3 おさがりの制服
江美さんとくららちゃんが、昨日から本格的にうちで暮らし始めた。
昨日は、くららちゃんの荷物運びを手伝おうとしたところ、
「勝手にさわんないで」
と、怒られてしまった。
そこまで拒否しなくてもいいじゃんね、お姉ちゃんとして手伝いたかったのにさ。
他にまともな会話などもなく、仲良くなれる気が全然しない。助けてゆたか様。
そして今日は、くららちゃんの転校初日だ。
かなり緊張しているのか、昨晩はあまりご飯を食べられていない様子だった。少し心配だ、大丈夫だろうか。
私がリビングでダラダラと朝食をとっていると、くららちゃんが二階から下りてきた。
私の通っていた中学の制服姿だ。でも、少々ブカブカなような。
いや、それがまた可愛いと思ってしまうんですけどね。いいんですけどね。
「くららちゃんおはよう。その制服ちょっと大きめだね」
何気なく言ってみると、くららちゃんは唇を引き結んでふいとそっぽを向いた。
すると、台所の方から江美さんが声をはさんできた。
「雅楽ちゃんの制服だと、くららにはやっぱり大きいね」
「えっ、私のですか?」
「そうだよ、聞いてないの? 前にお父さんに制服を一式渡したでしょう?」
「あー、知り合いの娘さんにあげるからとか何とか言ってましたね。くららちゃんのことだったのか」
「あの人そんなことまで誤魔化してたのね」
江美さんが、もーと言って不満げな表情をする。
くららちゃんに目を向けると、何やら制服を気にしてもじもじしているようだった。
「くららちゃん、似合ってるよ、かわいいよ」
本心からそう言ったのに、くららちゃんはというと、私をキッと睨んで洗面所の方へ去って行ってしまった。
「がーん」
「ごめんね、あれは照れ隠しだから……」
「えっ、照れ隠しなんですか?」
本当にそうだとしたらもう少し可愛らしく照れ隠ししなさいよ! お姉ちゃんいちいち悲しいよ!
朝食を終えて、私はコソコソと忍び足で洗面所に向かった。
なぜ忍び足なのかというと、先ほどくららちゃんがそっちに行ってから、まだ出てきた様子がなかったからである。
洗面所の扉の前に立って、ここからどうしようかと考える。
うん、良い案が思い浮かばない。ええい!
心の中で叫び声をあげ、私はいきなり扉を開けることにした。
そこにいたくららちゃんは、鏡の前に立って目を瞑り、指先でつかんだ左右の袖を顔の前まで持ち上げていた。
私に気が付いたくららちゃんは、ビクリとしてすぐさま両手を背後に引っ込めた。
「これが萌え袖ってやつかな? 可愛いね、可愛いよくららちゃん」
「う、うるさい」
「いつまでもこんなところで何してるのー?」
からかう口調で言いながら距離をつめる。
するとくららちゃんは下唇を噛みしめ、私のわきをすり抜けて逃げてしまった。
「ふむ、そろそろウザキャラは没にしようかな……よし、歯みがこ」
学校に向けて歩いていると、
「くーるーるー」
背後から、ゆたかの声がとんできた。
「おはようゆたか。ゆたかは今日も元気いっぱいだねえ、心がぽかぽかするよ」
「おはよ。元気なのはくるるのおかげだけど」
「あら、かわいいこと言うじゃないの」
「ゆたかはかわいいのだ!」
堂々と胸を張るゆたか。うん、かわいいかわいい。
「ところで、くららちゃんだっけ? なんかくるるくららでややこしいね」
「うん、じゃあ私のことは
「ところで、くららちゃんとはどう? 順調?」
華麗なスルーだこと。
「順調に冷たく対応されてますけど。どうすればいいのかわからないんですけど」
「“けど”はゆたかのなんですけど」
「誰のとかないんですけど」
ゆたかが口元に両手を添えて、クスクスと笑いをこぼす。
はあ、なんだこれ、何気ないやりとりにめちゃくちゃ癒されるぞ。
少しばかりくららちゃんとの関係構築に躍起になって労力を割きすぎなのだろうか。まだ二日目なのに。
先が思いやられる。
「くるる、今度私にもくららちゃんに会わせてよ。落ち着いてからでいいからさ」
「うん、それはもちろん」
「やったー、楽しみ」
無邪気に喜ぶゆたかを見ていると、ふと思うことがあった。
「そういえば、くららちゃんのこと、ちょっとゆたかっぽいと思うことがあるんだよね」
ゆたかがきょとんとして、小首をかしげる。
「そうなの?」
「うん。性格は全然違うのにね。あっ、ふたりともちっこいからなだけか」
手を打ってひとりで納得してみせる。するとゆたかは、
「うわ、なんかちょー失礼なんだけど」
と言って、私の肩をバシバシと叩いた。
私はそのゆたかの手首をとる。
「私はねー、ちっこいゆたかがだーいすきなのよ」
私のセリフにゆたかが頬を緩め、手を繋いできた。
「なら許す」
ふふっ、ちょろいわね。まあ本心なんですけどね。
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