんですけど……」


 サキュバスのお姉さんが言う。

「何かお困りごとでも?」


 アヤナが言う。

「はい、転移してきたばかりで、そのときにお化粧もしてもらえたのですが、実はお化粧のやり方知らなくて、困ってるです。どうすれば良いですかね……?」


 サキュバスのお姉さんが嬉しそうに言う。

「……確かに困るわよね。いいわ、こっちきて、時間があるから教えてあげる。

 彼氏くん、ちょっとだけ彼女借りるね。

 そーねぇ、2時間くらいかな?」


 そう言うと、サキュバスのお姉さんは、アヤナと一緒にギルドの奥に入って行った。


 アヤナは、甘い香りが充満したパウダールームに案内された。

 サキュバスのお姉さんが言う。

「私はミラってうの、よろしくねアヤナ」


 アヤナが言う。

「よろしくお願いします、ミラさん。立派なお部屋ですね」


 ミラが言う。

「冒険者ギルドは女性職員が多いからねー。こう言う施設が充実しているの。

 そこに座って、メイク落としと、メイク道具出してくれる?」


 アヤナが言う。

「はい、よろしくお願いします!」

 アヤナは道具を一式、バッグから出した。


 ミラが言う。

「アヤナは嬉しそうね。初々しくて教え甲斐があるわ。さっそくはじめよっか」


 ミラは、アヤナに丁寧にメイクを教えてくれた。

 

 ミラが言う。

「うん、よくできてる。素敵よ。筋がいいわね。

 メイクの直し方もバッチリね。

 免許皆伝かな。

 あとは繰り返し練習してみて」


 アヤナが言う。

「本当にありがとうございました。

 お忙しいところ無理を言ってすみませんでした」


 ミラが言う。

「いいのよ、こう言うのも私の仕事のうちなのだから。

 アヤナはサキュバスになったばかりよね?

 これから困ったことがあったらいつでも私を頼ってね。

 今日みたいな相談は特に大歓迎だからね。

 サキュバスっていろいろ大変だけど、素敵なこともたくさんあるから、めげずに頑張ってね。

 応援してるからね。

 そろそろ、時間ね。彼氏くんが待ってるよ。頑張って、アヤナ」


 アヤナが言う。

「ありがとうございます、ミラさん」


 アヤナがそう言うと、受付前までミラに案内され、ユウトと合流した。


 ミラがユウトに言った。

「素敵な彼女ね。大切にしなさいよ?」


 ユウトが言った。

「はい、もちろんです。ありがとうございます」


 ユウトは、アヤナの手をとると、冒険者ギルトを後にした。

 

 歩きながらユウトが言う。

「すごいきれいだね。自分でやったの?」


 アヤナが返す。

「ようやくここまでできるようになった。

 ミラさんのおかげ。まだ練習不足だけどね。

 でも、メイクって楽しいね」


「それはよかった。ドンドン女子力が上がってるね」


「だねー。ミラさんとも知り合えてよかったよ、すっごい素敵な人だよ。

 そいえば、私の冒険者等級上がらなかったね……」


「そりゃそうだよ、何回もこなさないと等級はあがらないよ。

 気長にやろうね?」


「でも、路銀ろぎんが減る一方だよ?」


「それなんだけどさ、任務とアルバイト交互にやってみない?」


「それいいかも。でもユウトはアルバイトより冒険者任務した方が良い気がするけど?」


「うん。ボクは、その日は銀等級の任務を受けるつもり。

 アヤナには申し訳ないけど、数日に渡る任務だった時は、文字の読み書きの勉強と、アルバイトをしてもらっていい?」


「もちろん。でもさ、私にできるアルバイトってあるのかな?

 文字の読み書きできないよ?」


「実は、アヤナがメイクのレッスン受けてるときに、アヤナにもできるアルバイト探してみたんだ」


「みつかった? どんなの?」


「ギルド併設の酒場の店員」


「たしかに、皿洗いくらいはできるか」


「ちがうよ、ウェイトレスだよ」


「え? 文字読めないよ?」


「聞いてみたら、文字の読み書きできない子しかいなかった。

 メニューと価格は丸暗記だってさ。

 どちらかとうと、注文覚えたり、暗算ができる子が欲しいのだって」


「それならできるか」


「ギルド併設のお店だからボクも安心して長期任務にも出られるしね。

 空いてる時間は文字の読み書きの勉強できるみたいだよ。

 店員の子もそんな感じだってさ。

 文字の読み書き覚えて、ギルドの受付係になる子も結構いるらしい」


「へー、そうなんだ」


「やってみる?」


「うん。がんばる」


「わかった。その前に、拠点を決めないとだね」


「拠点?」


「宿屋より安い物件がないか探してみたんだ。

 でも、町外れの治安が悪そうなところばかりだった。

 で、宿屋の店主さんに相談してみたら、倉庫に使ってた狭い部屋を格安で貸してくれることになったんだよ。お風呂は宿屋の共同浴場を自由に使っていいってさ」


「ならそこにしたら?」


「アヤナに見てもらってから決めようと思ってたから。早速、見に行かない?」


「もちろん。なんかいろいろ気を遣ってもらってありがとね」


「何言ってるのさ、ボクはアヤナの彼氏だよ? そういうことはボクに任せてよ」


「……ありがと。ユウトが眩しすぎるよ……私も頑張らないと。

 てか、スペック違いすぎて頑張れるところがないのだけど。

 どうしてこうなった?」


 二人は宿屋に向かい、そこを拠点に決め、部屋の大掃除をして、寝床を確保した。

 その後、ギルド併設の酒場の店員の面接へ行き、無事採用された。

 冒険者任務のスケジュールを大まかに決め、無料セミナーの参加予定日も考慮して、勤務シフトを決めてもらえた。


 この世界へ転移して一日足らずで、二人の生活の基盤が整ってしまったのだ。


 二人は、拠点に帰り、疲労で朦朧もうろうとしながら共同浴場で身を清めた後、宿屋の店主が提供してくれたダブルベッドに寝転ぶと、爆睡した。

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