魔王幹部を辞めたい俺は、彼女と旅に出る
林田たつや
第1話 出会い
俺の目の前には多くの死体が転がっている。俺はそれの処理を部下達に任せ、帰路についていた。それを処理する部下達の話し声が聞こえる。
「さすが、ユオン様だ。この数をものの数分で片付けちまった」
「そりゃあそうだろう。だってあの方は俺たち魔王軍の筆頭なんだぞ。こんなの朝飯前に決まってる」
「そりゃあそうか」
部下達の笑いながら話し合う声が聞こえた。
城の自分の執務室に戻った俺は一人思うのだった。
(早く魔王軍辞めてーーーーー!)
俺ら魔族は人族と戦争している。戦争が始まって1000年以上。なぜ始まったか、どうやって終わらせるのかは誰も知らない。そんな中、俺は元魔王軍幹部の父、ユーグスト・マークレイの息子ユオン・マーグレイとして生まれた。父は魔王様に次ぐ強さだと言われており、周りから注目を受けていた。そんな父の血を引いてか俺も、剣術や魔法の才能があり、最年少で魔王軍幹部になった。
しかし、俺は小さい頃からの夢がある。それは、世界各地を旅すること。小さい頃から魔族領から出たことのない俺は、本を読んだりしていつか俺も各地を回ってみたいと思っていた。
ただ、戦争をしている現在、敵地である人族領に入ることは堅く禁じられていた。身の安全を考えての処置である。
しかし、例外がある。それは、魔王軍にある諜報活動を行っている諜報部だ。彼らは、人族領に潜入し、日々人族の行動を監視している。そして随時人族に動きがあったらこちらに情報を送るということをしている。
その部隊に入れば各地を回ることができるのではないかと思った俺は、諜報部に所属するため魔王軍に入った。ただ問題があった。魔族は力を重要視している傾向があり、小さい頃から父に稽古を受けていた俺は、魔王軍の中でも特出した力を持っていた。諜報部はあまり力がないものが所属する傾向があるらしく、始めは手を抜いてなんとか諜報部に入ろうとした。しかし、それが父にばれ、手ひどく叱られた。そして仕方なく真面目にやっていたら、周りがどんどん俺のことをよいしょし、地位が上がっていき、最終的に幹部の地位にまで昇りつめてしまった。魔王軍幹部は魔王様直々に選ぶ。そのため、ちゃんとした理由がない限り魔王様の顔に泥を塗ることになるため、旅がしたいからという理由では辞めることが許されない。
ならばと、魔王軍幹部の権力を使って、人族領にいけないかと考えた。しかし、それも叶わなかった。理由は、今の戦争の状態にあった。1000年戦争を続けている魔族と人族との戦争は、多少の小競り合いはあるものの、大きな戦争はここ100年起きていない。そのため、魔王幹部である俺が人族領に行くと、人族や魔族に刺激を与えてしまう可能性があり、旅をしたい俺にとっては、非常に芳しくない状況になる恐れがあった。そんな背景があるため、今もまだ夢が叶っていない。
そんなことを考えていると、ノックがした。
「ユオンいる?」
それを聞いて返事をすると、扉が開かれ一人の女性が入ってきた。彼女はリーン・マクドウェル。魔王様の娘で第一王女である。父に連れられて城に来ることが多かった俺は、よくリーンと遊ぶことがあった。そのため、今でも職場にちょくちょく顔を出すことがあった。
「ユオンって今暇?」
「暇ではないけど、どうした?」
「いや、少し話しでもしようかな~って思ったんだけど、暇じゃないならまた今度にするね」
「いや、大丈夫だよ。ちょうど休憩しようと思ってたから」
「ほんと!それじゃあ庭に行こう!」
俺達は城の庭に移動し、雑談をしていた。
「そういえばユオン知ってる?最近近くの森に人族が入り込んだらしいよ。なんでも、手に枷をつけた女らしいよ。足が速くて逃げられたらしいけど」
「そうか。森も近くを通るときは気をつけないとな。リーンも気をつけろよ」
そうして、彼女との話を終え、仕事に戻った俺は、先ほどの話を思い出していた。
仕事を終え、帰る時間になったため俺は家に帰・・・らなかった。
現在俺はリーンとの雑談に上がった森にいた。話題に上がった人族に会うためである。人族領にいけない俺は、時々人族を捕まえた時に、話を聞いていた。その代わり、飯をよくしたり、拷問を軽くするように部下に忠告したりとしていた。しかし、人族を見つけたらすぐに殺す者や捕まえても弱っておりすぐ死んでしまう者が多く、なかなか聞く機会を得ることが出来ないことが多かった。
そのため、今回は誰よりも早く見つけて、そいつから人族領の話を聞こうと森に足を運んだ。仕事のため人族を殺してはいるが、俺は殺しを好んでやりたいわけではないため、逃がすのもやぶさかではなかった。
森に入って3時間が経過し、腹が空いてきたため諦めて帰ろうとした。その時、どこからか声が聞こえた。
「どこ行きやがった、あいつ」
「くそっ、見失った。お前はそっちを探せ。俺はこっちを探す」
そう言って、男達は去って行った。
それを見た俺は話題に上がった人族を探しているのだと分かった。ただ、腹が減った俺はそのまま帰ろうとしたその時、ガサッという音が近くから聞こえた。その音がしたところに近寄って見ると、女が倒れていた。手には枷をしており、話題に出てきた人族だということがすぐに分かった。その直後後ろから足音が聞こえた。
「誰かいるのか!」
その声は、先ほどいた男達の一人だった。
「っ!ユオン様!こんなところで何を?」
「少し散歩をな」
「そうでしたか。それはそうと、ここら辺に人族の女を見ませんでしたか?」
「・・・ここら辺はさっきからいたが見ていないな」
「そうですか。それでは失礼します」
男はそう言って、走り去っていった。
残された俺は、彼女を見る。先ほどはちゃんと見れなかったが、よくよく見ると、ドストレートだった。
肩あたりまで伸びている水色の髪、長いまつげ、桜色の唇、その整った顔立ちは、俺の好みの女性像だった。
(いやいや、見とれていないでまずは傷の手当てからだろ俺)
俺はその後、彼女に回復魔法をかけた。みるみる傷は癒えていき、少しほっとし、彼女の顔を見た。しかし、それが良くなかった。見ていた俺の顔は、そこらの変態さながらの顔をしており、誰かが見たら通報されそうなほど鼻の下を伸ばしていた。そんな顔をしているとき、彼女は目を覚ました。
「・・・う~ん。ここは?」
そういった彼女は、周りをキョロキョロし、俺の存在に気が付いた。
「良かった。目が覚めたな。」
彼女の瞳は碧眼で、さらに鼻の下を伸ばしてしまう。
「それで早速なんだが君のなま・・・」
「っ!きゃあああ!この変態!」
そういった彼女は俺のことを思いっきり突き飛ばした。
「えっ」
物凄い力で押された俺は後ろへ吹っ飛び、5メートル先の大木に体当たり。その衝撃で一瞬意識が飛びかけるがなんとか持ちこたえた。俺は彼女に誤解されていることを悟り、急いで弁明した。
「違う!俺は変態ではない。倒れている君を助けようとしただけだ。断じて嫌らしいことはしていない!」
「嘘だ!あんな顔をしておいてなにをヌケヌケと。近寄ってこないでこの変態!」
「嘘じゃない!俺は君が怪我をしていたから治していただけだ!」
「そんなこと言って、私の体をどうにかしようとして『ぐ~』・・・」
彼女からその音が聞こえた。彼女は顔を赤らめて、下を向いてしまった。かわいい。
「腹が減ってるのか?家で飯でも食うか?」
「だれがあなたみたいな変態の家にいき『ぐ~』・・・」
「大丈夫だ。何もしない。ここは危険だ。一緒に出よう」
彼女は、数秒考えた後言いずらそうに言った。
「・・・分かりました。ただし、変なことをしたら容赦しませんからね」
「ああ分かっている。俺の名前はユオン。君の名前は?」
「サーラです」
この出会いが世界を大きく動かすことになることをまだ誰も知らない。
魔王幹部を辞めたい俺は、彼女と旅に出る 林田たつや @kanamun
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