テスト開始

 長野県南部、岐阜県にほど近い場所にある平和村の山中を三人が訪れたのは、ちょうど正午を過ぎた頃だった。

 東京から松本駅までの空路は数十分程度で済むが、今回テストする兵器だけは陸路を特殊配送車で送らなければならない。その上チャロが早朝まで微調整を繰り返していたおかげで、最終的な集合時間が少し押してしまったのだった。


「いやー、あっちを直したらこっちに影響が、って感じで連鎖的に朝まで……」

「どのみち撃ちながら調整するんだから、そんなの現地でやればいいじゃない」


 マユ博士に正論をぶつけられて、チャロはバツが悪そうに頭を掻く。

 それでも二人とも、あのクールモードのマユ博士ですらどこか気分が高揚しているように見えるのは、ようやく実弾テストまで漕ぎ着けられたからだろう。

 ツキユメは知る由もないが、今回の兵器開発は挑戦的な部分が非常に多く、かなりの難航を強いられてきたという経緯があった。

 費やした時間と予算とを思えば、ようやくここまで来れたと感慨にふけるのも仕方のないことだろう。


「山の中にこんな場所があるんだねー……」


 一方ツキユメは、初めて訪れる緑豊かな自然に満ちあふれた山中にあって、どこか落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回していた。

 山道を配送車で進んでいたと思ったら、突如車がけもの道に突入し、何事かと思っているうちにいきなり周囲を特殊な鉄線で囲まれた広大な広場に出たのだ。

 巨大なホロディスプレイと物理結界によって偽装された演習場など普通ではない。

 しかもチャロが言うにはこの広場だけでなく、眼下に広がる谷やその向こうの山々まで、およそ目に見える範囲は全てカナザワ重工によって管理されている土地なのだというから驚きだ。


「本格的な実戦演習ができるように、カナザワ重工が安く買い叩いたんスよ。おかげでウチはこの辺のご老人たちからはあまり良い目では見られてないスけどね」

「そうなんだ……」

「使い道がなくてずっと遊ばせていた山を代わりに管理してるんだから、感謝されることはあっても恨まれる筋合いはないわ」


 マユ博士の淡白な物言いに、チャロは思わず苦笑する。


「いやまあ……狩猟とか、キノコタケノコ採ったりとか……地元の人にもそれまで営んできたいろいろな事情があるスから……」

「契約を結んでお金を受け取ったなら、すべて了承済みということでしょ。今さら文句を言う方が悪いのよ」


 マユ博士は言うだけ言うと、無駄なお喋りはおしまいとばかりに歩き出す。

 そのまま彼女は近くに止めてあった手すり付きの円盤のようなものにさっさと乗り込み、ふわりと浮き上がった。

 無音で浮遊するところを見れば、それが反重力装置を用いた個人用の乗り物であることがわかる。これは恐ろしく値の張るものであり、日本では私有地でしか使えないので、普段生活している分にはほとんどお目にかかることのない代物だ。


「私はターゲットの最終チェックに行ってくる」

「はーい。退避が完了したら連絡お願いしまス」


 谷を越えた向かいの山腹へ飛んでいくマユ博士を見送りながら、チャロは小さくため息をついた。


「こっちの博士は雑談するのも疲れるスねえ」

「あの優しい博士とは別人としか思えないんだけど……本当に同じ人なの?」


 思わずツキユメは疑問をこぼす。

 現代の技術ならば、声や外見をそっくりに偽装することくらい容易いだろう。なりすましを防ぐために、DNA情報の登録を義務付けているくらいなのだから。

 しかしチャロはゆるゆると首を振った。


「あしの研究室に入れる時点で同一人物であることが登録情報から証明されてるし、仮に別人だったとしても、時々入れ替わって来る理由がなくないスか?」

「まあそうだね……」


 少なくとも、記憶……というか、過去の会話の内容などは別人格になっていても完璧に引き継がれているので、仕事をする上では何の問題もない。

 かつてチャロも何度か、簡明直截かんめいちょくせつに彼女の人格について質問をしたことがあるが、「気にしないで」の一言でバッサリと切り捨てられてしまった。

 仕事をする上で特に障害になるわけでもなく、本人が説明を拒むのであれば、それ以上踏み込むのは一線を越える行為となりかねない。

 そんなわけで、まあ彼女はなのだろうという棚に置くことで、チャロはそれ以上詮索することを諦めたのだった。


「さて、それじゃこっちも準備しまスか。……と言っても、もうやることはほとんどないんだけど」


 特殊配送車によって運ばれてきたコンテナから、八本足の兵器がカシャカシャと音を立てて下りてくる。

 コードネームは女性の名前だが、歩いている姿を見るとやはり蜘蛛のようだ。

 その蜘蛛型兵器マリィは滑らかな歩みでチャロとツキユメの近くを通り過ぎ、高台のようになっている場所へと登っていった。

 後から作業用の小型ロボットが二台、ちょこちょことついていく。


「万が一誤作動が起きたときのために、実弾の装填と起動指示は十分距離を取ってから行うスよ。今回の実験機は色々と例外が多いから、念の為に随伴する作業機も二台に増やしてあるし。あしたちも、もう少し離れた場所から観測するスよ」


 チャロに促されるまま、ツキユメたちは簡易な観測小屋のような場所に移動した。

 小屋と言っても屋根と柱があるだけで、壁はない。備え付けの長椅子とテーブルは近くの木を切り出して作ったような無骨なもので、屋根も最低限、雨や日差しを少々しのげる程度の本当に簡素なものだ。

 ここからは、遠くぽつんと小さな点のようにだが、蜘蛛型兵器とマユ博士が向かったターゲットの位置が両方とも見える。


「そういえば先輩にはちゃんと説明してなかったスけど、今回の実験機はトラッカーを構成している物質を弾丸に使うんスよ」


 ぽつりと呟くチャロの言葉を聞いて、ツキユメはネットの動画で見たトラッカーが破壊されるシーンを思い出していた。

 一体どういう原理なのか、ミサイルの直撃を受けて飛び散るトラッカーの破片は全て青いビー玉のような球体に変形し、無数の宝石をぶちまけたかのようにキラキラと輝きながら地面に散らばるのだ。

 あの一つ一つの玉も、トラッカー本体と同じように異次元の硬さを持っているに違いない。それをトラッカー自身にぶつけるというのは、なるほど理にかなっているような気がした。


「でもそれって……色々と大丈夫なの?」


 例えば未知の物質が人間に与える影響であるとか、日本にまだ現れていないはずのトラッカーの破片をどうやって入手したのか、とか。

 そんなツキユメの疑問に、問題ないとチャロは答える。


「色々な面で、大丈夫という結論に至ったから使うんスよ。トラッカーの構成物質同士を高速でぶつけると何故か簡単に砕けるっていう実験結果が出てて……とはいえこれは世界初の試みなんで、正直何が起こるかわからない。だから今回は慎重に慎重を重ねてテストを……お、博士の方も準備できたみたいスね」


 見れば、マユ博士が向かった山腹には、キラリと輝く青色の光があった。

 こちらもトラッカーの構成物質を一部に使用して作られたターゲットだが、反重力装置はさすがに高価過ぎるので、ドローンと同じような浮遊装置を下部に取り付けることで浮かせている。


「それでは……テスト開始」


 疑似ターゲットを標的に追加するテスト用のプログラムを受け取った蜘蛛型兵器は、一瞬で向かいの山に浮かぶターゲットを認識。予備加速していた弾丸を一気に加速して発射する。

 秒速3000メートル程度の速度で放たれた大量の青い宝石は目標とその周囲をまとめて貫き、一拍遅れて猛烈な破壊音を周囲の山々に響かせる。

 大量の土煙が上がり、一斉に飛び立った鳥の鳴き声と羽音が遠ざかっていく。


「ひえ……」


 観測カメラからの至近映像を脳内ディスプレイで見ていたツキユメは、思わずのけぞりながら小さな悲鳴を漏らした。

 複数のターゲットが用意されていたことから、てっきりライフルのように一発ずつターゲットを狙い撃つのだと思っていたのだ。それが蓋を開けてみれば、遠距離から超高速で散弾をばら撒くというとんでもない代物だったとは。


「うーん、球体をそのまま弾丸にすると射程距離と命中率が下がるから、それならめちゃくちゃ加速していっぱい撃てばいいじゃないという発想だったんスけど……どうやら上手くいったみたいスね」

「これ……近くに人がいたら危なくない?」

「なに言ってるんスか先輩。トラッカーの近くに人がいたら、その時点でもうトラッカーに撃たれてるスよ?」


 まあでも、とチャロは思案しながら、言葉を続ける。


「トラッカーの弾速は今回あしたちが目指した約3000m/sっていう超高速な上に、弾の硬度が普通じゃないし、しかも弾の形が杭状だから、人体に当たった程度ではまず間違いなく貫通する。体内で砕けたり軌道が変化したりしない分ダメージは少ないから、当たりどころによっては致命傷にならない場合もあるか……」


 ぶつぶつと呟きながら自分の世界に没頭しつつあるチャロを見てツキユメは、しばらく話しかけない方がいいなと判断し、椅子から立ち上がって軽く伸びをした。

 今のテスト結果を分析し、それを踏まえて次のターゲットをどう配置するかなどを決めるため、次のテスト開始までは少し時間がある。

 ツキユメは観測小屋を出てぶらりとその辺りを歩き回り、背の低い杭と紐だけで作られた簡易な柵の下に広がる急斜面を眺めたり、背後の山に生える木々の中に時々交じる白い花などを見たりしながら時間を潰していた。


「……あれ?」


 そんな折、ツキユメの目は茶色と緑に覆われた大自然の中に、違和感を見つける。


「ねえチャロ、あれってさあ……」

「ん、なんスか?」


 ツキユメが指差すのは、観測小屋の背後。伐採によって木々がまばらになっている斜面だ。

 100メートル以上離れているためよくわからないが、何かが太陽の光を反射しているらしく、チカチカとその存在を示していた。

 ツキユメの隣まで歩いてきたチャロは、彼女が指差す方向を目を細めるようにしてじっと見つめる。

 ヒュッと息を呑む音と同時に、その目が大きく見開かれた。


「嘘だ……」


 驚愕に彩られたようなチャロの声が聞こえた瞬間、ツキユメは全身に衝撃を受けて、急斜面を転がり落ちていった。

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