兵器
「今日中には終わらなそうだから、出直すわ」
数分後に隣の部屋から出てきたマユ博士はそう簡潔に言い残すと、さっさと帰ってしまった。
あまりのドライさにツキユメはあっけにとられていたが、これがいつものことなのか、チャロは特に気にする様子もなかった。
そして次の日。
「来客ですね」
敷地内のセンサーに反応があったらしく、オズが立ち上がろうとするが、その手には畳んでいる途中の洗濯物がある。
「いいよ、私が出るから」
ちょうど朝食を食べ終えたツキユメは、オズに手を振って玄関に向かった。
この時間なら、恐らく昨日のマユ博士だろう。
そんなツキユメの予想は当たってはいたのだが……
「こんにちは~。あらツキユメちゃん、遅くなっちゃったけど退院おめでとう~。体はもう大丈夫なの? あ、これおみやげ。退院祝いのプリン。おいしいのよ~。昨日は忘れちゃっててごめんなさいね。それでチャロちゃんはどこかしら~?」
(誰!?)
ツキユメは衝撃のあまり口を開くことも忘れて棒立ちしていた。
見た目は昨日と同じマユ博士だが、それ以外のなにもかもが違う。
しかしその言動は昨日から記憶が一貫していることを示しており、それが余計にツキユメを混乱させた。
「チャロは……朝早くから地下に」
ツキユメは、いつまでも玄関で固まっているわけにはいかないと思い、どうにか言葉を絞り出した。
「そうなの、ありがとう~。それじゃお邪魔するわね~」
挙動不審なツキユメを気する様子もなく、マユ博士は慣れた様子で家に上がり、地下室への階段を降りていってしまった。
「なんなの……?」
ツキユメはマユ博士から手渡された紙袋を両手で持ち、その中に三つきちんと並ぶ瓶入りのプリンを見下ろしながら、頭の中を埋め尽くす疑問符をひとつ吐き出した。
二重人格、というやつだろうか。
物語の中ではよく見る設定ではあったが、実際に接してみるとあまりにもインパクトが強い。
というか、あれでちゃんと仕事の話ができるのだろうか? 明らかに昨日のマユ博士とは別人のように見えたけど……
考えているうちにツキユメは、好奇心を抑えられなくなってきた。
プリンを冷蔵庫にしまうと、早足に地下への階段を降りる。
昨日と同じように、仕事場にはチャロが一人で座っていた。
「あれ、マユ博士は? 来てない?」
顔を出すなりツキユメが尋ねると、チャロは苦笑を浮かべてみせた。
「もう隣の部屋に行ってるスよ」
透明な壁越しに隣の部屋を見ると、昨日ロボットが組み立てていたものはすでに完成しているようだった。
脚が何本も固まっているような……なんとも形容し難い物体だ。
ツキユメの位置からはマユ博士の姿は見えなかった。どうやら隣の部屋は奥に別室があるらしく、彼女はそちらの方へ行っているらしい。
ツキユメはチャロの隣に腰掛けると、
「なんか……変じゃなかった? マユ博士。なんていうか……」
「ああ、今日は優しい方の博士だったスねえ」
「あれって、二重人格とかそういうやつ?」
「うーん……どうだろ。記憶は連続してるみたいだから、そういうキャラ付けじゃないスかね?」
「キャラ付け……」
「ま、仕事する上では問題ないから、あしは気にしてないスけどね」
そういうものなのだろうか。
この時代では、個人に対して寛容というか鷹揚というか、あまり突っ込みすぎないのが普通なのかもしれないな、とツキユメは思った。
「さて、こっちの仕事も一区切りついたし、あしたちも最後の接続に行きまスか」
「あれで完成じゃないの?」
「奥の部屋で作ってた頭……というか体かな? ……を載せて完成スね」
「ああ、奥でも作ってたんだ」
チャロの後に続いてツキユメは隣の部屋に足を踏み入れた。
なにかの破片や細かいゴミが落ちてはいるが、部屋の中は予想していたような機械油のにおいや金属臭とは無縁だった。
ちょうど二人が部屋に入ったのと同じくらいのタイミングで、奥の部屋からマユ博士と組み立て用ロボットが連れ立って出てくる。
ロボットは何か丸い機械を運んでいた。
「どおスか?」
「ばっちりよ~」
チャロとマユ博士が短く言葉を交わす間に、ロボットが手際よく丸い機械とキャリアーを接続していく。
そうして出来上がったのは、丸い頭に八本の脚を持つ機械だった。
脚の長い蜘蛛か、あるいは蛸のようにも見える。
「これが、トラッカーを倒すための兵器?」
「に、なればいいんスけどねえ」
「よくわからないんだけど、普通の武器じゃ駄目なの?」
昨日、ツキユメも自分でトラッカーについての情報収集をしてみたが、どうやら通常兵器で破壊できないというわけではなさそうだった。
事実、各国ではトラッカーが出現するたびに無人兵器を差し向け、無事にこれを殲滅している。今さら新兵器を開発する必要があるのかツキユメには疑問だったのだ。
「駄目……じゃないスけど」
そう前置きして、チャロはツキユメの疑問に答える。
「今の時代って、昔と比べて物理兵器があんまり進化していないんスよ。今は情報戦が主戦場だから。対ゲリラ戦なんかでは都市の制圧に無人兵器を使うけど、その火力は昔に比べてどんどん縮小される傾向にある」
つまり、とチャロはツキユメの脳内ディスプレイにトラッカーの画像をシェアしつつ続けた。
「めちゃくちゃに硬いトラッカーに対して、我々が使える手はかなり少ないということスね。光学兵器も効かないから、単純なアンチマテリアル兵器を無理やり無人兵器に搭載して運用するくらいで」
そう、トラッカーはやたらと破壊耐性が高い。
原始的なフルメタルジャケット弾では傷すら付けることができず、特殊防護壁を破砕するための小型ミサイルでようやく一部を破壊することができる。
破壊した部分は細かな球体となってこぼれ落ちるが、全体の3分の2程度を破壊しなければトラッカーは活動を継続するという。
平和のため、人道的な縛りが激増している現代において、対物用とはいえ兵器を大量に生産・配備するのは難しいというのが世界中の共通認識だった。
「そこで、トラッカーだけにピンポイントで対応するための兵器をうちで開発してるというわけスね。専用AIと武器とを融合させて、他の用途に使えないようにすることで現状の規制をくぐり抜けようと。各国にしても対応策は必要スから、需要はあるはず、と弊社は考えているみたい」
脳内ディスプレイでわかりやすく解説を受けたツキユメは、なるほどと頷く。
トラッカーは、いつどこに出現するか分からないというのが一番の脅威だった。
ある国では街の中心部に突如トラッカーが出現したため、多くの住民が犠牲になったという。
そういった不測の事態に対応するためには、対抗できる兵器を全国各地に配備しておくのが最も適した方法だろう。
もしも今開発している兵器が世界中で使われるようになれば、チャロは歴史に残るとまでは言わないものの、かなり人類の平和に貢献できるのではないだろうか。
兵器と聞いた時は驚いたけれど、実際は世界平和のための立派な仕事だ。
ツキユメは急にチャロが遠い存在のように感じられて、ぼんやりとしてしまった。
「そろそろ起動テストに入ってもいいかしら~?」
マユ博士の穏やかな声で現実に引き戻されたツキユメは、改めて蛸のような蜘蛛のような兵器を見つめた。
頭の部分が接続されたそれの体高は1.5メートルくらいだろうか。
あまり大きくはないが、どうも脚の部分がごちゃごちゃしているように見える。
「いつでもいいスよ」
「では……」
んんっ、と可愛らしい咳払いをして見せてから、マユ博士は真剣な眼差しで兵器の丸い頭の部分に視線を向けた。
「おはよう、マリィ」
『……ハロー、マスター』
ややハスキーな女性の音声がマユ博士に返答する。
チャロとマユ博士は満足そうに頷いていた。
「……マリィ? あの兵器の名前?」
ツキユメは単純な疑問を隣のチャロに投げかける。
「これはプロトタイプだから、AIの部分はマユ博士から提供されたコアを使ってるんスよ。だからその名前じゃないスか?」
「コア……って、あのオーパーツの? まだあったんだ」
「そうそう。あしも博士からコアを使いたいって提案された時は、同じリアクションだったスね。今じゃほとんどコアの研究をしている人なんていないと思ってたんスけど……まさか博士がねえ」
チャロは面白そうな笑みを浮かべながら、動作確認のために何か言葉を交わしているマユ博士と
「どうしてわざわざコアを?」
ツキユメの認識では、かつてオーパーツとして出土したコアは、その後の研究も進まずに時代とともに風化していった、なんだかよくわからないものだった。
世界中で石ころのようにポンポン出てくるのでは、有り難みも薄れるというもの。
いつしか人々の記憶からも消え去り、目立たない歴史の1ページとして残るだけの存在……なのだと思っていた。
「理由は二つほどあって、一つは、その堅牢さスね。先輩も知ってるかもだけど、コアはめちゃくちゃ硬い。ちょっとやそっとじゃ壊れない。だから兵器に搭載するにはうってつけなんスよ。熱も発生しないし、給電の必要もない」
「なるほど……そう考えれば理にかなってるのかな。それで、もう一つの理由は?」
「めちゃくちゃ安い」
「そっちがメインだ」
「まあ、あしがOK出したのは主にそっちの理由スね。タダ同然で手に入るから量産する場合の製造コストが段違い」
「エコだねえ」
「マユ博士さまさまスね。そもそもコアにAIを搭載できるなんて知らなかったし」
「私も知らなかった」
コアは未知の回路を持つ古代の機械だとかなんとか、そういうロマンあふれる説が世界中を魅了した時代もあったらしいが、少なくともツキユメの時代ではほとんど語られることすらなくなっていた。
だからこそ、それが実用に耐え得るという時点で、ツキユメにとっては驚きに値するものなのだった。
「ところでさあ、チャロ」
「なんスか?」
「あれ、キャリアー、空を飛ぶタイプじゃ駄目だったの?」
「それもまあ、予算の問題で」
チャロがツキユメの脳内ディスプレイに投げてよこした資料によれば、兵器の加速器を安定して動作させるためには大型の浮遊装置が必要となるらしい。コンパクトにまとめたいなら反重力装置が必須で、どちらも非常に高価なものなのだという。
そのため、残った選択肢として無人兵器としては時代遅れではあるが、安価な地上歩行タイプのキャリアーを採用するしかなかったらしい。
「そんなに予算が少なかったの?」
「いや……装甲の開発にめちゃくちゃ持ってかれたんスよ」
「装甲?」
「整列分子装甲っていう……まあ、薄くて軽くてすごく頑丈なやつをマユ博士が開発したんスけど、これがまあ予算を食うのなんのって。結局他の部分で妥協しなくちゃいけなくなったと」
「なるほど……世知辛いねえ」
「まあ現実なんてそんなもんスよ」
二人でわざとらしく嘆いていると、チェックが終わったらしいマユ博士がニコニコしながら二人の元へ歩いてきた。
「ふたりとも、とっても仲良しなのね~」
「同じベッドで寝る仲ですから」
ツキユメが悪戯っぽく言うと、チャロは顔を赤くしながら「勘弁して……」と
「チャロちゃん、こっちの確認は終わったわ。問題はなさそうよ~」
「そうスか……」
「ようやく最終テストに入れそうね~」
最終テスト? とツキユメが首を傾げていると、それを察したチャロが先んじて説明をしてくれた。
「実戦を想定した動作テストのことスよ。ここでは……というか、ほとんどの街では実弾を発砲することはできないんで、そういうのを許可されているところまで行ってテストを行うの」
「そっか、これって兵器だもんね。肝心の部分のテストをしないとだ」
平和な日本で生まれ育ったツキユメにとっては、実物を目の前にしてもいまいちピンと来ないものがある。それでもこれは兵器なのだ。なんだかよくわからないコアで動く、なんだかよくわからない敵を倒すための兵器。
……本当に大丈夫なのだろうか?
「それじゃ、日程は送っておいたから~」
「ええ、問題ないス」
なんとも言えない不安感を覚えるツキユメをよそに、着々とスケジュールが組まれていく。
「……あの、私も一緒に行ってもいい?」
思わず、そう口に出していた。
ほんの一時とは言えチャロと離れ離れになるのが寂しいというのもあるが……それ以上に、自分も同行しなければならないというような、不思議な感覚がツキユメの心を動かしていた。
「まあ、構わないスけど……博士?」
「私も構わないわよ~」
「……ありがとうございます」
こうして、三人は運命に導かれるように集い、後に日本の歴史にも残る実戦テストの場へと向かうこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます