記録映像

「だいたい予想通りだったねえ」


 ホロウインドウが消えた後の光の残滓を背景に、ツバキが満面の笑みで振り返る。

 後光が差す女神のように美しいその顔、その芸術的な額に、ビシッと人差し指の先が突き立てられた。


「前触れなくいきなり本題に切り込むとか、お姉さまには段階を踏むっていう発想がないのかしら!?」

「あうっ あうっ だってえ、どうせ嘘ついてもわかるんだからあ、前置きとかもういいかなって思ってえ」

「仲良しね、あなたたち……」


 ビシビシとツバキの額を連打するドリーを呆れた目で見ながら、アイはたった今届いたばかりのデータファイルを二人に共有した。


「ほら、さっきリクエストした記録映像が来たから、じゃれ合うのはそこまで」

「おおー、早いねえ」

「情報部もやればできるじゃない」


 三人の視界に、やや粗い画質の映像が流れ始めた。

 それは、10区の片隅にある小さな食事処の、2年前の映像だった。


 個人経営の食堂のような狭い空間。

 テーブルと椅子のセットがいくつか並んでいる。

 数世紀前から続く伝統的な飲食店のスタイルだが、外周区ではそれほど珍しいものではない。

 入り口から死角になっている奥まった席に、二人の男が額を寄せ合うようにして座っている。映像は二人のすぐ近くと真上から撮られており、位置関係が把握しやすいように編集されている。

 カナザワプロパティ建設が関わっている全ての建物において、こうして密かに情報が記録されているということを、ほとんどの住民は知らない。それは彼らも例外ではなかったらしい。


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Jエイス「久しぶりに会ってこんな話をするのもなんだが……中央に行ったお前にはぜひ聞いてほしい話がある」


タカハタ「なんだよ。変な勧誘とかだったら帰るぞ」


Jエイス「……この資料を見てくれないか」


タカハタ「なんだ? 人口統計?」


Jエイス「この都市の、一昨年と去年の人口を比較したものだ」


タカハタ「これが何だって言うんだ?」


Jエイス「119人、減っているよな」


タカハタ「そうだな。それで?」


Jエイス「これが詳細だ……死亡数912人、追放数1人。出生数は773人で、地上から12人を引き上げている。そしてこの年、新たに生産されたヒューマノイドは5体だ」


タカハタ「ん……?」


Jエイス「減少した913人と増えた785人の差は128人、ヒューマノイド5体も人口に加えられるから……減少した人口は123人が正しいはずだ。119人ではなく」


タカハタ「統計が間違っているのか」


Jエイス「いいや、違うぞタカハタ。統計は合っている。都市全員の個人データを登録しているのにこんな単純な間違いなど起こるはずがないだろう?」


タカハタ「だが実際、間違っているじゃないか。4人多い」


Jエイス「合っているんだよ。この、どこから来たかわからない4人は間違いなく存在している」


タカハタ「話が見えないな。結論を言ってくれないか?」


Jエイス「この4人はヒューマノイドだ」


タカハタ「……続けてくれ」


Jエイス「年に一度か二度、中央区で公式に区民としてヒューマノイドを迎え入れるイベントのようなものがあるのは知っているな?」


タカハタ「イベントというか、実験の一環だろ。人とヒューマノイドの共存環境を作ってその生活データを収集する……まあ、顔と名前、住所や働く場所まで公開されるんだから、イベントというのもあながち間違いじゃないかもしれないけど」


Jエイス「よく考えてみろ。なぜわざわざメディアに公開する? 大々的に、注目を集めるような真似をするのはなぜだ? 本当に共存データを取るつもりなら、そんな目立つようにヒューマノイドを人間の中に放り込んだりするか?」


タカハタ「まあ、センシティブな問題だからな。こっそりやったりしてバレたら非難を浴びるに決まっているし、それなら全部つまびらかにした上でやりましょうってことなんじゃないのか」


Jエイス「まさにそこだ」

Jエイス「さっきの統計データで増えていた謎の4人。俺は、密かに民間に潜り込んだヒューマノイドの数だと思っている」


タカハタ「はあ?」


Jエイス「奴ら、素知らぬ顔で人間に成りすましていやがるんだ。人間とヒューマノイドの共存実験の本命は、間違いなくこっちだろう」


タカハタ「いや……だからそんなバレた時のリスクが大きいことをしないように、大々的にやっているんだろうって話だろ?」


Jエイス「だが、公式に発表されているデータに間違いはない。他に何か、この4人が出てきた理由が思い当たるか?」


(短い沈黙)


Jエイス「恐らく、既にこの都市の中にはかなりの数のヒューマノイドが人間のふりをして潜り込んでいるはずだ。そして人間は職を追われ、外縁部のスラムに追いやられている」


タカハタ「待て待て……ヒューマノイドは温度センサーで簡単に見分けられるんだぞ。お前が言うように大勢のヒューマノイドが人間社会に溶け込んでいたとしたら、とっくにバレているはずじゃないか?」


Jエイス「そうだな、ヒューマノイドの体温は人間とは明らかに違う……この都市の誰もがその常識を疑いもしない。だが考えてもみろ、センサーに映る部分の温度を偽ることくらい、今の技術で実現できないと思うか?」

Jエイス「わざとなんだよ。ヒューマノイドを区民として受け入れるイベントを大々的にやるのは。そうやって誤ったイメージを俺たちに植え付けているんだ」


タカハタ「ひどい妄想だ、と言いたいところだけど……0区のトップたちならそれくらいやりかねんという気持ちもあるな……」


(しばらくの間、無言)

(タカハタはグラスの水を飲み、Jエイスはじっと机を睨みつけている)


タカハタ「お前がヒューマノイドをうとましく思っているらしいってことは、今の話でなんとなくわかったが……なあエイス、お前の今の職場って……」


Jエイス「ああ。ヒューマノイドの生体部品工場だ。皮肉なことにな」


タカハタ「つらくないか?」


Jエイス「つらいさ。でも俺はしがない設備員だからな。上からこの現場に行けと言われれば黙って頷くしかない」


タカハタ「なあ、もし良ければ……」


Jエイス「だから俺は、新しい事業を立ち上げようと思うんだ」


タカハタ「独立するのか」


Jエイス「いや、今の仕事とは関係ない。完全に新しい、まだ誰も注目していない分野だ。ここで再会したのも縁かもしれないな。お前の協力さえあれば……」


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「うーん……」

「まずいねえ」

「これはちょっと予想外だったわ……」


 動画を確認した直後、三人の意見はまるで打ち合わせていたかのように一致した。

 たった一点。あってはならない、あるはずのない情報がそこにあったからだ。

 それはこの動画を確認する当初の目的からは外れたものだったが、しかしそれ以上に致命的とも言うべき問題だった。


「まあ、長くなりそうだからひとまずそれは置いておいて……先にタカハタ主任の処分について決めてしまいましょう」

「賛成~」

「そうね」


 長引きそうな議題は後回しに。

 合理的ではあるが、人間ではこんな風に切り替えることはなかなか難しい。

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