思想犯

 昨夜21時40分ごろ、10区の工業区にあるヒューマノイド用生体部品工場で爆発があった。

 この爆発によって作業用ロボット3機が破損。小規模の火災が発生したが、すぐに消し止められた。

 工場の建材の一部が飛散した影響で周囲の建物にも被害が出たものの、負傷者はいなかった。

 現場に駆けつけたGSが、工場付近で独り言を呟いている挙動不審な男を発見し、声をかけたところ逃走を図ったため拘束。直後に男は体内に隠していたとみられる爆発物によって自爆した。

 自爆による周囲への被害はなく、男を取り押さえていたGSにも怪我はなかった。(ただしこのGSは現場に到着する前に左腕を破損していた。詳細は別項に記載)

 男の名前はJエイス、40歳。

 調査によると、彼は爆発があった工場の当直設備員で、工場内部の構造に詳しかったという。

 使用された爆発物は半液状の爆薬とみられ、これは工場入口のセンサーでは感知できないものだった。

 勤務のたびに数回に渡って爆薬を工場内に運び入れていたらしく、計画的な犯行だったとみられる。

 また、JエイスはAHG反ヒューマノイド集団のメンバーだったことが判明している。


「……昨夜の爆発事件に関する報告はこんなところですね」


 鳥と虫の声がBGMを奏でる爽やかな朝にしては物騒なニュースを報告したアイは、恐る恐るといった様子で少し離れた上座のソファに座る二人の様子を盗み見た。

 ユカリ……いや、マユは頬に手を当てて「あらまあ」といった表情をしており、マリィ博士はいつも通りの謎めいた微笑を浮かべている。


「なにはともあれ、被害が少なくてよかったわね~」

「でも、犯人は死亡してしまった。残念だよ」

「自爆ではどうしようもないわよね~……」


 今回の爆発事件は、この実験都市始まって以来の大きな出来事だった。

 事件の大きさという意味では、以前外周区のギャングたちが大規模な抗争を起こしてGSが総出動することになった時の方が大事おおごとではあったが、それはあくまでも人間同士のいさかいの範疇に過ぎなかった。

 しかし今回の事件は、明らかに人間がヒューマノイドに対して悪意を持って起こしたものだ。その事実は実験都市にとって重い意味を持っていた。


「AHGの奴ら、とうとう一線を超えてくれたわね」

「ドリー……ちょっと」


 気になっていたマリィ博士たちの反応が穏当なものだったのでホッと息をついたのも束の間、テーブルを囲んで座っていた二人の妹のうちの一人、ドリーのいきどおったような声を聞いて、長女のアイは思わず険しい視線を送った。


「今までは表立って事件を起こしてこなかったから、大目に見てあげていたけど……今回のこれは明らかにテロよ。ヒューマノイドに対する宣戦布告だわ」

「それはまあ……そう見えなくもないけど」

「どう見てもそうじゃない! この街にいるAHGの奴らは全員追放すべきよ」


 追放とは言葉の通り、対象を実験都市から地上へと移動させることだ。

 壁の上から突き落とすような野蛮な真似はしないが、ほぼ身一つで地上に降ろされた後、その人物がどういう生活を送ることになるかは想像に難くない。

 実験都市における死刑とも言える、最上位の刑罰だ。


 実験都市の司法は言わずもがなだが、全て中央のカナザワが握っていた。

 一応、旧来の日本国憲法をベースにした法律は存在しているが、それは絶対のものではない。

 彼女たちが望めば、気に入らない人間をいつでも好きなように追放することができる。……もちろん、これまでに不当な理由で彼女たちがその権力を振るったことは一度もなかったが。


「それはダメだよお、ドリー」


 アイが口を開くより先に、向かいに座るツバキがドリーの腕にそっと触れながら言った。


「なんでよ! これから先、同じようなことが起きないっていう保証はないのよ? それなら見えている芽は先に摘んでおくべきだわ」

「だって他の人たちはぁ、まだ何もしていないでしょお?」


 仮に相手が反政府組織のような集団であれば、実行役以外はまだ何もしていないから手を出すべきではないというツバキの言い分は通らなかっただろう。

 しかしAHGというのは少し特殊な集団だった。

 いや、厳密には集団とすら言えないのかもしれない。


 それは実験都市が独立を宣言した年に火星のネットワーク上で発足したもので、アンチヒューマノイドを掲げてはいるものの、定期的に集会をしたり、集まってデモをしたり、あるいはゲリラ活動をしたりするような性質のものではなかった。

 自分もそれに所属するという意思をネット上で表明しさえすればパスが発行され、ただそれだけでAHGを名乗ることができる。

 言わば、同じ主義主張を持つ者同士をゆるくつなげるだけの、実体のない旗印でしかなかった。

 もちろん、中には自分なりの考えを行動に移そうとする者もいたし、それに賛同する者もいたが、それらはやはり集団の総意ではなく、あくまで散発的な活動だった。

 今回の爆発事件……ヒューマノイドに対するテロ行為も、その中の一人が過激な行動に走った結果に過ぎなかったのだ。


「実験都市でAHGに所属している人間は、約50名程度。実験都市の人口146,671人に比べたら微々たるものだけど、50人もの人間がGSに連行される様子を見た住人たちはどう思うか……ドリー、あなたにも想像くらいできるでしょ?」


 アイがツバキの言葉を補足するように具体的な数字を出して説明すると、ドリーはぐっと奥歯を噛んで口を閉ざした。


 反ヒューマノイドという思想を持つこと自体は罪ではない。

 現在の実験都市の形であれば、それを罪とすることも可能ではあるが……さすがにマリィ博士もユカリもマユも、そこまで徹底するつもりはなかった。

 つまり現状ではネット上で、あるいは現実で、自分は反ヒューマノイドであるといくら主張しても、GSに逮捕されるということはない。

 そんな中で、ある日突然AHGに所属していたという理由だけで50人もの人間が追放されることになれば、どうなるだろうか?

 彼ら人間を拘束するのはGSの役目であり、そしてGSとはヒューマノイドのみで編成された治安維持部隊なのだ。

 人々の目には、ヒューマノイドが大勢の人間を無理やり連行し、暴力的な手段でもって理不尽な罰を与えているかのように映るだろう。

 その結果、これまでヒューマノイドに対して悪感情を抱いていなかった人間のうちの何割かが、彼女たちを恐れる、あるいは憎むようになることは想像に難くない。


「それにぃ、火星の暇な人たちにぃ、おやつをあげることにもなるかもねえ」


 ツバキが指摘したように、AHGの一斉追放はセンセーショナルな画をネットを通じて火星にも提供することになる。

 一旦は下火になったはずの実験都市とヒューマノイドに関する問題に、新たな燃料を投下することになりかねないのだ。


「お姉さまたちの言うことはわかったわよ。でも、それで何のお咎めもなしじゃ、街で暮らす他のヒューマノイドたちに示しがつかないわ」

「でも犯人は既に死亡してるんだから、これ以上はどうしようもないんじゃない?」


 この事件があくまで個人的な犯行であるならば、犯人が死亡した時点でほとんど話は終わっているというのは確かにその通りだった。

 しかしドリーは、まだ何か気になることでもあるかのような表情で少しの間思考した後、顔を上げた。


「……爆薬は?」

「えっ?」

「半液状の爆薬なんて流通してないでしょ? その犯人が自作したの?」

「犯人は設備員の資格しか持っていなかったから、そっち方面の知識があったかどうかはわからない。自宅からもそういった設備や薬剤は見つかっていない」

「ふうん。それなら、いるんじゃないの」

「協力者が?」

「そう。少なくとも一人は。交流履歴に何も残っていないなら、かなり過去に遡って監視カメラの映像を徹底的に洗うべきだと思うわ」

「そうね……まあ既に私が情報部に依頼してるんだけど」

「ちょっとアイお姉さま、そういうことは先に言って!」

「ごめんごめん、別に意地悪したわけじゃなくて……もう結果が出てるかな?」


 アイはドリーから目をそらしつつ、誤魔化すようにGSの情報部門へとメッセージを飛ばす。

 すると即座に返答があった。


「ビンゴ。過去複数回に渡って犯人と密かに接触していた男が見つかったみたい。でも……これって……」

「ちょっとアイお姉さま、さっさと私とツバキお姉さまにもデータ回しなさいよ」

「ああ、ごめん」


 データを受け取ったドリーは、その男の身元を照合した結果を目にした途端、アイと同じように怪訝な表情を浮かべた。


「……中央の研究者が、犯人の協力者?」

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