事情聴取

「タカハタ主任、41歳。20年前に2区の研究区に入り、薬学関係の研究に従事。7年前からバイオ製品の素材研究に携わる。妻子なし、恋人なし、犯罪歴なし、治療中の病気なし……だってえ」

「なるほど。彼が自由にできる環境なら半液状爆薬を作ることも可能かな」


 情報部から引っ張ってきたデータを朗読するツバキの声に耳を傾けながら、アイは冷静に分析する。


「完全にクロじゃない。あーあ、よりにもよって中央の研究者がAHGに加担してたなんて最悪だわ。これはもう表に出ないよう秘密裏に処理すべきね」

「ちょっとドリー、物騒なこと言わないの。それにまずは事情聴取からでしょ」


 ドリーは半ば冗談めかしながら、しかし的確な手段を提示してみせたが、アイは長女らしい態度でそれをたしなめた。


「じゃあ事情聴取それ、ツバキがやるぅ」


 そしてツバキは絶妙なタイミングで事情聴取役を買って出ることで、話の流れを穏便な方向へと誘導する。


「……博士、マスター、それで構いませんか?」


 三人のヒューマノイドたちが協議するのを見守っていたマリィ博士はちらりとマユに視線を投げ、マユが笑顔で頷くのを見てから、「やってみなさい」とアイに優しく答えた。

 最初から最高責任者であるマリィ博士たちの指示をただ待つのではなく、自分なりに考えをまとめて行動しようとする娘たちの姿は眩しいものだ――マリィ博士もマユもそんな気持ちを抱きながら、我が子の成長を喜ぶ親のように彼女たちを見守っているのだった。


         ◆


 最高レベルの緊急コールによって強制的に対話画面に呼び出された男は、突然のことに訳が分からないといった表情で目の前のホロウインドウを見つめていた。

 そこにはクリーム色のロングヘアに眠そうな表情を浮かべた少女が映っていた。

 一瞬、誰かの手違いかと疑ったものの、このレベルの呼び出しを行えるのは0区のラボにいる取締役かその配下のヒューマノイドしかいない。その事実に気付いた彼は抗議のために開きかけた口をどうにか閉じて、事の成り行きを待つことにした。


「えっとぉ、あなたは2区のタカハタ主任で間違いありませんねえ?」

「……はあ、そうですが」

「ちょっとお聞きしたいことがありましてえ」


 少女のマイペースな喋り方に警戒心と緊張感をくじかれつつ、タカハタは困惑し切った表情を浮かべていた。


「あの、あなたは一体」

「質問はこちらからするのでぇ、それ以外は勝手に喋らないで下さいねえ」

「……はい」


 少女の言葉と同時にいくつかの警告がタカハタの脳内ディスプレイに表示され、視界に映る研究室の風景にオーバーレイしていた。

 身勝手な言動をすれば、無視できないペナルティを負うことになるという警告だ。

 それは脅しでも何でもなく、まるで自然の摂理のように純然たる事実だった。


「あなたは3ヶ月前にこの人と会ってますねえ?」


 別枠でホロウインドウが開き、そこに男の写真が映し出された。

 タカハタは目の焦点を合わせる前から、それが誰であるか分かってしまっていた。

 今朝のネットニューズを見た時点で、予感はしていたのだ。

 彼は無意識に唾を飲み込んでから少女に視線を戻した。


「はい」

「それ以前に会ったことはぁ?」

「……2年、くらい前に……久しぶりに会って……」

「はい、そうですねえ。Jエイスさんとタカハタさんは生まれた時から近所に住んでいてえ、幼馴染っていうやつですねえ。あなたが2区に引っ越してからは連絡も取り合っていなかったのにぃ、2年前に再会してからは何度か顔を合わせてますねえ」

「ええまあ……」


 目の前の少女は相変わらず眠そうな表情と間延びした喋り方をしているにもかかわらず、タカハタは頭を締め付けられるような感覚に冷や汗を浮かべていた。


「あっそうだ、今朝のニューズは見ましたあ?」

「え、ええ……ざっと目を通すくらいは……」

「じゃあそういうことなんでえ、爆薬を彼に渡すことになった経緯を説明してもらえますかあ?」


 あまりにも唐突に、自然に、一直線に本題に切り込まれたことで、タカハタは一瞬意識が遠のくような冷たい感覚を味わうことになった。

 なにやらホロウインドウの向こうで別の女性が話す声が小さく聞こえたような気がしたが、彼の意識はそこに注意を向けるどころではなかった。


「ちょっと何のことか……」

「知ってると思いますけどぉ、この通信では嘘はつかない方がいいですよお。ぜんぶわかっちゃいますからねえ」

「いや、ち、違うんだ」

「なにが違うんですかあ?」

「私は悪くない!」

「……タカハタさん、ツバキはぁ、経緯を説明して下さいって言いましたよねえ?」

「あ、ああ……」


 ツバキ? この少女の名前か? どこかで聞いたことがあるような……

 そんな彼の余分な思考を吹き飛ばすかのように、脳内でアラートが鳴り響く。

 幻聴という意味でのそれではない。明確な警告音と共に脳内ディスプレイには大きな文字で通知が浮かび、それと同時にタカハタの研究者としての権限のうち、いくつかが凍結されていく。

 今はまだ脅しのような段階だが、最悪の場合、この凍結が彼のパーソナルアカウントにまで及ぶであろうことは明白だった。仮にそうなれば彼はもう、この部屋の扉ひとつ自由に開けることができなくなる。


「あ、あいつと会ったのは偶然だったんだ。10区の薬品工場を視察しに行った帰りに偶然再会して……」

「その時どんなお話をしましたかあ?」

「2年も前のことだから細かくは覚えていないが……あ、あいつはヒューマノイドのせいで生活がうまくいかないとかそんなことをずっと愚痴ってた……わ、私はもちろんそんなことは思っていない! この都市はヒューマノイドがいるから、こそ」

「余計なことはぁ、喋らなくていいですからねえ。同じことを何度も言わせないでくださいねえ」

「すみません……」

「それでえ、あなたは彼の思想に賛同したわけでもないのにい、爆薬を作ってあげることにしたんですかぁ?」

「ち、ちが……」

「んー?」

「……エイスの奴は、今の仕事に不満を持っているようだった。それで、新しい事業を立ち上げる計画があると……」

「どんな計画ですかぁ?」

「新しい素材を開発するとか……かなり小さな規模での爆発的な化学反応が必要で、そのために半液状の爆薬を開発してほしいと持ちかけられた」

「その話ぃ、ちょっとおかしいなあとか思いませんでしたかあ?」

「私はマテリアル関係は専門外の素人なんだ……それが必要だと言われればそうなのかと思うのは仕方ないだろう……」

「その爆薬が悪用される可能性は考えなかったんですかあ?」

「それは……わかってる。私もわかっていた……でも……」

「……続きをどうぞぉ?」

「す、すまない、少し飲み物を」

「いいですよお。あまり時間をかけない方がお得だと思いますけどお」

「あ、ありがとう。それで……ああ、私もその頃、なんというか……鬱憤というか、やりたい研究に手を付けられない状況にストレスが溜まっていて、そんな時エイスが提案した爆薬の開発は私の興味を強く引くものだった」

「なんらかの犯罪に使用される可能性を考えながらもぉ、その仕事を引き受けた?」

「……確かに、何かキナ臭いものは感じていた。でもまさかテロのために使われるとは思わなかったんだ! 本当だ!」

「ふぅん、そうですかあ。それでぇ? 報酬はどのくらいもらったんですかぁ?」

「ほ、報酬は……研究資金は全てエイスが出してくれた……私は自分の興味のある研究を行えるだけで……それだけでよかったんだ……」

「へーぇ、なるほどお。研究者のかがみですねえ」

「いや……」

「ところで今GSがあなたの家に家宅捜索に入っていますのでぇ、何点か参考になるものを押収させてもらいますけどぉ、あらかじめご了承下さいねぇ」

「なっ……」

「ご協力ありがとうございましたあ」

「ちょっと待ってくれ! まさか地下の研究室に入っ」


 ホロウインドウは無慈悲に消え、光が散るエフェクトがキラキラと舞った。

 タカハタは浮かせかけていた腰を再び椅子に下ろすと、がっくりと項垂うなだれた。

 今の聴取も含めて調査が行われ、その後に彼の処分が決定されるのだろう。

 身体を拘束されることはない。その必要がないからだ。どこへ逃げようとも、この実験都市に逃げ場所なんてない。唯一監視の目が届かないとされている外縁部のスラムですら、向こうはわざとそういう場所を作っているに過ぎないのだから、その気になれば簡単に捕捉されてしまうに違いない。


「ツバキ……そうか、思い出した。”最初の子供たち”の一人じゃないか……」


 この都市を支配するカナザワのトップが生み出したヒューマノイドのうち、最初に作られた三体は他のヒューマノイドとは別格の扱いをされている。

 いわゆるプロトタイプというやつだ。画一的でなく、実験的であり、そしてオーバースペック。現在運用されているGSや、一般のヒューマノイドは彼女たち自身が設計したものだと言われている。

 そんな三体のうちの一体が直々に事情聴取に出てきたとなれば、今回のテロ事件をカナザワがどの程度重く受け止めているかは自ずと理解できる。


 タカハタは処刑を待つ囚人になったような気持ちで研究室の椅子に座ったまま、背を丸めて長い溜息をついた。

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