俯瞰的な視点

 実験都市は地上から数百メートル上空に浮遊しているため、必然的に地震に対する情報の優先度は低く設定されていた。

 基本的に、地上がどれほど揺れようとも、実験都市には何の影響も及ぼさない。


 だがしかし、例外はあった。それは危険度4の地震が起きた場合だ。危険度4の地震は、火山の噴火を誘発する可能性がある。

 例えば富士山が噴火した場合、埼玉県にある実験都市は距離が離れているため溶岩や火山弾などの直接的な被害を受ける可能性は低いが、しかし、火山灰は違う。偏西風に乗って運ばれてくる火山灰には、コアの力によって致死的な有害物質が含まれていると推測される。それが長期間に渡って降り続ければ、いかに空中に浮かんだ実験都市と言えども甚大な被害は免れない。そのため危険度4に相当する地震の予兆を観測した際は、気象観測班から情報が入ることになっていたのだが……。


「予兆が全くなかったか、あるいは慢性的な小さな地震によって隠れてしまっていたか……とにかく気象観測班はアラートを出すことができなかった、と」

「つまりぃ、いま地上では何の準備をする暇もなく大地震の被害を受けているってことだよねえ」

「そんなことはどうでもいいわよ。問題は実験都市に影響があるかどうかでしょ」


 身も蓋もないドリーの言葉にアイとツバキは一瞬顔を見合わせてから、まあそれもそうだなと小さく頷いた。

 もしも富士山が噴火するような事態になれば、場合によっては実験都市そのものをさせなければならない。

 いずれその日が来ることを見越して、実験都市はただ浮遊するだけでなく、移動するための推進機能を実装していた。しかし、ではいつどこに動かすのかという具体的な問題を先送りしているうちに都市の直下に人々が集まり、集落ができ、細いながらも彼らとの繋がりが生まれ、なんやかんやと時間だけが過ぎてしまった結果、今に至るのだった。


「……今、情報が来た。どうやら噴火の兆候はないみたい」

「結構早かったわね。意外とやるじゃない」

「よかったねえ」


 大地震の予兆を見逃した失点を取り返すべく、気象観測班はアイからのリクエストを待つことなく総力を上げて火山活動の観測と予測を行っていた。

 かかった時間は約1分。その間にまとめた数十年先までの予測データは、どうやらカナザワのトップたる”最初の子供たち”に合格点を貰えたようだった。


「でも、予測は先に行くほど確度が落ちるわ。早めに実験都市を移動させる準備をするべきだと思うけど」

「確かに、これからのことを考えれば……」

「でもそうするとお、例の計画がぁ……」


 火山活動の予測は難しい。

 今回のようにイレギュラーな大地震が再び起きるようなことがあれば、その危険性は急激に膨れ上がる。それならば、先手を打って噴火の影響が及ばない場所まで移動するべきだという考えは理に適っていた。


「あー君たち、ちょっといいかな」


 だがそこで、実験都市の移動計画について話し合いを始めようとしていた三人は、マリィ博士の呼びかけに一斉に反応して口を閉ざした。


「それを話し合う前にね、まずやるべきことをやろっか」


 博士の言葉を聞いてもツバキとドリーは頭の上に疑問符を浮かべるばかりだったが、アイだけは「あっ」と何かに気付いたような顔になった。そして、


「地上の人たちを救助しないと~」


 ……というマユの補足によって、ようやくツバキとドリーも合点がいったという表情をした。

 彼女たちが最優先すべきは実験都市のことだけで、そもそも地上にいる人間について思考リソースを割く必要性が最初からなかったが故に、救助という考え自体が埒外にあったのだ。

 だが、もっと俯瞰的な視点をもって考えれば、地上の人々を軽視するのは悪手だということが分かる。

 仮に実験都市が地上で救助を求める人の声を一切無視して、あまつさえ自らの安全を確保するために移動を開始するとなれば、火星でそれを観測している人類の感情は一気に燃え上がるだろう。


 忘れてはならないのは、彼らは決して無能な傍観者などではないということだ。

 実験都市が人類にとって害悪にしかならないと彼らが判断すれば、最悪の場合、過去の遺産たる対地上兵器によって実験都市は焼き尽くされてしまう可能性すらある。

 それに何より、実験都市の中に住んでいる人間にもそれなりに同族を想う心があるということも忘れてはならない。

 地上などどうでもいいから、噴火の危険性があるなら今すぐ移動を開始するべきだと主張する人間も中にはいるだろう。

 だがそれと同時に、地上にいる人間を救うべきだと考える人間も等しく存在する。

 今回のケースに限っては、しばらくは火山の噴火は起きないというデータが手元にある以上、後者の意見を尊重する必要があるのだった。


「すみません、完全に失念していました……」

「GSの災害救助班に要請送りましたあ」

「医療ロボットの手配終わりました。揺れが収まり次第派遣できます」


 三人を代表してアイが頭を下げる間に、ツバキとドリーは手早く救助の段取りを整えていた。

 別に謝ることじゃないよとマリィ博士は苦笑しながら手を振りつつ、そうそう、と一つだけ注文をつける。


「地上に向かわせるのはロボットメインでよろしくね。ヒューマノイドは災害救助班以外はナシの方向で。人間は一人も行かせないでね」

「……わかりました。では、医療ロボットの統括役は救助班から出させます」


 アイたちは当初、医療ロボットの統括とメンテナンス役として人間の技術者を数名だけ同行させる予定でいた。

 しかしマリィ博士直々のお願いとあれば、是非にも及ばない。すぐさま予定を変更させる。


 なるほど考えてみれば確かに、いつまた大きな余震が来るかも分からない地上に、少数とはいえ生身の人間を送るのはリスクが高いことだった。

 ヒューマノイドであれば、身体の大部分が破壊されようともコアさえ無事なら元通りに修復できる。しかし人間が同じような状態になった場合、ほとんどはその場で死亡してしまうだろう。仮に生きていたとしても、脳が死なないように何らかの延命措置を取らなければならないという制限が発生してしまう。

 自分たちはどうも未だにその辺りの感覚がヒューマノイドベースなところがあり、咄嗟の場面で人間の感情に寄り添うことが難しいらしい……アイは並列思考の一つでそう自己分析しつつ、その分析結果を二人の姉妹に共有するのだった。

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