追放刑

 実験都市に住む人間たちは、数世代前の文明レベルで活動を行っている。

 職場に従業員が集まり顔を合わせて仕事をする、といった前時代的なやり方がスタンダードになっている区も少なくない。

 こうした実験都市の現状を踏まえた上で救済計画を発動した場合、大きく分けて二つの問題点が表に出てくるだろうと予想されていた。


 一つは、人口が急激に減少することによって都市機能や経済活動が麻痺すること。

 もう一つは、地球脱出の順番待ちをしている人々の精神状態が徐々に不安定になっていくであろうこと。


 前者については、ロボットとヒューマノイドをフル活用することで解決できる。

 しかし後者については、実験都市が攻撃されるという公式の情報(偽)があるため、脱出の順番が後になればなるほど高まっていく不安感をどう緩和していくかが問題だった。


 それらを同時に解決するために考案されたのが、人間と見分けが付かないほど精巧に作られたヒューマノイドだった。

 全体のおよそ70%を生体パーツで構成し、体温はもちろんのこと、血圧や脈拍、発汗などの自然な生理現象、食事や睡眠まで人間そっくりに行える新開発のボディは、かなり専門的な検査を行わなければそれがヒューマノイドであると看破するのが難しいほどの出来だ。

 その代償として、ヒューマノイドの利点である耐久性やパワーは大きく落ちるが、そもそも人間社会にそれと分からせないように潜り込むのが目的なので問題はない。


 彼らは抜けた人々の仕事を引き継ぐことで都市機能と経済を維持し、また残った人々の精神的なケアをそれと悟らせないように行う。

 仕事については、カナザワが他の区から補充要員を都合したということにしても良いし、個人で行っている仕事――多くはこれだが――を引き継ぐのであればそんなカバーシナリオを作る必要もない。

 精神的なケアの方は、例えば徐々にガランとして誰もいなくなっていく街に一人残されれば、自分だけ置いていかれるのではないかという不安に駆られずにはいられないだろう。そういった部分を半ば無意識的に補完していく。新型ヒューマノイドが何気なく街を散歩していたり、買い物をしていたりする、と言った具合に。脱出が進み後半に残された人々の目にそれとなく触れるように生活を送ることで、孤立感を和らげるのが狙いだ。

 もしも残された人が、脱出が始まってからしばらく経つのにまだこんなに人間が残っているのは妙ではないか、という疑念を抱いたとしても、新型ヒューマノイドを温度センサーで調べようが何をしようが、それはどう見ても人間なのだ。単分子ブレードで体を両断でもしない限り、その正体を見破ることはできない。(ただし、仮にそうしてもフェイクの人工臓器と循環液が撒き散らされ、切断面には筋繊維と白い骨が覗いているので、余程注意深く観察しなければ人間と区別がつかないだろうが)


 計画が開始されるとまず、地球を脱出する第一陣のメンバーが区に関係なくランダムに抽選され、一斉に地上へと送られる。どの区から何名選ばれたかという大まかな情報は公表されるが、誰が選ばれたかは秘匿される。

 このタイミングで新型のヒューマノイドは空いた穴を埋めるように、密かに偽の住人となって補充されていくのだ。

 都市運営を円滑にするために文明レベルを幾分落としたとは言え、古い時代のご近所付き合いのようなものまでが復活している訳ではない。マンションのような集合住宅は廃れて久しく、一人暮らしでも専用の小さな戸建てに住むという常識くらいは保たれている。多くの人々は隣に住んでいる人間の姿も名前も知らず、ほとんどが無関心であるため、それがいつの間にか新型のヒューマノイドと入れ替わっていても気付かれる心配はない。

 稀に、近隣の人々同士によるつながりがある場合も見受けられるが、そういう場合はによって彼らがまとまって選ばれるので問題はない。

 誰と誰が親しく、どこでどういった付き合いがあるか、といった個人レベルの情報は全て秘密裏に収集、蓄積されている。こういったデータの分析と活用はAIとヒューマノイドの得意とする所だ。


 地球脱出計画を円滑に進めるための潤滑油という役割。それこそが、ほとんど人間と見分けが付かない新型ヒューマノイドが開発された理由だった。


         ◆


「そういう訳で今、急ピッチで新しいヒューマノイドが作られているんだけど……問題もあるのよね。人間と密に関わる役割のヒューマノイドは、ある程度人工意識ACこなれてないといけない。促成栽培だとどうしても会話の節々に違和感が出ちゃうからね。だからセレ、あなたみたいに十分に経験を積んでいるヒューマノイドは貴重なのよ。無駄に切り捨てるなんて論外だわ」


 ドリーの説明を聞いているうちにセレの表情は困惑から納得へと変わり、そして再び暗く沈んでいった。

 またしても自分の知らない情報が出てきたぞ、といった所だ。本当に自分は警戒されていて、情報を制限されていたのだなと実感し、虚しさがつのるようだった。

 新型のボディに着替えて、人間のために奉仕する。なるほどそれは確かに、セレの望んでいたことに近いかもしれない。

 しかしセレにはそれがどうもしっくり来なかった。

 自分は人間になりたかった訳でも、人間のフリをしたかった訳でもない。むしろ、善意とは言え人間を騙すような行為には抵抗感がある。

 自分がどうしたいのか、それを改めてセレは見つめ直す。

 情報部の長として身動きが取れなかった立場からではなく、何者でもないただ一人のヒューマノイドとして、自分の心を俯瞰する。

 その根底にあるものは一つ。人間が好きで、敬愛しているということ。これは決して変わらない事実だ。

 では、ある意味自由の身となった今、自分は何をしたいのか?

 望み。希望。願い。

 それは、自分という一個の存在として、もっと人間と直接的に、積極的に関わりたいということ――


「お姉さま。私を、実験都市から、追放して下さい」


 突然のセレの発言に対して、まさか話を聞いていなかったのかと怪訝な顔をするドリーに、セレは先んじて続ける。


「どうせ人間と偽って生きるなら、私は、地上で暮らしたいのです。地上で今も過酷な生活を送っている人々のお役に立ちたい。やっと気が付きましたわ。私はずっと、そうしたかった。でもここを離れることはできなかったから、せめて私にできることをと思って……暴走してしまった」


 今やセレは、俯いてはいなかった。

 しっかりと顔を上げて、ドリーとアイを見据えている。


「実験都市で人間として振る舞うというお仕事を頂いたとしても、私の心の奥底にある気持ちは消えません。もしかしたら、またかもしれませんわ。それよりは、地上に追放してしまった方が、お姉さま方も安心ではありませんか?」


 不敵な笑みさえ浮かべてみせる。

 それはつい先程、自分を人質にして交渉を試みた時の、あの表情だった。

 しかし。


「貴重な新型のボディを、そんなことのために使う訳にはいかない」


 ドリーの後ろで控えていたアイが、間髪入れずに答える。

 その目はどこまでも冷静で、厳正で、冷酷とさえ言えるかもしれない。

 だが三姉妹の長女たる彼女は、そこで不意に微笑んだ。


「地上に行くなら、ノーマルのボディに換装すること。どちらにせよ今の情報特化型じゃあ、地上の過酷な環境に一日と耐えられないでしょ」

「お姉さま……!」

「アイお姉さま、いいの?」


 感極まったように破顔するセレと、困惑気味なドリー。

 アイはドリーに対して軽く頷いてみせる。


「本人の希望にはできるだけ沿うように。新しいヒューマノイドを実戦投入する時の基本でしょ。ただし、セレの場合は全ての権限を剥奪するし、監視も付けさせてもらうけどね。今後大量に下りてくる実験都市の人と、キャンプで暮らしている人の間に摩擦が起きないように、緩衝の役割を担えるなら。それは重要な仕事だよ」


 アイはそう言ってから前に出て、セレを見下ろす。


「でもね、セレ。実際のところ自分の身一つでできることなんて、たかが知れてるんだよ。地上に降りたあなたは、思い通りにならない現実に絶望するかもしれない。そうなったとしても私たちは、もうあなたを助けないよ。それでもいいの?」

「構いませんわ、お姉さま。元よりこの身は死んだものと同じ。これは私の、最後のわがままですもの」

「わかった。セレ、あなたを追放刑とします。刑の執行は二日後。それまでにボディの換装を済ませられるよう手配しておきます」

「……ご迷惑を、おかけしましたわ。お姉さま。ありがとうございます」


 セレの持つ権限は全て剥奪された。

 もはやセレには何もできない。ただ一人の何者でもないヒューマノイドとして、刑の執行を待つのみだ。


 話は終わったと部屋から退出していく二人の背に、セレは小さな声で言った。


「……ところで、お姉さま方は、疑問に思ったことはありませんか?」


 一瞬、二人の姉は歩みを止めかけたが、まるでそれはコンマ数秒のラグだったかのように、そのまま振り返らずに進んでいく。


「人と変わらない心を持ったヒューマノイドがこれだけたくさん作られているのに、どうして今まで、私みたいに突飛な行動をする者がいなかったのでしょう」


 二人の姉は振り返らない。


「人間のために自分の命を犠牲にしてもいいと思った時。私は、初めて本当の自我が目覚めたような心地がしました。お姉さま、自我とは何でしょう? 


 その小さな言葉が届いたのかどうか。

 二人の姉は一度も振り返ることなく、通路の奥へと消えていった。

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