ダルマさんこーろんだ

岳石祭人

ダルマさんこーろんだ


 柴崎は工場の遅番を終え、寮への道を歩いていた。工場から寮へ20分から30分置きにバスが出ているのだが、深夜の帰りはぎゅうぎゅうの満員になることが多く、柴崎は20分ほどの道のりを歩いて帰ることが多かった。深夜2時頃のことである。

 裏通り的な住宅街の細い道をのんびり歩く。8時間立ちっぱなしの動きっぱなしで疲れ切っているのだが、誰もいない道を星を眺めながら歩くトワイライトゾーン的な雰囲気が好きだった。ロマンチックな男である。パトロールのお巡りさんに会ったら下着泥棒の変質者に怪しまれて職質かけられそうだが。

 幼稚園を過ぎ、小川に掛かる橋を越えたところだ。

 道の真ん中に妙な物が立っていて、柴崎はなんだあ?と眉根を寄せた。

 民家の前に、上から街路灯を受けて、赤いダルマが立っていた。

 ニョキッと下から2本の脚を出して。

 なんだあ?と立ち止まってまじまじ見た。最初は何かの看板か置物かと思ったが、生脚だし、微妙に揺れている。

 大の大人が頭から股まですっぽり、ダルマの着ぐるみ?を被って突っ立っているのだ。

 なんだあ?である。

 にょっきり出ている生脚が若い女性の物だったらなんだかとってもエッチで嬉しいが、残念ながら毛がぼうぼうの男の脚である。痩せて骨張って、貧弱だ。

 さて、奴との距離は8メートルくらいといったところか、柴崎は怪しい変質者に関わり合いになるのを避けて引き返そうかと思ったが、一本道でずうっと戻らなくてはならず、面倒くさい。

 しょうがないので極力奴を刺激しないようにぎりぎり塀に寄ってやり過ごそうと、何気ない風に歩き出した。ところが奴め、こっちに気づいて寄ってきやがった。柴崎は不断の決意ですり抜けようとしたが、ダルマは前に出て通せんぼした。無視して反対へ抜けようとするとささっと移動してあくまで行く手を阻もうとする。さっ、さっ、さっ、と左右に鏡コントを繰り広げ、巨大な顔面と面と睨み合い、いい加減むかついた柴崎は

「とりゃっ」

 と外から足払いをかけた。

 ダルマは両足揃えて道の中央にばったり倒れた。

「わはは。ざまあみろ」

 柴崎はどっこいしょとダルマの顔をまたいで、悠々先へ歩き出した。

 しばらく行って振り返った。

 ダルマは両足をバタバタさせて、丸い胴を軸にくるくる回転していた。

 眺める柴崎は、つくづくこれが若い女だったらなあと思いつつ、ため息をつくと、引き返した。

 ジタバタ回転するダルマを見下ろし、

「おーい、あんた。もしかして、それ、脱げないのか?」

 と呼びかけると、回転が止まり、じっと柴崎を見上げた……ように思える。

 ぶっとい筆で描かれた仏頂面がそこはかとなく悲しげに見えるのは気のせいか。

 さて、柴崎は考えた。なにゆえ夜の夜中にいい年こいた大人がダルマを被って住宅街の真ん中にたたずんでいる?

 どうやら中の人物は声を出せない状態らしく、通りがかった柴崎を必死こいて逃すまいとして助けを求めているつもりだったのだろう……足払いしちゃったけど。お年寄りだったら拙いなあと改めて逃げ出したくなる。

 この状態は、罰ゲームの類か? 薄情な悪友どもがそこらに潜んで笑いをこらえているならまだいいが、もしかして何かの犯罪に巻き込まれた被害者だったりしたら? この人は近所の大金持ちで……あんまり大きい家も見当たらないが、まあだったとして、家に押し入った強盗が黙らせておくためにダルマの着ぐるみを被せた…………強盗に入るのにわざわざこんなかさばる拘束具を持ってくるか? ダルマは叩けば「コンコン」と音のしそうな硬い、普通のダルマである。着ぐるみのソフトさはない。

 ううむ、わからん。

 まあともかく困っているようだから、助けてあげることにした。お金持ちだったら多額のお礼をもらえるかも知れない。足払いしたことは忘れてもらおう。

 とりあえず起こしてやろうかと思ったが、どうやって入っているのか、脚の突き出ている下部を見てみる。すると2本の腿が円形の底部から別々に生えている。てっきり大きな穴が空いてそこから被ったのかと思ったが、違うようだ。

 するとどこから被ったんだ?

 はいごめんなさいよとゴロンと転がし、背中を見た。ファスナーのような物があるかと思ったが、どうやらそういう切れ込みもない。

 あれえ〜?と首をひねった。

 上を向かせてやり、

「これ、どうやって入ったんだ?」

 と訊いてみたが、ダルマは片目で悲しげに見つめるばかり。よおく見てもどこに覗き穴が開いているのかも分からない。

 謎だ。この物体は本当に人間が被り物をしているのか?

 まさかなあと思うが、妖怪のようなファンタスティックな物なのだろうか? だとしたら、ご近所さん、ましてお巡りさんに助けを求めるのも考え物だ。見えているのが自分だけかも知れないし、他の人間が現れた途端にパッと消えて自分が頭のどうかした危ない人間に思われるかも知れない。

 ひっくり返したままもかわいそうなのでとりあえず頭を掴んで起こしてやった。ダルマは汚い毛の生えたガリガリの脚であぐらをかいた。はあ…とため息をついたように見える。

 柴崎もいい加減困った。こっちゃあ汗だくで疲れているんだ。こんなことなら停留所で待って疲れ切って活気も何もない根暗な満員バスで帰るんだった。

 どうしよう? 交番の前まで歩かせて、そこにそっと置き去りにしていこうか? でもこの辺りに交番って、工場の正門前の大通りにしかないよなあ? 遠いじゃねえか、ちくしょう。

 だいたいダルマってなんなんだ? どこの馬鹿がどういうつもりでこうしたシュールな状況を作り出したんだ?

 ええい! どうやって落とすつもりだ!?

 なんかねえかなあ、と鞄をゴソゴソ漁ってみた。飲みかけのペットボトルと携帯音楽プレーヤーとタオルと街でお姉ちゃんにもらったポケットティッシュと。

 はて?なんでこんなん持ってたんだっけ? という物が出てきた。

 極太、細、のダブルヘッドのサインペンだ。

 何のために、いつ入れたんだったかなあと考えても思い出せない。

 ま、どうでもいいや、と思いかけたが、頭に引っかかる物があって、ダルマを見た。

 こいつは片目しかない。

 売り物のダルマはそれが普通だろう。願掛けして、大願成就の暁にもう片方黒目を入れて祝うのだ。

 柴崎はじい〜〜っと見つめ、極太のキャップを外すと、キュキュキュのキュと、白目を黒く塗った。どこのどなたのダルマか存じませんが、願いは俺がもらったぜ、どーでもいいからさっさと寮に帰らせろ。

 ま、こんなもんだろうと、上手く描けた黒目に満足してキャップをつけ直した。

 ヒョコンとダルマが立ち上がって、わあ、とびっくりさせられた。

 ダルマは赤く光り出し、揃えた両脚の膝を開いて閉じてしだし、光は強くなり、白い湯気を噴き始め、膝の開いて閉じてで全身が上下する運動がどんどんスピードアップして激しくなり、眩しいほど真っ赤に灼熱し、シュッシュッポッポ、と湯気を噴きながらのピストン運動は目が追いつかないほど速くなり、限界突破!と思われたその時、


 ピシュウウウーーーーーーーーンンン………………


 と、ダルマはロケットよろしく上空高く飛び上がり、

 パアンッ!

 と一発、赤い花火を咲かせた。

 火花がちりぢりに消えていき、しいんとなったところにコオロギの鳴き声がしだした。

 柴崎は花火の消えた空を見上げ、

 なんのこっちゃ。

 と思った。

 疲れた。帰ろう。




 翌日。

 また夜中、性懲りもなく歩いて帰ってくると、大通りから昨夜の裏道に入っていくところ、ふと、もう一つ先の枝道の入り口に何やら看板が立っているのに気がついた。

 行ってみると、葬儀の案内だった。

 こちらの道は入っていくと田圃になって、農家の家がある。工場の周りはけっこう畑や田圃があって、工場が出来る前はど田舎の農村だったとか。

 興味を感じて歩いていくと、さすがに真夜中で葬式はとっくに終わっているようだったが、大きな花輪が入り口と玄関へ続く庭の道の両側にズラリと並んでいた。

 知らなかったが、けっこうな有力者の家だったらしい。


 また翌日、職場の休憩時間にそういえばと古参の同僚に葬式のあった家について訊くと、市議会議員をなんと9期も務めた地元の有力政治家のじいさんだとか。

 今度の市議会議員選挙にも齢85にして立候補の意欲まんまんだったらしいが、残念ながら持病が悪化してみまかったとか。新聞なんてテレビ欄しか見ないから知らなかった。

 そうか、あのダルマはその選挙のために用意していた物だったか。よく分からないがよっぽど10期目の当選を果たしたかったのだろう。なんで裏の住宅街に出てきたのか知らないが。見える人間が通夜の弔問客にいなかったのかも知れない。ということはやっぱりあれは他の人間には見えなかった可能性が高く、変質者と後ろ指さされなくてよかったなと。

 一つ思い出した。

 あのサインペンは嫌いな俳優がモデルになっている化粧品のポスターに夜中の帰り道こっそりイタズラ書きしてやろうと持っていたのだ。すっかり忘れていて、いやあ、悪の道に走らないでよかったなあと。

 目玉を入れてやったのが誰の願いを叶えたのかよく分からないが、少しは自分にもおこぼれが欲しいなあと思った。


 終わり



 2012年作品

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