幕間 それぞれの道程

【地上―実験都市プライベート通信】


「セレ、あなたはこれからどうするの?」

「私は……難民キャンプの皆様が地球を脱出した後、ここで朽ちるつもりですわ」

「私たちと一緒に来るつもりはない?」

「一緒に、と言うと」

「話したでしょ。実験都市をそのまま宇宙船にして……」

「……太陽系外に旅立つ計画、ですか。申し訳ありません、お姉さま。やっぱり私は人間が好きなんですの。人が誰もいなくなったとしても、せめて私だけはこの星で最後を迎えたい」

「キャンプの人たちもそれを望んでいるの?」

「それは……」

「わかってる。あなたは慕われてるものね。それなら、あなたは火星に行きなさい」

「えっ」

「向こうのとある宗教団体の船を使えば、火星の検疫をスルーできる。実はあなた以外にももう一人、火星に行く予定のヒューマノイドがいてね。GSの小隊長なのに、向こうで人間と結婚するんだって。あなたよりよっぽど人間と親しくなってるね?」

「そ、それはちょっと驚きましたが……私だってその気になればそれくらい……」

「はい、じゃあ決まりね。その別便は最後の船と一緒に来る予定だから。あと、向こうではツキユメっていう人を頼りなさいって、マスターからの指示ね。パーツとかメンテナンス関係はそこでなんとかしてくれるって。それじゃあ、元気でね」

「ちょっとお姉さま、私はまだ――もう、強引なんだから」


         ◆


【実験都市中央地下司令室】


「アイお姉さま、セレはなんて?」

「火星に行くって」

「ふーん、やっぱりそっちを選んだのね。まあ人間大好きなあの子なら当然か」

「まあね……それより、残りはあと2便でしょ? 調整は大丈夫?」

「予定よりかなり早く進んでいるけど、問題ないわ。やっぱり初期段階の混乱をほとんど理想的な形で封じ込められたのが効いてるわね。スラムの人間を船に乗せる時はちょっと苦労したけど、それも人間に手伝って貰えたし」

「ペディからクラス2の武器を大量に民間人に貸与したいって申請が来た時は驚いたけど、結果的には完璧にやってくれたからね。あれくらい優秀な子なら、是非一緒に来て欲しかったんだけど」

「人間と結婚するんだっけ? 物好きねー。てっきり人間を動かす方便かと思ってたのに、本当に恋愛感情が芽生えたのかしら?」

「さあ。ヒューマノイドは精神的には人間とほとんど差はないはずだから、そういうことも十分にあり得るんじゃない?」

「そんなものかしらね……あっ、ツバキからだわ。影響のなさそうな区に住んでいるヒューマノイドたちの退避を開始するって。このまま任せても大丈夫かな?」

「ツバキは……まあ、ショックは抜けたみたいだし、仕事はちゃんとしてるからね。任せていいと思う」

「了解。……でも一応、後で様子見とくわ。私だったらマスターが突然いなくなるなんて、きっと耐えられないもの」

「そうだね……まあ、切り替えていこう。これで実験都市が宇宙空間に出た途端にバラバラに分解した、なんてことになったら博士たちに顔向けできないもの」

「怖いこと言わないでよ……各部のチェック、もう一度徹底させるわ」

「そうして。これが最後で、始まりなんだから。絶対にミスする訳にはいかない」


         ◆


【火星日本国A区】


「ツキユメー、なんか地下工房に知らない区画ができてるんだけど」

「げっ、完璧に隠蔽したはずなのに、なんで見つかるの……?」

「あのねえ、どれだけ一緒にいると思ってるのよ。先輩のやり方は全部お見通しなんスよー」

「チャロには敵わないなぁ……それ、いちおう機密のやつだから子供たちにも黙っていて欲しいんだけど、実は今度地球からヒューマノイドがね……」

「……ほう、いつの間にそんな面白そうなことを……。それ、私には手伝わせてくれないの?」

「いいけど……勝手に分解とかしちゃ駄目だよ? 仕様に目を通した感じだと、この生体パーツって火星の技術よりかなり進んでるみたいだから」

「どれどれ……ん? これひょっとして、特許とかない感じ?」

「技術の流用はご自由に、だって。それが報酬代わりみたい」

「ええ……マジスか……ツキユメ、こんなおいしい仕事を黙って独り占めしようとしてたなんて……」

「違う違う! ちゃんとその時が来たら言うつもりだったの! ただセキュリティを突破されるのが、っていうかチャロにバレるのがこんなに早いとは思わなくて……」

「まあ、確かに当局にバレたらヤバいやつスね、これは。もっとセキュリティレベルを上げとこう。最初に見つかったのが私で良かったスねー先輩」

「うう……ありがと、チャロ」


         ◆


【実験都市中央地下私室】


「なんだか、心苦しいな」

「そうですか?」

「三姉妹はすごく頑張ってくれている。私たちのためにね」

「まあ、いくらヒューマノイドでもこのまま地球に残っていてたら生き残れないでしょうからね。かと言って連邦政府の目を掻い潜って全員で火星に忍び込むっていうのも現実的ではないですし」

「先方とは交渉をする時間も余裕もなかったしねえ」

「となれば結局、太陽系から飛び出すのが最適解なんだと思いますよ。広大な宇宙を探索するなら、ヒューマノイド以上に適した存在はいないでしょうし」

「それはそうなんだけどね……」

「……もし博士が、心変わりしたなら。私はそれがどんな道でも付いていきますよ」

「ありがとう。ユカリのそういうブレないところが、私みたいな弱い人間にはとても心強い」

「違いますよ博士。私のはただ、弾性を失っただけというんです。博士がいなければ私は、簡単に折れてしまいます」

「それは私も同じだな。だからまあ、二人ならどこへでも行けるよね」

「はい。二人なら」

「……うん。計画に変更はなしだ。行こう」

「行きましょう。準備はもう、できています」

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