議決



「記録を見た感じだと、タカハタ主任の思想には問題はなさそうだったけど」


 アイは記録映像の要所を何度かリピートしながら言った。

 ここで確かめるべきは、タカハタ主任に反ヒューマノイド思想があったかどうか、という点だった。

 仮に中央の研究者がそういった思想に染まっていた場合、本人の持つ影響力の大小にかかわらず、即時の追放が妥当となる。その思想を周囲に伝染させられた場合に被る損害が大きすぎるためだ。


 だが逆に、思想的に問題さえなければ、優秀な研究者を手放すのは惜しいというのも彼女たちの本音だった。

 人間とヒューマノイドでは基本的に得手不得手が異なる。人間の思考データを蓄積して活用することでヒューマノイドが全てをカバーできるようになるには、まだまだ時間が必要な段階なのだ。


「そう? 確かに積極的に反ヒューマノイドを肯定していたわけじゃないけど、自分が手を貸したらどうなるか薄々わかっていながらそれをするっていうのは、ヒューマノイドのことを軽んじている証拠だと思うわ」

「それはツバキも思ったかなあ。少なくともぉ、カナザワへの忠誠心はかなり低いと思うよぉ」


 ドリーとツバキの意見を聞きながら、アイは「ふむ……」と小さく唸る。

 別にカナザワは、人間の思想の統制をしたいわけではない。住民や研究者全員に忠誠を誓わるつもりなど毛頭ないのだ。

 しかし、だからといって反乱分子が中枢の近くにいるのを見逃す訳にもいかない。

 今回のケースは、タカハタ主任を追放するべきか否か、そして仮に追放しないとしたら、そのことで今後カナザワが不利益を被ることになるかどうか、という点が問題となっている。

 そしてそれを見極めるには、思想や忠誠心といった目に見えない曖昧なものを推して量るしかないのだ。


「でも、事情聴取では自分は反ヒューマノイド思想ではないみたいな意味の言い訳を真っ先にしていたけど」

「言い訳……まあ言い訳よね、あれ。見苦しい。自己保身のための口先だけの言葉なんて信用ならないわ」

「でもでもぉ、数値的に嘘ではなかったしぃ。そうやって自己保身を最優先する臆病な性格ならぁ、継続的に脅しておけば大丈夫そうじゃない?」

「ツバキお姉さまって結構エグいこと普通に言うわよね……」

「そお?」


 と、その時アイの視界に追加の情報が届けられた。

 それは予め、家宅捜索に向かっていたGSにリクエストしておいたものだった。


「二人とも、彼の家で見つかったみたい」

「何が?」

「汚い個人研究室には不似合いな絵画。しかも梱包されたまま飾ってないやつ」

「あー、姉さまが探させてたやつだぁ」

「本当にあったのね」

「そ。購入履歴なし。明らかに誰かからの貰い物で、価値は高い。ネットで追跡されないようにマネーじゃなくて現物で報酬を受け取る……化石みたいなやり口よ」


 都市一つが空に浮かぶようなこの時代において、本当に価値のある物理的な絵画などというものは、とっくに火星へと持ち運ばれている。

 だがしかし、どんな時代、どんな場所でも絵の具やインクを使ったリアルの絵を描く者は存在し、そしてそんな作品を売り買いする商人もまた存在するのだ。


 とある若者が描いた絵をとある商人が見つけ、その絵を公式に”評価”し、本来であればあり得ないほどの高値を付ける。

 そして、そういう作品を探していた人間がその絵を購入し、いったん自身で保有してから”友人”にプレゼントする。

 だが残念なことに、その”友人”は絵を愛でる趣味がない。

 そこで別の商人がその絵を”適正な”価格で買い取る……。


「絵の譲渡と売却と購入を数サイクル挟めば、出どころの追いにくい不思議な資産を相手に届けられるってわけ」

「ずいぶんと面倒くさいことしてるのね」

「まあ、私たちの視点から見れば滑稽というかなんというか……ああ、もう追跡が終わったみたい。……Jエイスと接触してから数週間後に絵を受け取ってる」

「アホだね~」

「バレバレじゃない」

「まあ逆に言えば、研究欲と金に目がくらんだっていう証拠にはなるかな……」

「事情聴取の時に報酬のこと聞いたら露骨に話をそらしてたのぉ、笑えたよねえ」

「少し彼がかわいそうになってきたわ……」


 可愛らしい見た目に反して容赦のない意見を口にするツバキに若干引きつつ、ドリーは絵の推定取引価格を確認してから頷いた。


「確かにこれはちょっとした財産ね。仮にタカハタ主任が反ヒューマノイド思想に染まっていたなら、Jエイスはここまでの報酬を支払う必要はなかった……ってことになるかしら?」

「見た目通りの小物だったってことだねえ」

「事情聴取で大体の人物像は掴めていたし、私たちも少し慎重になりすぎたかもね。でも、無罪放免というわけにはいかないから、何らかの罰は必要になるけど……」

「それこそ10区あたりの現場で働かせればいいんじゃないかしら? 本人もそれを望んでいたみたいだったし」

「研究だけしていたい~って感じだったよねえ。下手に出世しちゃってぇ、人を動かす立場になったのが窮屈だったのかもねえ」

「それじゃ、ひとまず中央から離しつつ最大限に貢献できる場所を探す方向で」

「意義なし~」

「いいんじゃない」

「……と、いうことで、どうでしょうか」


 意見をまとめたアイは、マリィ博士とマユに顔を向けた。

 自分たちの話し合いはあくまで、彼女たちの手間を軽減させるためのものだ……とアイは理解している。

 最終的な決定権は、マユとユカリ、そしてマリィ博士だけが持っているのだ。


「いいと思うよ」

「そうね~。あとは、再発防止策をきちんとしないとね~」


 マユの言葉に、アイは心得ているとばかりに力強く頷いた。

 タカハタの処分を決めればそれで終わり、というわけではないのだ。

 事件を起こしたJエイスのような人間が、この事件をきっかけに今後も現れないとは言い切れない。

 であれば、それを未然に防ぐような対策を講じなければならない。


「現在ヒューマノイドの製造に関連する施設で働いている、Jエイスが所属していた設備員派遣会社……カナザワファシリティソリューションKFSの人間社員全員をヒューマノイドに置き換えます」


 今回のテロは極論、人間が施設内で働いていたから起きたことだ。

 完全にロボットのみで稼働させていれば、こんな事件が起きる余地はなかった。

 とは言えあらゆる施設においてメンテナンスは不可欠で、細かいイレギュラーを迅速に処理するためには、現場で即時判断できる人間を常駐させるのが一番合理的かつ経済的だったのだが……今回はその人間が事件を起こしてしまった。

 人間が頭蓋の奥に隠している思想を全て読み取ることは、今の科学でも不可能だ。

 ならばどうするか?

 簡単だ。人間と同じように自分の感覚で物事を判断でき、かつ思想に問題がないことがこれ以上ないほど完璧に保証されている存在を人間の代わりに据えればいい。

 原因を根本から取り除くという意味では、これ以上ない方法だった。


「でも、それだと反発が出ないかな? 大丈夫?」


 マリィ博士の指摘はもっともだった。

 アイが提案した対策は、まさにJエイスが危惧していた「ヒューマノイドが人間に取って代わる」ことに他ならないのだから。

 しかしアイは表情を変えることなく口を開いた。


「問題ありません。彼らには、働いてもらいます」

「計画を前倒しにする……ってこと?」

「いえ、むしろ実地での最終テストと考えていただければ」

「うん……まあ、いいんじゃない? マユさんはどう思う?」

「そうね~、できるだけ丁寧にやってほしいんだけど~」


 マユがおっとりとした表情で注文をつけると、アイは先ほどの議論の最中に並列思考で作成していた資料を二人に送った。


「教育中のヒューマノイドへの募集は先ほどかけました。感触は悪くないのですぐに定員に達するでしょう。必要な技術に関しても十分にデータは蓄積されています。あとは現地での引き継ぎをマスターのご要望通りしっかりと行うことを考えれば……概算ですが2ヶ月ほどあれば完了できるかと」

「さすがね~。あとは、入れ替えになるKFSの社員さんのケアもきちっとね~」

「わかりました。ヒューマノイドたちはカナザワ系列の別会社の社員ということにする予定ですので不満は出にくいとは思いますが、KFS社員の異動先も予め希望を聞きながら、なるべく穏便に済むよう手配します」


 うんうんと満足そうに頷くマユの笑顔を見て、アイはほっと胸を撫で下ろした。

 これでひとまず当初の予定であった議題は片付いた。


 しかし今日は、これで終わりというわけにはいかなくなってしまっていた。

 先ほどの記録映像を見た三姉妹が見つけたイレギュラー。

 次はそれについて、話し合わなければならない。


「さて……それじゃあ次は、データが流出していた件について」

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