第24話 悲劇の主人公

 近衛兵に案内されて向かったのは、王宮内にある王族専用の医療ルームだった。


 わたしとアンナが中に入っていこうとするのを、


「申し訳ありません。現在この中は感染リスクが極めて高い汚染ゾーンですので、ご入室はお控えください」


 門番のように入り口をの両脇を固めていた衛兵の片方が、両手を広げてさえぎってきた。


「それなら安心しなさい、もうヴァルスが感染を広げることはないわ。エルフィーナ王国全土をおおう『破邪の結界』が既に起動済みだから」


 わたしは一刻を争うはやる気持ちを抑えながら、衛兵さんを説得にあたる。


「しかし、そのような報告は受けておりませんが――」


「起動したのはついさっきだから、報告が行ってなくて当然よ」


「……分かりました。確認いたしますので、少々お待ちください」


 くっ、そんな悠長なことを言ってたら、間に合わないかもしれないじゃない!


 もちろん、この衛兵の対応は極めて正しい。


 任務には忠実だし、だけど事態の変化に際してはこうやってちゃんとこっちの意見を聞いて、上に確認しようともしてくれる。


 100点満点、文句なしの対応だった。


 でも今だけは、それじゃ遅すぎるんだ。

 ヴァルスは一度重症化すれば、早ければ半日も経たずに死に至る悪魔の病なのだから。


 ジェイクは既に意識不明だって言う話だった。

 なら急いで急ぎ過ぎることは絶対にない。


 だからわたしは、


「わたしは賓客ひんきゃくとしてエルフィーナ王国に招かれた『破邪の聖女』ミレイユ・アプリコットよ? 今あなたと問答している時間はないの。事態は一刻を争うわ。ジェイク王子の命を助けるためにも、今すぐここを通してくれないかしら?」


 あまりやりたくなかったんだけど、権力による強行突破を敢行した。


 もちろんこう言われてしまったら、衛兵さんとしてはどうすることもできないわけで。


 衛兵さんは、

「かしこまりました」

 小さく礼をすると、即座に道をあけてくれた。


 重体の王子が眠る部屋の最後の門番を任されているだけあって、権力で無理やり言うことを聞かされたっていうのに、不満そうな顔すら見せないのは本当に頭が下がる思いだった。


 ごめんね、権力で頭ごなしにお仕事の邪魔をしちゃって。

 でもこういう時だけしか使わないから許してね。


 ううん、こういうここぞの場面で使うからこその権力なんだ。


 衛兵さんには後で、感謝の気持ちと報奨金なり金一封を渡してもらうように伝えておくから、だから今だけは譲ってね。


 そして衛兵さんに通してもらったわたしとアンナが医療ルームへと入室すると、そこにはベッドに寝かされたジェイクがいた。


 すぐ脇には御殿医ごてんい――王室専属のお医者さんが数名ついていたけど、その表情は一様に沈んでいた。


「ジェイク様、そんな――」

 状況を察したアンナが、呆然ぼうぜんとしたようにつぶやく。


 ジェイクの顔は土気色をしていて、もう死んでしまっているみたいだった。

 まさか間にあわなかったの!?


 だけど――、


「良かった……胸が上下しているからまだ生きてはいるわね……」


 よく見ると、ジェイクは弱弱しくも、だけど間違いなく呼吸をしているのが見て取れたのだ。


 わたしはジェイクの耳元に顔を近づけると、少し大きな声で呼びかけてみる。


「ジェイク、ジェイク! ……やっぱ意識はないか」


 なんの反応も返ってこなくて落胆したわたしに、御殿医ごてんいのリーダーっぽい人がジェイクの容態を説明してくれる。


「ジェイク殿下はおそらく5時間ほど前に重症化したと思われます。早めに休むととこに入っておられたので、気付くのに遅れてしまいました」


「やっぱり――」

 あの時はもう既に悪化しはじめてたんだ。


「症状としては呼吸が極めて弱く、完全に意識不明で、時おり意味不明なうわ言を言い、なにより40℃近い高い発熱があります。間違いなくこれは――」


 王家お抱えの超有能であろう医師の言葉に、わたしは小さく頷くと、言った。


「ええ、ヴァルスの末期重症状だわ……」

 わたしの見立てに、


「そんな!?」

 アンナが悲鳴のような叫び声を上げる。


「おそらく昨日あたりから、何かしらの違和感があったはずよ……ジェイクのやつ、無理をして隠してたんだわ。わたしが一日でも早く『破邪の結界』を完成させられるようにって。わたしが変に心配しないようにって――」


「ジェイク様は責任感がお強いですから……」


「まったく何してんのよ、あんたは……ポンコツ王子のくせに、なに無理してカッコつけてんのよ……!」


 あんたは頭を下げるしかできない土下座王子じゃなかったの?

 自分でそう言ってたじゃない。


 なのになんで無理してんのよ!


 なにしんどいくせに平気な振りして笑ってたのよ!


 誰がそんなことしろって頼んだってのよ!


 それでこんなことになって――。


 これじゃあまるで、これじゃあまるで命を賭けて世界の平和を成しとげた、悲劇の主人公じゃないの!


「あんたは! あんたはそう言うんじゃないでしょ!」


 ジェイクがそんなカッコつけの王子だなんて、わたしは許さないんだからね?

 カッコつけたまま死なせたりなんか、このわたしが絶対にさせないんだから――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る