第25話 わたしの決意

「時にミレイユ様、先ほど外の衛兵との会話が漏れ聞こえていたのですが、『破邪の結界』が起動したというのは事実なのでしょうか?」


 御殿医ごてんいが尋ねてくる。


「それなら本当よ。だからこれ以上もう、エルフィーナ王国でヴァルスの感染が広がることはないわ。既に症状が出ている患者も、少しずつ良くなっていくはずよ」


「ではジェイク殿下も、このまま回復なされるのでしょうか?」


「ただし――末期重症者を除いてね」


「なんと……」

 わたしの言葉に、御殿医ごてんいはこれ以上ないくらいに沈痛な表情を見せた。


「ねぇ、一応確認なんだけど、そっちでジェイクを助けられる?」

 わたしが尋ねると、


「ここまで症状が重く進行してしまっていては、我々の持つ医療技術では為すすべがありません。余命を伸ばして奇跡を待つのが、せいぜいのところかと……」


 御殿医ごてんいのリーダーは、声を絞りだすようにして言った。


「だったら――だったらジェイクの命を、わたしに預けてくれないかな?」


「ミレイユ様、なにか策があるんですか!?」


 わたしのその言葉に、部屋に入ってからずっと心配そうにジェイクの顔をのぞき込んでいたアンナが、喰いつくようにわたしを振りかえった。


「あるわ。『破邪の聖女』の力には2つあるの」


「2つですか?」


「1つは『破邪の結界』の構築と維持。これはどっちかって言うと予防に近いわね」


「それが今までやってきたこと、ですよね?」


「そうよ。そしてもう1つが、すでに起こった病に対処するための、癒しの力『ヒーリング』よ」


「癒しの力『ヒーリング』……ってことは、ジェイク様を治せるんですか!?」


「ええ、今からそれを実行するわ」


「すごいです! さすがは『破邪の聖女』ミレイユ様です!」


「ま、そういうわけなんだけど、極度の集中が必要だから、皆さんには申し訳ないんだけどここから退出していただいても構わないでしょうか?」


 わたしの言葉に促されるようにして、御殿医ごてんいたちが医療ルームを後にする。

 アンナも一緒に出ていこうとしたのを、


「アンナ、あなたはここにいてほしいの」

 わたしはそっと呼び止めた。


「私がいると、ミレイユ様が集中することの邪魔になりませんか?」


「アンナはわたしのお付きメイドだからね。結界を起動するときも一緒だったし、最後まで見届けて欲しいのよ。『破邪の聖女』ミレイユ・アプリコットの、一世一代の回復術をね」


「そういうことでしたら、わかりました。最後までミレイユ様にご一緒させていただきます」


 そう言うとアンナは、ジェイクのそばに立つわたしから少し離れたところで静かに待機した。


「さて、と。すーー、はーー……」


 わたしは大きく深呼吸をすると、意識を集中しはじめた。


 これだけ重症化してしまうと、普通のヒーリングじゃ焼け石に水で、とてもじゃないけど間に合わない。


 『神威の発動』『神の奇跡』とも言われる最高位のヒーリング奥義、『アルティメット・リジェネレーション』を使うしかないだろう。


 ただしそれには1つだけ問題があって。


 『破邪の結界ver.エルフィーナ』の起動にかなりの力を持っていかれたばかりのわたしは、残っている聖女パワーがほぼすっからかんなのだった。


 2、3日すれば元に戻るだろうけど、もちろんそれじゃあ間に合わない。


 つまり『アルティメット・リジェネレーション』を使うには、わたしに残ったパワーじゃ全然足りないってことなのだ。


 ムリ無理むりのカタツムリなのだ。


「――だけど、ふん! それがどうしたっていうの?」


 わたしは自分を奮い立たせるように、小さな声でつぶやいた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る